第24話 国王からの呼び出し


 ──父さまとおじいちゃまが王宮に行ったっきり帰って来ない。

 すでに、私が王子をぶん殴った事件から三日が経過しているのに、だ。


 どうやら王宮では上を下への大騒ぎらしく、閣僚や官僚たちが事態の収集に躍起になっているらしい……と、使用人さんたちが噂していたのを小耳に挟む。


(ど、どうしよう……っ! やっぱり私のせいだよね……)


 ──ぶん殴りの事件の翌日、帰って来ない父さまたちを心配していた私たちの元に、王宮からやって来た使者が、父さまから預かったというお手紙を持って来てくれた。


 その内容は『心配しないで、待っていて欲しい』と一言書かれていただけで、王宮で起こっていることについては何も書かれていなかった。

 だけど、逆にそのことが、私の不安を掻き立ててしまう。


(うぅ……父さま大丈夫かな……。おじいちゃまも、ちゃんと休めてたらいいけど……)


 父さまは現役だから体力はあるだろうけど、何だかんだ言っておじいちゃまは高齢だ。矍鑠しているけれど、幾分体力は衰えていると思う。


 二人の安否を心配している内に、母さまに励まされたおかげで和らいだ不安が、再び色濃く私の心に影を落とす。


 王宮で何が起こっているのか、それだけでも知りたくて、いっそ王宮に忍び込んでやろうかと一瞬本気で考えたけれど、これ以上問題を起こす訳にはいかないと、何とか思いとどまった。

 そうしてモヤモヤしながら過ごしていると、再び王宮の使者がやって来たのが部屋の窓から見えた。


(もしかして父さまからのお手紙……っ?!)


 私は一刻も早く、使者が持って来た情報を知りたくて、慌てて部屋から飛び出した。

 そして玄関ホールに到着すると、使者とその対応をしていた母さまの姿を発見する。


「ミミ……っ!」


 私が来たことに気づいた母さまが、困惑した表情をしていた。母さまの反応を見た使者が私の方を見ると、丁寧に挨拶する。


「貴女がミシュリーヌ伯爵令嬢ですね。初めまして、私はベルツと申します。この度、ミシュリーヌ嬢をお連れするよう、国王陛下から命を受け参りました」


「──っ?!」


 国王陛下からの呼び出しだと聞いて思わず息をのむ。


 ──ついに、この時がやって来てしまった。


「ランベール伯爵と騎士団長も、王宮でミシュリーヌ嬢をお待ちしていますよ」


「父さまたちが……?!」


「はい。私がご案内しますので、奥様もご一緒にどうぞ」


 私と母さまがベルツさんに案内され、馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬車が走り出した。


 王宮の馬車はサスペンションが良い仕事をしていてお尻が全く痛く無いし、装飾にもこだわっているのか、細部まで作り込まれていて流石としか言いようがなかった。


 私が母さまを見上げると、母さまが微笑んで私の手をぎゅっと握ってくれた。ただそれだけで、安心出来てしまうから母さまはすごいと思う。


 私はベルツさんに今の状況を聞いてみたかったけれど、何となく質問するのが憚られた。もし帰って来た答えが最悪なものだったらいたたまれないからだ。


 母さまと手を繋ぎ、流れていく景色をぼんやり眺めていると、白いお城が見えて来た。


 お城を見た瞬間、私の脳内に原作で描写されていた1シーンが蘇る。

 原作者の気合いとアシスタントさんの苦労が融合した背景が目の前にある喜びで、思わず感動の涙が溢れそうになってしまう。


(こ、これは正に聖地巡礼……!!)


 紙ではなく、こうして生でお城を見てみると、某ネズミーランドにあるものとよく似ていて、青空と白いお城のコントラストがめっちゃインスタ映えしそうだった。


 馬車が大きな城壁を潜ると、手入れの行き届いた幾何学式庭園が私の目の前に広がった。その先には川が流れていて、水面に映るお城や森の様子に私は思わず「わぁ……!」と声を上げてしまう。


 今から断罪されるかもしれないと言うのに、ずいぶん呑気だな、と自分でも思う。けれどこのお城で、ベアトリス様があーんなことやこーんなことをしたのを思い出すと、ファン第一号として興奮せずにいられない。


 そして馬車から降りた私と母さまは、ベルツさんに導かれるまま城内を案内された。


(ふぉおわぁ〜〜〜〜っ!! しゅ、しゅごい……っ!!)


 お城の中は大変素晴らしく、目に映る些細なものまで全部が、私の心を鷲掴みにする。


 私がおのぼりさんよろしく、キョロキョロと忙しなく城内の様子を眺めていると、廊下の先に見覚えがある姿を発見した。


「あ、父さま……っ、」


 父さまの姿を見つけて一瞬喜んだのも束の間、私の心臓がズキっと痛む。


 ──何故なら、父さまは今まで私が見たことがない、とても怖い顔をしていたからだ。


 こんな怖い顔の父さまを初めて見た私は、思わず駆け寄ろうとした足を止めた。


 もし父さまの口から私を拒絶する言葉が出たら……と思うと、怖くて怖くて堪らなくなったのだ。


「ミミ、どうしたの?」


 突然立ち止まった私を母さまが心配してくれるけれど、足が竦んでしまって動けない。


 いっその事、この場から逃げ出してしまおうか、という考えが頭をよぎったけれど、国王からの呼び出しを一介の伯爵令嬢が反故に出来る訳がない。


 どうしようと迷っている私に、父さまが気がついた、瞬間──!


