第30話第一回リーダー会議

「じゃ、「第一回リーダー会議」を始めるか」


 煉獄の小さな会議室で、サタンが座ったまま口を開いた。隣にはクロム、その横にミア、向かい側にはミカエル、シルバー、ルキウスが座っている。ローズは天国で何かあった時のための留守番でやむなく不参加だが、ケルベスは、彼に聞かれたくない話があるため意図的にメンバーから外している。


「第一回ってことは、二回目もあるのかな?」

「評判が良ければな」

「いいね。楽しそうだ」


 ミカエルがのんびりと微笑んだ。それぞれ個人的にはよく話をする馴染みのメンバーが揃っているが、あまり接点のない者もいる。こんな形での意見交換は初めてだが、定期的に行えば有益な情報交換の場となりそうだ。

 

「さて、何からいくか……ルキウス」

「はい!」


 サタンは全員を見回したあと、まずルキウスに声をかけた。ルシファーの事件後の噂を集めるのが彼の担当分野なので、真っ先に聞いてみたかったのだ。


 彼はいきなりサタンに呼ばれた事で一瞬肩を強ばらせたが、緊張している場合では無いと空色の手帳を開き、早速報告を始める。


「まず、天使たちの間では、あまり事件については噂されていません。むしろ、事件の発端となった彼らもルシファーも「天使」だったため、「身内の恥」は早く隠蔽したいというような雰囲気です。これは天国では、同族殺しの事件だと認識されています」


「そうね。だいたい、あたしの周りも似たようなもんだわ」


 シルバーが同意した。天使はプライドが高い。同じ天使が事件を起こしたなど、彼らは受け入れられないのだ。ミカエルが頷き、困ったように眉を下げた。


「ルシファーの堕天は冤罪によるものだし、できれば彼女を犯罪者扱いはしたくない……元に戻せる方法があるならしてあげたかったんだけどね」

 

「意識が無ぇとはいえ、あいつは殺しすぎた。殺された天使たちこそ被害者だろ。これ以上の被害を防ぐためにもああするしかなかった。それに、奇跡が起きて元に戻ったとしても、あいつは自分がした事を受け入れられないだろうしな」


 サタンは厳しい表情で言った。ルシファーの事は彼も残念に思っているが、不幸な事故だと割り切るしか無い。


「あの天使二人とメルルとルシファーだろ? 組み合わせが最悪すぎたんだよな」

「かなり険悪な雰囲気だったらしいですね」

獄炎花ヘルフラワーがあったのもまずかったね」

「でもあれは下層の植物の中ではマシな方よ。相当な衝撃を与えないと炎は出ないもの。あの天使、かなりの力で蹴飛ばしたんだわ」

 

 シルバーの補足に、悪魔側の全員が頷いた。悪魔の感覚では、獄炎花ヘルフラワーは運搬に関してそれほど危険視するような花ではない。しっかり持って普通に運べば、事故が起こることはほとんどないのだ。

 

「メルちゃんも、結構責任感じてました。ルシファーちゃんの話を聞いて自分から責任者降りたくらいですし。法律違反したわけじゃないのにショック受けすぎでしょ、とは言ってましたけど」

「たまにしか会ったことないけど、メルルは結構しっかり仕事してたわよ。彼女婚活中だし、うまくいってないみたいで最近は結構ピリピリしてたけど」


 ミアの言葉に、シルバーが頷いた。一般的に、天使より悪魔の方が恋愛には積極的だ。働かなくても生きていける天国とは違い、地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので、悪魔の相手は金持ちであればあるほど好まれる。相手が見つかる前に失業してしまって残念だと話していると、ミアが自信満々に人差し指を立てて言った。

 

