第8話


「お呼びだてしてすみません。私はフェリックス・ストーンブリッジと申します。こちらの学園の教師の一人です」


 少し離れた場所まで来て、その男性はマリアとシェリーに向き直って笑みを絶やさないままに言った。それに慌てて頭を下げて、マリアとシェリーはそれぞれ自己紹介をする。

 フェリックスと名乗ったその男性はそんな二人に頷いて、次の言葉を告げた。


「さて、試験というわけでもないのですが、お二人に質問させていただきますね……


(…………っ!?)


 何の変哲もない言葉なのに、マリアは後半の言葉に対して圧を感じる。

 だが、違和感を感じながらも質問自体はとても普通の質問だったので答えた。


「それは勿論、学園に入学するために来ました。私の法術は自己流なので、研鑽も積みたいと思いますし、この学園は士官学習のみならず様々な学びがあるとも伺いましたので」


 その答えにフェリックスは満足そうにうなずき、続いてシェリーを見る。

 それにシェリーはとても興味深そうな表情をフェリックスに向けながら口を開いた。


「ボクもマリアと同じく勿論入学希望さ。。入学の目的は魔術の研鑽のため。士官には興味はないけれど、様々な国の人間が集まるということ、それに何より、『叡智』と呼ばれる方の教えが受けられると聞いたからね」


 その答えもフェリックスを満足させるものだったのだろう、先程の笑みを更に深くして、フェリックスは二人に告げる。


「はい、あなた方は合格です」


「え?」「なるほどね」


 ぱっと把握できなかったマリアと違い、シェリーはどこか納得するようにして頷いていた。


「シェリーさんは分かったの?」


「何となくだがね。先程の言葉には魔術も乗っていたようだし、あれは恐らく虚偽を判別するための術式が含まれていたのだろうと思うよ。どうやっているのかは全然分からなかったけれどね……そしてボク達が呼ばれたのは、きっとボク達がお互いに気づいたのと同じ理由さ」


 そんなシェリーの言葉に、フェリックスは頷く。


「ご明察ですね。お二人共、これまでにも魔術についての研鑽も積まれているようですし、マリアさんもシェリーさんも素質としても素晴らしいことは見てわかります。ただ、素晴らしすぎる場合は、少し確認をさせていただいているのですよ」


「はぁ、なるほど?」


 好々爺然としたその言葉を聞いて、マリアはいまいち理解しきれていないながらに、そう相槌を打った。だが、シェリーは言葉の裏も理解をしたようで。


「……例年そうなのかな?」


 と聞いた。

 それに首を振るようにしてフェリックスは答えてくれる。


「例年もゼロとは言いませんが、今年は少しばかり重なっておりましてね。マリアさんにも説明しておきますと、この学園には様々な国の次代を担う方々も入学されることが増えてきました。その結果、ちょっとした雑音ノイズが紛れ込むこともあります」


「……つまり、入学して、他の生徒に危害を加えるような人たちが混ざっているってことですか?」


「正確には、その疑いがある、ですな」


「へぇ、先生っていうのも色々と大変なんですねぇ」


「いえいえ、前途ある若者たちの礎になれるというのは、この年になると光栄なものですよ。だからこそ、若きを摘もうとする悪意には厳しくせねばなりませんが」


 そういうフェリックスは、その言葉通りマリア達に向ける表情はとても穏やかだった。

 だが、それでいて先程の言葉に感じた圧のように、悪意に対しては本当に厳しいのだろうことも予想されたが。


「なるほどね、そんな時にボクらみたいなのが一般で紛れ込んでいるから念のため、は当然だろうね。ところで、貴方の先程の術式は入学できたらご教授頂けるのかな?」


「ふふ、適性があればお教え致しますよ?」


「入学後の楽しみが早速増えたよ」


 フェリックスの答えに、本当に嬉しそうな顔でシェリーは笑い、そして、その話の内容にマリアもふと疑問を尋ねる。


「魔術じゃないほうでも、フェリックス先生と同じように魔術で判別をしているんですか?」


「ああいえ、あちらはですね。魔術は使ってはおりません」


「え? じゃあどうされてるんですか? 何となく、魔術こちらよりも体技あっちの方が紛れ込みやすそうなイメージなんですけれど」


「それはその通りなのですけれどね。ふふ、これは私もきちんと理解できていないのですが、そうですよ。傭兵であったり、暗殺者といった場にいた気配は、読み取れるのだとか。例えば私は魔術で探知はできますが、そうでない場合、気配って、どう読み取るんでしょうねぇ」


「……そうなんですか」


 フェリックスが誰かを思い浮かべるようにそう告げるのを、マリアは聞いてそう呟く。


「あちらは人数も多いので少し荒っぽい試験となるのですよ。お知り合いでも?」


「ええ、でも大丈夫だと思います、腕が立つ人なので」


 マリアはフェリックスの質問にそう答えた。

 正直、学園の試験の実技に落ちるライルを全く想像できない。


「なるほど、それにしても本当に今年は豊作というか、集まる年のようですからね。あの方も張り切りすぎなければ良いのですが……」


 だが、そんなことを考えていたマリアは、ポツリと呟かれたその言葉には気づくことはなかった。


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