第25話 国王との謁見


 国王陛下から呼び出された私は、とうとう謁見の間の前まで来てしまった。


 父さまがすっごく嫌そうな顔と態度なので、きっと良くないことを言い渡されるのは確実だろう。


 だけど私は密かに極刑は回避出来たんじゃないか、と思っている。

 何故なら父さまが私を極刑に処すことを許すはずがない、と確信出来るからだ。

 ……その代わり、何かを差し出す必要があるかもしれないけれど、その差し出した分、何かの形で倍以上にして父さまたちにお返ししたい。


「ランベール騎士団長ご夫妻とご息女ミシュリーヌ嬢のお越しです」


 ベルツさんの声に応えるように、謁見の間の扉が開かれて行く。


 重厚で豪華な扉のその先には何が待ち構えているのだろう──と緊張していた私は、中の光景を見て絶句する。


 ──何故なら、何かを怒鳴り散らしているおじいちゃまが銀髪の男性に羽交締めされているその先で、豪奢な衣装と王冠をつけた王様っぽい人が玉座の上で縮こまり、ぷるぷると涙目で震えていたからだ。


(──え?! これって一体どういう状況……?)


「ちょ、ランベール伯爵!! 落ち着いて下さいっ!! 彼の方はアレでも国王陛下ですよっ!!」


「ベルジュロンの小童がワシの邪魔をするなっ!! 息子の躾も碌に出来ん奴が国をまとめられるかぁああああっ!!」


「その意見には全力で同意しますがっ! それでも一応代々国王を務める由緒ある血筋ですし……っ!!」


「お前は娘を蔑ろにされてそのままで良いのかっ!! そこまでして権力が欲しいのかぁあああああっ!!」


「とんでもないっ!! 確かにベアトリスの大切なものを台無しにした殿下には、はらわたが煮えくり返っておりますが……っ!!」


「ならばこの手を離せぇええええっ!! ワシがそいつを躾け直してくれるわぁああああっ!!」


「だからダメですってっ!! 一応アレでも国王ですってばっ!!」




 ……なんじゃこら。


 目の前で繰り広げられている光景を理解するのに、私はしばし時間を要してしまった。


 おじいちゃまを羽交締めにしているのは、ベアたんとシャルルきゅんの父親である宰相のベルジュロン侯爵らしい。

 初めて実物を見るけれど、美形兄妹の父親なだけあって宰相もかなりの美丈夫だ。


 ……この世界は中年でも美形率が高いと思う。


「あはははっ!! 父上もっと言ってやって下さい!!」


「こらっ!! セドリックも煽るなっ!!」


 それにしても誰も王様をフォローしないのはどうしたものか。

 父さまはこの状況を楽しんでいるし、近衛騎士たちはオロオロしているしで、ベアたんパパ以外誰もおじいちゃまを止められないのだろうか。


「おじいちゃま?」


 私はとりあえずおじいちゃまに声を掛けてみた。

 するとおじいちゃまがバッっとこちらを振り向いて、大きく目を見開いた。


「……っ?! おお! ミシュリーヌっ!! 会いたかったぞぉおおおおおっ!!」


「ぐへっ!!」


 私の姿を見とめたおじいちゃまは、ポイっとベアたんパパを放り投げ、私の元へと駆け寄って来た。

 ベアたんパパが潰れたカエルのような声をあげていたけれど……大丈夫かな。


「ミシュリーヌっ!! おじいちゃまじゃよ? しばらく見ない内に大きくなったんじゃないか? 相変わらず可愛いのう!!」


 さすが親子というべきか、おじいちゃまも父さまと同じようなことを言っている。


「こんな可愛いミシュリーヌと離れ離れにさせるなど……っ!! なんて酷い奴だ!!」


「……っ、ごほっ!! ……いや、それは調査に時間が掛かったからで、陛下のせいでは……っ」


 潰れていたベアたんパパが復活し、おじいちゃまにツッコミを入れている。


 父さまはベアたんパパ──宰相を野心家だと言っていたけれど、ただそれだけじゃなくて王様を不憫に思っているのではないか、と思えてくる。

 実際、おじいちゃまから王様を守っていたし、この中で一番忠誠心が高そうだし。


「おじいちゃま、すごく怒ってる……私が王子様に酷いことしたから……っ」


 私は激おこのおじいちゃまをクールダウンさせるつもりで、しょんぼりとしてみた。そして家門を取り潰された時のことを想像して涙目になってみる。


「おお……! ミシュリーヌっ?! 泣かないでおくれっ!! 悪いのはクソガキじゃっ!! ミシュリーヌはなんも悪くないぞっ?!」


 おじいちゃまの中では王子が完全に悪者になっていた。この件に関しては私も悪いのに、王様にクレームを付けるなんてまるでモンペではないか。


 私のことを大切にしてくれるのはとても有難いけれど、教育には悪いと思う。


