第19話


 ミルドニア皇国は領土内における標高の高低差が大きな国だ。

 中央部は平野も多いものの、南は海が広がり、国境部はかなり険峻な山脈が連なっている。


 ライル達が足を踏み入れたデインツリー大森林も、浅層と言われている領域から中層にかけては大きな崖や滝なども存在しており、鉱物が算出する場所ももちろんのことながら、豊かな水源となって国を支えていた。

 この豊かな水と輸出するほどではないものの国内で流通する分には十分な鉱物資源、そして、大軍が攻め込みにくい地勢は、ミルドニアが併合を免れる一因となっていた。


 それは知識としては知っていたが、いざ切り立った崖と、大きな滝の音がしているのを聞くのは別で、ライルは周囲を警戒しつつ、久々に感じる森の香りを堪能していた。


「……ここまでは順調ではあるね」


「そうだな……それにしてもやはりライルはこういう場所も探索に慣れているのか? 足取りが淀みないな」


 ライルの言葉に、ヴォルフがそう尋ねる。


「そうだね、まだここは人の手が入った形跡があるから全然マシかな? ヴォルフにソラルは平気そうだね……マリアとシェリーは大丈夫? この先に多分水場だと思うんだけど、開けた場所がありそうだからそこまで頑張れるかな?」


「はぁ……はぁ、うん、大丈夫。それにしても体力もやっぱり必要よね」


「…………ふう、これでも……結構鍛えている方のつもりだったんだけどね」


「あはは、まぁ森の中、しかもこの森は起伏も多いし初めてだと疲れるよね」


 基本的にそういう生業でも無ければ森を歩く訓練もしていなければ慣れてもいないのが普通だ。

 茂みが生い茂っているというほどではないものの視界が木々に遮られ、足元はライルからすると人が通った痕跡があるため楽ではあっても整備された街道とは比べるべくもない。


 ヴォルフは慣れないながらに体力があるためまだ問題無さそうで、ソラルは初めてと言いながらライルの身体の動きを見て真似をすることで既に熟練者のような足運びをしていた。

 普段のローブ姿から行動しやすい服装となっているものの、マリアとシェリーは相当疲労が表に出ている。だが、ここまでで森の中を1時間以上踏み入れている事を考えると随分体力はある方だと言えるだろう。何せ――――。


「…………止まって」


 ライルが言うと同時に、ソラルが剣を構え、ヴォルフがマリアとシェリーをかばえる体勢に移行。

 守られる形となった二人もそれぞれ得物を構える。

 補佐の形になっているマギアスは、それを見て感心したように頷きつつも、こちらも油断は無い。


「またか、俺は確かに慣れていないが、森に住む魔獣は基本的に人を避けると聞いていたのだがな……」


「うーん、その通りのはずなんだけど、僕もこの森は初めてだからなぁ。でも説明と大まかな地図によると、チェックされた深さにもまだ達していないのに、これは変だと思う。適切なところで撤収して報告するのも一案かもしれない」


「……3体かな? 何だか同じ数ばかりで来るねぇ」


 元々は不意打ちを狙っていたのかもしれないが、バレたと見たのかそれらが木々の上にのっそりと姿を現した。

 少し大きな子供くらいだろうか、その体躯に対して腕が異様に長く太く、それで身体を支えている。

 この森に入ってから最初のうちは日中なこともありほとんど獣には遭遇しなかったのだが、少し奥に入ったところで出会うようになった。


 樹輝猿アルボゴリアス

 基本的に樹上を生活の場とするこの魔獣は膂力は成人の男性よりも大きく、雑食である。基本的に縄張りに侵入したものに対しては苛烈な行動を取ることが知られているため、こうしてライル達に襲いかかってくること自体はおかしなことではない。


 おかしいのはこんなに浅い場所に彼らの縄張りがあることだ。

 デインツリー大森林の危険度は高くはない。薬の材料を取りに戦闘の心得がない村人が立ち入っても問題ない程度である。

 本来であればもう少し奥、中層域辺りに生息しているはずの彼らがこの場にいることにはライルとしても違和感しかなかった。


 元々、森から獣が出てくる騒ぎがあったという調査が今回のメインで、あくまで奥には行かない実地調査の前の偵察のようなものだとは説明を受けている。

 そして、万が一にも危険を感じた場合はすぐに撤退するようにと。


 樹の上からの投石などは厄介ではあり、頭上を移動されながら襲われる事自体は危険ではあるが、ライル一人でも群れを殲滅させられる程度の脅威度。ましてや今は一人ではない。

 そのため、最初の会敵でおかしいと感じたものの、少し調査の上で戻ることとしたのだった。


 マギアスは意見は出さないものの、護衛の意味合いも込みで付いてきている以上、ライル達の対処もみた上で問題ないと判断したのだろう。何故なら。


「ふう、正直魔術の行使の方が歩くより楽だね」


 そう言いながら、シェリーの方から何かが収束する気配がして――――。


「はい、っと」


 シェリーが杖を振るうと、それぞれの樹輝猿アルボゴリアスの指先が凍り、それに驚いた彼らは地上へと落下する。

 魔術のことは全くわからないが、自分以外の事象に対して遠隔で働きかけることができる人間などほとんど知らないため、シェリーもまた、マリアと同類なのだろうとライルは理解していた。


 樹上では木から木へと飛び移る俊敏さと膂力を持つも、落ちた猿は易し。


「グゲッ!!!」


 刺突と言うよりは衝撃で折るようにして、首筋を貫いて、ライルの担当は即座に絶命した。

 そしてその一瞬でヴォルフの槍が、そしてソラルの剣が同様に屠ることに成功している。


 こうしてマリアの法術が必要な傷もなく、危なげなく撃退を繰り返していることが、まだ引き返す必要はないと判断された要因だった。

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魔法世界に零れ落ちた少年は物理で抗う ~名もなき世界の物語~ 和尚 @403164

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