第7話


 筆記試験は各部屋に振り分けられての一斉であったが、実技はそういうわけにもいかず、数人の恐らく先輩と思われるマリアとそう年齢の変わらないであろう男女と、そして少し年配の教師らしき人間で担当しているその場では少しの待ち時間があった。


 時間ができると、思考も巡る。

 随分と不思議な男の子だったな、とマリアは今朝出会ったライルの事を思い返していた。

 よく考えたら今日一日で二回も助けられている。

 一人旅の緊張も解いて貰ったし、何というか万全な気持ちで実技試験も受けられようとしていた。


(うん、落ち着いてる。法術の流れも問題なし。さっき実践もしたからかな)


 今マリアには祖国である法国に戻るわけにはいかない事情がある。

 現在法国ではそれまでの外敵への対応の為にやむなく団結していた各勢力が、改めて水面下で争いを始めているからだ。


 第三次聖典争乱と呼ばれ始めている、まだ内乱とまではいかない国内のいざこざは、元々は長い戦争の中で活版技術と通信技術が世界的に広まった事から始まった。


 法国は元々は小国の集まりだったものが、ある流行病により人口が激減した際に一人の聖女により救われた者たちが集う形で成立した国である。

 その際、弟子を名乗る者たちにより編纂された聖典と呼ばれる書物が、国としての法律以上に人々の行動を決める指針であり、また、国主や貴族たちが上役足らん根拠ともされていた。


 根拠とされていた、とはどういうことかと言うと、元々天の唯一神の元平等を謳う信仰の中で、何故人が人を統治しているのかと言う理由付けに、『神により認められた血族による統治』という論理が使われていたのである。


 元々は識字率も低く、法国という名前に反して、司祭や司教、そして支配者階級くらいしか聖典を読むことはなかった。

 それが変わってきたのがここ二十年程の法国で先の技術発展により、被支配勢力も内容を読めるようになり、何より神学者とも言われる純粋な学問の観点からの疑義で、この教義が歪められているのではないか、曲解されているのではないかという動きが出てきた。


 それが戦争の終わりと共に各地で噴出し始めたのだ。

 要は、なぜお前達支配者階級は自分たちを支配しているのか? 聖典にはそんなことは書いていないじゃないか、である。


 そんな中で、国内で噂になり始めてしまった『聖女の再来』という看板は魅力的で、マリアは大人達の道具にされる前にと逃がされるようにしてここに来た。

 ピックの諦観のような目にイラッとしたのも、その後の行動も、どこかそんなどうしようも無さへの抵抗だったのかもしれないと自覚もしている。


 だからこそ余計に、だろうか。

 ライルの態度と、そういうしがらみとは無縁な立ち位置が心地よかったのは。


「また、合格して会えるといいわね。まぁあの腕で不合格になりそうにはないけれど」


「ほう、余裕だね。他の子達はもう少し緊張していたみたいだけど、君にはその乱れもない。流石の自信と言ったところかな?」


 そして、ポツリと呟いた声にかけられた声に振り向くと、そこには美しい青い髪を靡かせつつ眼鏡の縁に指を沿えた、どこか学者然とした雰囲気を持つ少女がいた。


「ふふ、緊張してないわけじゃないけど、自信はあるわ。そういう貴女こそ随分と余裕ね? えっと……」


「シェリー。シェリー・ノーチェスだ。いきなり話しかけてごめんよ……とは言っても話しかけずにはいられなかったのだけど」


 そう微笑む姿に害意は感じられず、マリアもまた微笑みを返しながら、シェリーと名乗ったその女性を観察した。

 濃い青色の髪と、周囲を漂う雰囲気は、濃密な精霊の気配を感じさせる。

 今までのマリアの生涯――とはいってもそう長くはないが――でも、自然体でここまでの魔力の気配が漂っているのは稀だった。


 そして、シェリーの言葉ではないが、何故シェリーがマリアに話しかけてきたのかも分かる。

 だ。

 確かにこれは、先にマリアが気づいていたとしても声をかけていたかもしれない。


「マリア・ルーシェンよ。今後ともよろしくね。そして始めてだわ、同年代で自分と同じくらいの人」


「そうかい、それを聞いて安心したよ……ボクは田舎の出でね、周りには両親くらいしか魔術を扱う人間は居なかったながらに結構自信もあったんだけど、都会に出たら普通にいるのかと思ってしまったよ。いや、まぁ君以外にはあまりそうは思わなかったからごろごろいる訳では無いのだろうけれど」


「ふふ、私も都会の出というわけではないのだけど、そうは居ないと思うわ、ところで私は法国の出身なのだけど、田舎の出ってどこ――――」


「そこの女性二人、すみませんが君たちはこちらで試験を受けていただいてもいいでしょうか?」


 そして、シェリーの言葉にマリアが尋ねていると、穏やかな声がかけられた。 

 振り向くと、茶色の髪に少し白髪が混ざった、温和さがにじみ出ているような男性がマリアとシェリーを見ている。


 元々の列とは違うのかという事と、自分たちにだけ声をかけてきたことに少し疑問に思いながら逡巡していると、試験官をしている青年が気づいて言った。


「あれ? 先生こちらも手伝ってくださるんですか?」


「マギアスくん、お疲れ様です。いえね、先程別で推薦を受けていた子たちの試験もしていたのですけれどそちらは終わりまして……そして見ていると少しばかり気になる子たちがいましたので、」


「……あの、先生。僕らはもうわかってますけれど、その言い方を女性にすると警戒されますよ? あぁ君たち…………なるほどね。えっと、この人はここの魔導学の教師で、嫌になるほどの愛妻家だから害はないよ、後、ここでは魔力の操作とか、質を見るだけだから、きっと君たちは大丈夫でしょ、先生について貰っていいかな?」


 マギアスと呼ばれた青年にそう言われて、マリアとシェリーは顔を見合わせてついていくのだった。

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