第3話

 「ちょっと待ってて」

そういうとユウリはどこかに走っていった。

待っててといわれても……そう思って帰ろうと立ち上がったところにユウリがもどってきた。

手にはハンカチを持っている。

 

 「立って大丈夫なの?ふらついたりしない?あ、傷はないみたいだけど、こぶになってたから。はい、これで冷やすといいよ」

そう言って手に持ったハンカチを渡してくれた。

 

 ぬれてヒンヤリしている。

「……ありがとう」

私はすなおにハンカチをこぶにあてた。

「立ってるのもなんだし、そこに座ろうよ」

ユウリがベンチを指さした。

ふたりで並んで座る。

 

 「なにか、あったの?」「なんで、ここに?」

 

ユウリと私は同時に口を開いた。

 

 「あ、ごめん」

「ううん、私こそごめん」

 

 「えっと、ごめんね。ぼくからまず聞いていい?」

「うん」

「なんで、ユーリはあんなところで寝てたの?」

「寝てたわけではないけど、ちょっとね」

「そのたんこぶが関係しているんだよね?なんでたんこぶができているの?」

「……転んだ時に、頭を打ったんじゃないかな」

「そんなはずはないよ。たんこぶのところ、髪の毛が泥で汚れてないし、そもそも土の地面にぶつかったくらいでは、たんこぶなんてできないでしょ」

 

 よく観察してるわ。

「……つまづいてよろけて、壁に頭をぶつけちゃったのよ」

突き飛ばされたことは、言わずにいた。

「つまづくようなものも、なかったようだけど。……言いたくないようだから、もう聞かないでおくね。で、ユーリがいいかけたことって、なに?」

 

 「私は、なんでユウリはこんなところを通ってたの?って聞きたかったの」

「ああ、ここを通ってた理由?それはね、あれ」

そういってユウリは右手で花壇を指さした。

 

 花壇には、色とりどりの花が咲いている。

園芸係の人と用務員さんとで育てているはずだ。

「ぼく、時々花の様子を見に来るんだ。……花が好きだからね。だから、たまたま」

 

 「そうなんだ」

……助かったわ。

偶然とはいえ、ユウリが通りかからなかったら、いつまで地面の上で寝ていたかわからないもの。

 

 「……ありがとう。通りかかってくれて」

「たいしたことじゃないよ。それにユーリのケガも、ひどくなくてよかった」

「うん。……あ、ハンカチ、洗って返すね」

「いいよ、このままもらって帰る。頭の痛みはよくなった?」

「うん、もう大丈夫」

「送っていこうか?」

「ううん、それも大丈夫。一人で帰れるわ」

「そう。気をつけてね」

 

 帰宅した私は、早々に部屋に入った。

泥で汚れた服をお父様たちに見られたら、どんな叱責を受けるかわかったもんじゃない。

叱責するときしか娘と会話しない親というのも、いかがなものかと思うけれど。

 

 服を着替えて宿題をしていると、ドアがノックされた。

ワゴンを押してメイドが入ってくる。

「お夕食をお持ちしました」

「ありがとう」

いつもならさっさと部屋を出ていくのに、今日は何か言いたげに立っている。

 

 「?どうかしたの?」

「あの、お嬢様は今朝、私に右足のことで声をかけられましたよね?」

「ええ、かけたけど」

「なぜ、右足とおっしゃったのですか?」

「なぜって、あなたが部屋を出る後姿を見たときに、なんだか右足に違和感を感じたの。足はあるのに、はっきり見えていない感じで、だから気になって」

 

 「足以外は、どうですか?私の身体でおかしく見えるところはありませんか?

……変なことを聞いてくるわね。

そう思いながらメイドの全身を頭から順に見ていった。

特に変わったところはない、そう思いながら足を見てびっくりした。

だって、彼女の右足首には白い包帯がまいてあったから。

 

 「あなた、右足。どうしたの?けがしたの?」

「けが、というほどのものではございません。軽いねんざです。治癒魔法をかけた湿布を貼っていただいたので、もう痛みはございませんが。朝、お嬢様が右足と言われたので気になりまして」

「そう……だったの」

「身体の他の部分には、おかしく見える場所はございませんでしょうか?」

「ええ。いまのところ、おかしく見える場所はないわ」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

 部屋を出ていくメイドを見送った後、私は運ばれた夕食を食べた。

野菜サラダとスープとパン。

そして白身魚の香草焼き。

三食、問題なく食べさせてもらえて、お風呂もトイレも部屋についていて。

こんな生活は、学校を卒業したらできなくなるかもね。

 

 魔法師として働けない以上は、卒業後は家を出てなにか違う仕事をしないといけない。

私にできる仕事なんてあるのかしら?

 

 そして、私はまた夢を見ていた。

昨日見た夢と同じ夢。

ユウリとふたりで魔物と向き合う夢。

昨日と同じく、襲われる直前で目が覚めた。

 

 ……夢だと判っていても、魔物と向き合うなんて気持ちいいものじゃない。

でも、やけにリアルな魔物だったわ。

もちろん実物なんて、見たことない。

討伐に行った魔法師の証言をもとに作った立体映像ホログラムを見ただけだ。

 

 

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