第7話

 「それでは、ユーリ様。私と一緒においでくださいませ」

神官が丁寧に頭を下げる。

「一緒にって、ちょっと待ってよ。急に聞かされて、このまま出かけるなんて。何の準備もできていないのに」

 

 「準備は、必要ございません。あちらにすべて用意してございます」

「教科書とかも?」

「学校へは、明日にでも通達が参りましょう。もう学校へ通う必要はございません。なにかしら知識が必要な場合は、その都度ユーリ様の師匠となる方が教えてくださるはずです」

 

 学校に通わなくてもいいというのはありがたいけれど、気持ちがついていかない。

神官が、再度出発を促す。

……こうなったら、行くしかないわ。

 

 「お父様、長老様。行ってまいります」

「うむ。なすべきことをなしてくるがよい」

長老様は、そう言ってくれた。

お父様は……私のほうを見ようともしなかった。

 

 外に出ると、玄関の前には見たことがない乗り物が停まっていた。

お父様たちが外出するときに乗るものに似ているけれど、ウマの代わりに見たことがない生き物がつながれていた。

 

 「この生きものは……?ウマで走らせるのではないのね」

「ええ。今から向かう先は神の領域に程近い場所なので、普通のウマでは行きつくことができないのです。では、お乗りください。走っている間は、決して窓を開けないでいただくよう、お願いいたします」

「わかったわ」

 

 振動がほとんどない、乗り心地がいい乗り物だった。

しっかりと閉じられたカーテンのむこうが時々キラキラと光っているのが感じられる。

夕食のあとだから夜で暗いはずなのに。

 

 「到着いたしました」

静かに乗り物が停まり、操作していた神官が私に告げた。

乗り物の扉が外から開かれる。

 

 乗り物を降りると、目の前には大きな建物がそびえたっていた。

学校よりもずっと大きく、威圧感がある建物。

ギィィィという音をたてて扉が内側から開いた。

 

 「さあ、中へ参りましょう」

神官の後ろについて建物の中に入る。

天井が高く、装飾がほとんどない。

壁のところどころに下がっているランプは、どうやら火を使っていないようだった。

 

 広そうなエントランス。

正面には幅が広い階段がある。

階段の両側は通路になっていて、階段の向こう側へ抜けられるようになっている。

その先にも通路が続いているらしい。

 

 初めて見る建物の内部が珍しく、周囲を見回しながら歩いていった。

階段をのぼって、奥へと続く廊下を歩く。

じゅうたんが敷いてあるのか、靴音が響かない。

 

 幾度か角を曲がり、かなり奥まった場所にある部屋についた。

(すごく広そうな場所。迷子になるんじゃないかしら?)

コンコン

神官がドアをノックする。

 

 「神官長。ユーリ様をお連れいたしました」

キィ

ドアを開ける音は軽い。

「……時間がかかったな」

「はっ。なかなかユーリ様ご本人に会わせていただけませず……」

「よい。視えておったわ」

 

 「全く。生を受けた時点で為るか為らぬかは決まっておるというのに。……ふむ。そなたがユーリか」

「はい」

とりあえず、返事はしておこう。

 

 神官長、と呼ばれた人が私をじっと見つめる。

しばらく見つめた後に口を開いた。

「そなたは……神託にがあるわけではないのだな」

 

 図星だ。

何で私なの?とは言ったし、今でもずっと思っている。

でもそれは面倒なことに巻き込まないで。

そんなこと、したくない。

ということではない。

 

 なんで、私なの。

どんな理由があるから私なの?

という気持ちの方が強い。

 

 「そなたが選ばれたには、とした理由がある」

「理由?それはいったいどんな理由なんですか?」

「選ばれたには理由も知りたいか。至極当然の権利だな。……ユウリもここへ連れて参るがよい」

一礼をして、私を案内してくれた神官がドアから出て行った。

 

 「え?ユウリ?ユウリもここに来ているのですか?」

「そなたが来るより、ずっと前に到着しておる」

ほんとに……ユウリと一緒に、ドラ……ヴァウェイ?だったかになるのかしら。

 

 しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。

「ユウリ様をお連れしました」

声の後にドアが開けられる。

神官に続いて、ユウリが入ってくる。

 

 「お呼びでしょうか……あ!ユーリ。やっと来れたんだ。よかった」

「やっと?ユウリはいつから来ていたの」

「ぼくが学校から帰ったら、家に神官様がいらっしゃってて。そのままここに来てたんだよ」

 

 「私は夜になってからお父様に呼ばれて……」

私ははっとに思いいたって、案内してくれた神官をみた。

神官がゆっくりとうなづいた。

 

 「私もユーリ様のご帰宅時間にあわせて、お屋敷に伺っておりました」

「もしかして、お父様……が?」

「そなた宛の神託書をよこせと、しつこかったようじゃな……親書だと言うても食い下がっていたようだ」

 

 「ええ。ユーリ様のお手でなければ開封はできないと申しまして、やっとユーリ様をお呼びいただけました」

「あんな遅い時間まで!も、申し訳ございません」

「ユーリ様が謝られることでは、ありませんよ」

頭を下げる私に、神官が優しく言ってくれた。

 

 「さて、ふたりとも揃ったようだな。では、改めて、なにゆえそなた達が選ばれたか、を伝えよう」

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