第22話

 魔物は、私たちと変わらない大きさに見えた。

もちろん私はまだ子どもだから私よりは大きいけれど。

でも、お父様たち大人とはほとんど変わらない。

 

 『グルルルルル……』

獰猛な啼き声。

全身が緑色でごつごつしている。

 

 大きく裂けたような口からは、いやなにおいのする液体が垂れている。

(牙みたいなものは、ないのね)

真っ黒いだけの目で私たちを見ている。

 

 ユウリは、さっそく魔物の意識を探っているようだった。

両腕をまっすぐ伸ばし、両手で三角の窓を作り、その窓から魔物を凝視する。

耳の後ろの刻印が光りだす。

 

 「考えていることが、わかったよ。〈エモノ……エモノヲツレテカエラネバ。ツレカエリ、イシュールサマニ、ニエトシテササゲルノダ。オレハコンドコソ、オウコウキゾクニテンセイスルンダ〉だって」

魔物の意識を読み取ったユウリが伝えてくれた。

 

 「エモノって獲物よね。私たちを獲物にするつもりなのかしら」

「そのようだね。そしてイシュールというのが、異世界転生の神のようだよ」

 

 イシュール。

とされているらしい。

太古の昔に、祖神たちが星域間不可侵の盟約を交わしているから、異世界転生そんなことできるはずないのに。

他星域に手出ししちゃ、いけないのに。

 

 「本当は、もう死んでいるのに。あんな姿にさせられて存在し続けるなんて」

「そうだね。ちゃんと滅して……元の世界に戻してあげよう」

 

 “こちらの世界で滅することができたら、魂がぼくの星域に戻ることを認めよう”

チキュウがある星域の祖神が、そう言ってくれたらしいし。

 

 「じゃあ、次を視てみるよ」

ユウリが魔物を凝視する。

「属性は……風。弱点は胸の真ん中」

 

 「了解」

風に相対するものは……地。

アイガータ様の力ね。

 

 あの魔物が、どのくらいの力を持っているのかわからないけれど。

何を、どう使う?

地……。

 

 魔物の目が赤く光りだす。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」

巨大な咆哮とともに強風が吹き荒れる。

 

 危ないわ!

こちらから攻撃する前に、まずは強風からみんなを守らないと!

ウインド!」

緑の石が輝きだしパワーが体内に入ってくる。

 

 (スロオイアス様!お守りください!)

パワーを体内にふくらませる……変異ミューティション

空気を変異させて風を遮る壁を作る。

みんなの背を超える高さで、全員を囲む幅の壁。

 

 魔物の咆哮が強まるとともに風の圧力も増していく。

でも……全然問題ない。

スロオイアス様から修練で受けた攻撃は、こんなものではない。

 

 だけど、風が向こうから吹き続けている状態ではこちらからの攻撃ができないわね。

風に隙間をあけるとしたら……そうだ。

「風!」

私は手のひらを地面に向け、風の力を使って壁を飛び越える。

 

 魔物の顔が私に向くと同時に風が私に吹きつける。

「風!」

空中で右手の手の指を伸ばし、腕を下から上にふりあげる。

 

 シュウッ!

思ったとおり、かまいたちが魔物の風を切り裂いて隙間を空ける。

アース。変異、球へ!」

 

 地面の土が無数の豆粒大の球となって宙に浮く。

そして、いっせいに隙間を猛スピードで飛び、魔物の胸を貫く。

ズドドドドドド……

 

 音がやんだ時、魔物は……

胸に無数の穴をあけて立っていた。

もう、風は吹いていない。

 

 ゆっくりと魔物の体が倒れ、ドスンと音を立てて地面に横倒しになった。

「うまくいったのかしら?」

地面におりた私は、魔物の姿を見つめた。

 

 シュゥゥゥゥゥゥという音とともに煙が上がる。

煙が消えたとき、魔物の姿はどこにもなかった。

空気の壁を解除リセットする。

 

 「念のため、確認スキャンするね」

私の横にユウリが来て魔物が立っていた場所を確認する。

「うん。魔物の気配は感じられない。……うまくいったよ!ユーリ」

 

 「ほんとに?」

「うん」

 

 「魔物が……消滅した」

「森の奥に追い返すしかできなかった魔物が……」

神官や魔法師たちがおそるおそる魔物が立っていた場所を確認する。

 

 「確かに、気配が消えている」

知らせを受けてかけつけた神官長も確認してそう言った。

「ドラヴァウェイのふたりが、魔物を滅したか」

 

 魔物と戦った。

その記憶はあるけれど、滅した実感がまだわかない。

「まずは、一体か。それでも大きな一歩を踏み出したこととなる。ふたりとも、頼んだぞ」

「はい」

ふたりで同時に返事をした。

 

 戦えることは、わかった。

でも戦い方は、たしかに魔物を見ないと決められない。

「また、出てくるのを待つしかないようだね」

ユウリの言葉に私はうなづいた。

 

 かわらない日常が続く。

クラスメイトは冷ややかなままだ。

魔物を一体滅した話は聞いているはずなのに。

 

 「たまたま、なんじゃないの」

 

 そう言ってるのを聞いた。

お父様も同じ反応をしていたと執事に聞いた時には、笑っちゃったわ。

一家の家長が、基礎学校ジュニアスクールの子どもと同じ発想をするなんて、ね。

 

 いつ出てくるかわからない魔物を待つのって、退屈。

いっそ、こちらから仕掛けていったら?

……ああ、それはだめね。

 

 森の奥、魔物がすみついているといわれる場所はどんなところかわからない。

いくら神々の力を使えるといっても、そんな無謀なことはできないわ。

私ひとりではできないことだもの。

ユウリを危険に巻き込んじゃダメ。

 

 待つ日々が続く。

安全確実に……と自分に言い聞かせていた私の自制心がそろそろ切れそうになったある日───二体目の魔物が現れた。

 


 





 



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