「大丈夫です! メルちゃんには、ちゃあんといい悪魔ひと紹介しておきましたよ!」

「へぇ。誰だよ」

「針の山の責任者やってるー」

「あぁ! あの髪がツンツンの!」


 ルキウスが、素早く外見の特徴を口にする。彼は悪魔にも詳しい。対して彼と会ったことの無いミカエルやシルバーはそれぞれ想像を巡らせた。


「針の山ってことは、結構優秀な悪魔のようだね」

「お金持ち?」

「あそこは毒の沼地より格上だ、それなりに給料はやってる。賭博ギャンブルに狂ってなきゃそこそこ持ってんだろ」

「ハリヤマくんは、責任者の中ではマトモですよー。あと彼女ぼしゅー中て言ってたし、喜んでましたっ」

「良かったな」


 そう言って頷いたクロムの向かいで、シルバーが揶揄からかいの視線を向ける。


「残念だったわね。メルルってあんた狙いだったでしょ?」

「は?」

「やっぱ気づいてねぇのかよ。あんだけあからさまな視線受けてよく気づかねぇでいられるよな」


 サタンが呆れ顔でクロムを見た。クロムは大真面目に首を傾げて、やがて理解したとばかりに頷いた。


「彼女は上昇志向が強そうですし、指導者リーダーと契約したかったのかもしれませんね」


「あぁ! 確かにメルちゃんちょっと悔しそうに「結局会えない指導者リーダーより会える責任者なのよね」って言ってましたね」


 ミアがポンと手を打った。あからさまに地位しか見ていないことがわかる発言だが、クロムは気持ちはわかると大きく頷いている。

 

「一生に一度の婚姻契約を結ぼうというのだから、より良い条件を求めるのは当然だろう。使い魔だって、できるだけ強い魔物と契約するものだろうしな」

 

「……婚姻契約と使い魔契約を一緒に考えるあたりがあんたよね」

「せんぱいがモテるはずですよねぇ。使い魔ならドラゴン級ですもん」

「滅多に契約できないって意味も含めてクロムにぴったりだね」

「その理屈だと、ドラゴン側も強い契約者を選ぶことになりそうだけど……」

「いや、こいつは契約者側だろ。で、わざわざ自分の財産与えるために短期間だけ結婚とかって勿体ねぇ事すんだよ」

「貧しすぎて行き倒れた子とか拾って来そうね。で、元気になったら契約破棄りこんかしら」

「自由にしても討伐の心配ないからドラゴンよりいいかもですねぇ」

「…………」


 全方位から好き放題言われ、クロムが苦虫を噛みつぶしたような表情で口を閉ざしたところで、サタンがポンと手を打った。この飲み会のようなノリを、そろそろ会議に戻さなければならない。


「さ。そろそろ本題に戻すぞ。次の報告は……」

「はいはーい!」


 ミアが元気よく手をあげた。すぐに全員の視線がそちらに集中する。ミアはいつになく真剣な表情で身を乗り出し、報告を始めた。

 

「その、メルちゃん紹介した時にハリヤマくんからちらっと聞いたんですけどぉ。なんかあの日のこと、変に勘違いしてるっぽくて……」

「あ! それ僕も聞いた。この後報告しようと思ってたやつだよ!」


 心当たりがあるようで、ルキウスも身を乗り出した。一気に緊張感を取り戻した狭い会議室に、二人の声が同時に響く。


「「武器の話」」


「……武器?」

「もしかして、水鉄砲の事かな?」

「そうです」

「ルシファーが武器で撃たれたことは誰にも知られていないですが、武器があると言う噂だけが何故か地獄中に広まっています」


 ミカエルが即座に反応する。ルキウスが補足し、クロムが口を開いた。

 

「確かに初めて見ましたが、あれだけ広い国に自衛手段のひとつも無い方が不自然でしょう。取り立てて騒ぐことでもないでしょうに」

「だな」


 クロムの見解にはサタンが同意した。詳しい説明を促されて、ミアがちらりと聞いた噂を思い出す。


「えっとぉ。ミカエル様は、最初にメルちゃんがお花を渡したことにすっごく怒ってて、武器があるから天国も強いんだぞって脅してぇ、そしてメルちゃんはクビになったの!」


「………………よし。理解した」

「サタンさま早いわ。えぇと……何だったかしら」

「……? ……悪いね。もう一度言ってもらえるかな」


 ミアののんびりした口調での独特な説明は、理解するまでに少し時間がかかる。サタンとクロムが解説すると、ようやく全員が納得して頷いた。

 