「……おじいちゃま、私にも悪いところがあったのです。王子様だけが悪いわけじゃないです」


「ミシュリーヌ……っ!! なんて優しいんじゃ……っ!!」


 おじいちゃまがじーん、と感極まっている。

 私は『この隙に!』という気持ちを込めて、ベアたんパパに目線で訴える。


「っ?! …………ごほん。ランベール家の皆さまがお揃いになられましたので、話を進めさせていただきます」


 私の目線を受け止めたベアたんパパは、正確にその意味を汲み取ってくれた。さすがは凄腕の宰相閣下でシャルルきゅんの父である。


 玉座で怯えていた国王も、おじいちゃまが落ち着いて安心したのだろう。そそくさと衣類を整えて座り直した。


「先日、我がベルジュロン邸にて起こった一件について、私から簡単に説明させていただきます。リュシアン殿下が取った行動に対し、激怒したミシュリーヌ嬢が殿下の頭部を殴打しました。その際、殿下に掛けられていた護身用守護結界が破壊されるという事態が発生しました」


 ベアたんパパの説明に、私は逆ハーメンバーの一人、エドゥアールが言っていたことが本当なのだと知る。


「護身用守護結界はその名の通り、王族に危険が及ばないよう守護するために構築された術式です。その効力は第三位階魔法を10回なら防げるものでした」


 この世界の魔法にはランクがあり、第一位階から始まって数字が大きくなるほど強力な魔法となる。

 第三位階の魔法を例えると、五〜六人を一度に倒せる程の威力がある魔法となる。それを10回も防げる結界なんて、かなり高位の──それこそ筆頭王宮魔術師レベルでないと無理なのではないだろうか。


(でも……。そんな強固な結界が、小さい女の子のゲンコツで壊れるものなの……?)


 もし私のゲンコツが本当に王子の結界を壊したのなら、私は第六位階レベルの魔法を破壊したことになってしまうのだが。


 いくら私がラスボスだとしても、それは魔女に覚醒した場合の話だ。今の私にそんな力がある訳ない。


「第六位階の魔法を無効化するには第七位階レベルの魔力が必要です。ご存知の通り、我が国の魔術師の最高位レベルは筆頭王宮魔術師の第八位階です」


 ──んん? 何だか話の雲行きがおかしくなってきたぞぅ……?


「以上の結果、ミシュリーヌ嬢は筆頭王宮魔術師に次ぐ、もしくは同等のレベルの魔力を持つ可能性がある、と判明したのですが、我々はその結果に確証を得るために、さらに調査しました」


 ベアたんパパの話が進むにつれ、私の頭の中がこんがらがって行く。


 呼び出されたのは王子をぶん殴った件について、王様から叱られるか何かだと思っていたのに、話はとんでもない方向へ向かっているではないか。

 

「殿下の守護結界は破壊されたものの、その術式に不備がなかったか調べていた私たちは驚愕の事実に辿り着きました。その事実とは、殿下に施された保護結界の術式に紛れて、洗脳魔法の痕跡が発見されたのです」


「はぁっ?!」


 とんでもない内容に思わず素で声が出た。ちょっと幼女らしくなかったかもしれない。


 それにしても、王族に対して誰かが洗脳魔法を掛けたことにびっくりした。そんなことをしたらそれこそ極刑になると思う。


「洗脳魔法の術式は巧妙に隠されておりました。ミシュリーヌ嬢が守護結界を破壊されなければ、ずっと気付かないままだったでしょう」


 ……なんてこった。


 もしかして、バカ王子──リュシアンの性格に難があったのは、その洗脳魔法の影響だったのかもしれない。


 洗脳はただ言うことを聞かせるだけじゃない。洗脳する人物に都合が良いように思考を誘導することもまた洗脳なのだ。


 そう考えると、将来リュシアンが覚醒したミシュリーヌの魅了にかかったことも、その洗脳魔法が関係している可能性がある。


「我々は殿下の守護結界の術式に関わった者全てを調査し、実行犯ならびに主導した者や協力した者を洗い出し、捕縛することに成功しました」


(良かった……! 悪い奴らはもう捕まったんだ!)


 危険な連中がその辺を彷徨いていたらと思うとすっごく怖いけれど、捕まったのなら安心だ。


 私はチラッと父さまたちを見る。

 きっと屋敷に帰って来れなかったのも、悪人たちを捕まえるためだったのだろう。


 私の視線に気付いた父さまがにっこりと微笑んだ。

 その微笑みは、私を安心させるには十分な効果があった。


 やっぱり母さまが言っていた通り、父さまはとても頼りになる人だった。

 そんな父さまを、私はとても誇りに思う。

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