 竜殺しの異名に相応しい、その視線だけで魔物を屠りそうな目が、ふにゃっと緩み、デレっと締まりのない顔になった。


「ミミぃ〜〜〜〜〜っ!! 会いたかったよぉ〜〜〜〜〜っ!!」


「ふぁっ?!」


 この国を守護する誉ある騎士団の団長で、貴族平民関係なく讃えられている英雄が、ぱぁあっと光り輝んばかりのニッコニコ顔でこちらへと走ってくる。

 その足取りはスキップのように軽く、しなやかな野生動物のように速い。


「ああミミ! 父さまに会えなくて寂しかっただろう?! ごめんね辛い思いをさせて!! 父さまもミミに会えなくてどれだけ辛かったか……っ!! これ以上引き止められていたら城ごと壊してやるつもりだったよ!!」


 瞬間移動並みに高速で来た父さまに、私は抱き上げられ更にぎゅうぎゅうと抱きしめられている。それでも苦しくない辺り、絶妙な力加減で気遣ってくれているのだろう。


「と、父さま……?」


「そうだよ!! 父さまだよ!! しばらく会わないうちに大きくなったね!! 体重が10グラム増えているじゃないか!! くそっ!! ミミが成長する貴重なこの時間を無駄にさせやがってっ!! 国王許すまじ……っ!!」


 しばらくって……父さまと会っていない期間は三日だけなんですけど……。


 しかも体重10グラムて。


 そんな誤差の範囲の違いに気づく父さまの鑑識眼が恐ろしい……!

 ファンタジー世界のはずなのに、超高性能の重量センサーでも搭載しているのだろうか。


 ……って、いやいやいや、そんなことよりもっと重要なことがある。それは──。


「父さま、レディーに体重の話はタブーです!」


 いくら私が幼女だとしても、体重の件は年齢に関係なく口にしてはいけないと思う。


「……っ!! ああ、そうだった……っ! 私はレディーになんてことを……っ!」


 私のツッコミに父さまが衝撃を受けている。漫画で表現するとぴっしゃーん!!と、雷が走っている背景だ。


「ごめんよミミ! ミミの成長が嬉しくてつい……っ!」


 それにつけても父さまが寸分違わずいつも通りの通常運転だ。

 王子や護衛騎士からことの顛末を聞いているはずなのに、一向にそのことについて言及してこない。


「と、父さま……。あの……っ」


「んん? どうしたんだい、ミミ? まだ怒っているのかな?」


「いえ、もう怒っていません……でも私が王子を殴ったから、むしろ父さまが私に怒っているんじゃないかって……」


 私が恐る恐る聞くと、父さまはふっと笑って私の頭を撫ででくれた。


「確かに、相手が誰であれ手を上げたことはいけないことだけど、ミミはもうアラベル……母さまと話をしたんだろう? だったらもう父さまから言うことはないよ。ミミも反省しただろうし、もうしないって約束出来たよね?」


「……っ、はい、はい……っ! 約束しました! もう絶対にしません!」


「うん。父さまはミミを信じているからね」


「父さま……っ!」


 私は父さまにギュッと抱きついた。


 ──ああ、本当に父さまと母さまの子供に生まれて来て良かったと……幸せだと、心から思う。


「……セドリック……顔が崩れてますよ」


「はっ!! ごめんよアラベル! 嬉しくてつい……! 君にも苦労を掛けたね。ミミをフォローしてくれて有難う」


 父さまが母さまを労っている。落ち着いて見えるようでも、きっと母さまも不安だったに違いないのだ。


「オホン、ランベール団長、そろそろよろしいでしょうか?」


 私たちが落ち着いた頃合いを見計らって、ベルツさんが声を掛けて来た。

 父さまと話せて不安がなくなったから、すっかり家に帰るつもりだったけど、国王陛下に呼び出されていたことを思い出し、我に帰る。


「……もう帰っていいかな?」


「いけません。国王陛下からの呼び出しを無視なさらないで下さい」


「……チッ!」


「国王陛下をそんな扱いするのは貴方ぐらいですよ……」


 まるで先生から呼び出されたヤンキーのような態度の父さまに、ベルツさんが呆れている。

 ……父さまは家でも王宮でも態度が変わらないらしい。


 それから私たちは国王陛下が待っているという謁見の間へと案内された。


 父さまはすっごく嫌そうで、隙あらば逃げようとしていたけれど、近衛兵たちが目を光らせていることもあり、そうこうしている内に謁見の間へと到着してしまった。

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