「つまり……サタンが毒の沼の移動を行ったのは私が武器で脅したから、争いを回避するためって事かな?」

「全然違ぇけどそういう事になってんだろ?」

「僕が聞いた話もそうです。天国側ではあの事件は悪魔のせいだと認識されていて、地獄側がある程度責任を取る形で毒の沼の移動を行ったと」

「毒草の管理不行き届きのため、と通達を出したはずだが」

「私も、銃を出したのはルシファーを止めるためで、それ以外の意図は無かったんだけどね」

「そんなの分かりきってんだろ。つーか毒の沼の移動して天国に何の得があんだよ。わりぃと思ったら賠償金払うとかすんだろ普通」


 サタンが呆れたように言った斜め向かいで、何かに気がついたシルバーがあ、と声を上げた。


「もしかして、解毒剤の取引止めたのも悪かったかしら」

「あ? あー……止めてんのか」

「えぇ。みんな移動しちゃったし、あんな事件の後だから、毒草仕入れるのなんか怖くて……」

「そういえば、あれから地獄と関わるの怖くなったって色んな天使が言ってるんだよ。もしかしたら、詳しく調べたらもっと色んな物資提供止まってるかも……」


 ルキウスが考え込むように手帳に目を落とした。資源豊富な天国は、よく地獄に様々な物資を提供している。しかしそれは契約というわけではなく、もともと天使側が善意でやっている事だ。止まったからといって、強要できるものではない。

 

「それも天国の制裁ってか? くっそ……指摘し辛いとこ突いてきやがって」

「奴もなかなか考えてますね」


 サタンとクロムが同時に眉を寄せた。噂の出所はケルベスだと、二人は当然のように思っている。


「声明を出してもいいけど、言い訳のようになってしまうかな」

「下手に動くと裏目に出るぞ。向こうも隙を狙ってるだろうからな」

「とりあえず解毒剤の在庫はすぐに送るわ」

「そうだね。可能な限り元に戻すように働きかけよう」

「僕もどれくらいの物資提供が止まってるか、調べてみます」


 あっさり天国側の動きが決まる。もともと善意での提供に甘えている立場のサタンは、物資の件に関してはミカエルの優しさに頼るしか無い。


「悪ぃなミカエル。世話かける」

「いつもお世話になっているのはこちらの方だよ。資源はたまたまこちらの方が余っているだけだ。それに……こちらが武器を使用するのは、天国に危険が迫った時だけだ。混乱させてしまっているのなら、申し訳ない」


 深く頭を下げるミカエル。サタンは答える代わりにニヤリと笑い、勢いよく立ち上がった。

 

「よしっ! 仕事だミア。「天国マスターミカエルが、天国の武器は自衛以外の目的では使用しないと明言し、天国内の問題でなぜか偶然止まっていた物資提供の再開を約束。サタンは有事の際の武力提供を改めて提示し、近く正式な契約とすべく話し合いを行う」これでいくぞ」


「はぁい! えぇと……ミカエル様が……?」


「……ミカエル様が、武器を使うのは天国を守るためだけだとはっきり言った。あと偶然何かの間違いでものが地獄に届いていなかったのを確認して、今まで通り天国のものをたくさんくれると約束した。サタン様はそのお礼に、何かあったら悪魔の力を使って天国を助けると約束した。今後はきちんと契約して、両方とも約束を破らないための話し合いをします。そう広めろ」


「あっ! りょーかいですっ!」


 サタンの言葉をクロムが渋々噛み砕き、ミアが大きく頷いた。それを微笑ましく見て、ミカエルもゆっくりと立ちあがる。


「ルキウス、もともと地獄に渡していた物資をリストにまとめてくれないかな。地獄との友好的な契約の準備だ」

「承知しました。すぐにとりかかります」

「あたしはローズに今の話を伝えてから、毒の沼の新しい責任者に挨拶に行ってくるわ」

「俺は契約書を準備します。草案が出来次第、天国に持っていきます」

「わかったクロム。よろしく頼むよ」

「よしっ。全員仕事が出来たな。じゃ、解散!」


 サタンの号令で、記念すべき第一回リーダー会議は閉会した。軽い挨拶の後、ルキウスとシルバーが瞬間移動で消え、クロムとミアは地獄へ向かい、サタンとミカエルは、天使と悪魔が混ざり合って働く煉獄の風景を眺めながら、いつも以上に仲良く談笑する様子を皆の目に焼き付けたのだった。

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