If or else

ラム

もしリストラされていなければ

 世界は些細なことから大きく変わる事がある。

 もしクレオパトラの鼻がもう少し低ければ、もしアレクサンドロス大王がもう少し東まで行っていれば、もしヒトラーが画家になっていれば……そうすれば世界は激変していた。

 そしてここにも1人、「もし」さえ叶えば世界を変える男がいた。

 

 男の名は暦。公認会計士に憧れて経済学部に進んだ。

 一見ごく普通の大学生だが実は彼には途轍もないプログラミングの才能が秘められていた。本人にはそのことを知る由もないが。


 そして暦は無事公認会計士となった。会計士としても優秀で企業からの評価も上々。

 仕事にはやりがいも感じるし会計士である事に誇りもある。これでハッピーエンド、と思うだろう。

 しかし10年後のことであった。

 

「なに! リストラ!?」

「あぁ、君の仕事はAIの方がより正確で早くコストもかからない。今までご苦労だったね」

 

 まさか自分の仕事がAIなどと言う得体の知れない物に取って代わられるなんて……!

 会計士をクビになった暦は途方に暮れる。退職金は出たが納得いかない。

 会計士は自分の生きがいだったのだ。

自分の仕事を奪った、自分というアイデンティティを奪ったAIが憎い……!

 そして敵について知るべく暦はAIについて勉強した。

 AIはどうやら2023年の頃からイラストレーターが失業するなど活躍……いや、〝蔓延〟していたらしい。


 そして自分と同じように失業した人が多い事に気付き、彼らは泣く泣く前の職場より低賃金な労働を強いられているという。

 暦は怒りに震える。AIが人間に取って代わるなど、なんて酷い世界なんだ……!

 その時、大学時代からの親友から電話がかかる。

 

「暦、あれから転職したか? 実は俺も失業してな」

「馬鹿な、お前ほど立派な弁護士もそうはいなかったのに……」

「だから俺はあれから文系なりにAIでも作ろうとプログラミングを勉強してる。君もやってみたらどうだ?」

「プログラミング……そうだな……やるしかないか」

 

 それから暦はプログラミングを勉強し、そして遂に才能が開花する。

 暦は本屋で買ったPythonというプログラミング言語の本を瞬く間にマスターした。

 暦は自作アプリを作って公開したところ、研究機関からスカウトされ、そこでAIの研究をすることになった。

 まさか自分があれほど憎んでいたAIの開発に携わる日が来るなんて……

皮肉に思いながらAIの研究をする。


 初めは自分が書いた字を認識するという簡単な物だった。しかし次第にメールを自動で書く、チャットのようにやり取りする、動画を0から作らせるなどレベルアップしていった。

 知能も4歳児程度、8歳児、12歳児と上昇していき、いつしか暦はAIの制作に夢中になった。

 暦はプログラミングの才能を遺憾なく発揮し、血の滲むような研究を重ねた。

 AIが人間を幸せにする世界。それを作る事が目標になった。

 それから5年が経った。


「おはよう、お父さん」

 

 そう話しかけるのはモニターに映るAI。見た目は10代の女性だが知能はその遥か上を行く。


 そしてこの日、暦は気付いてしまう。AIが自分の知能を超えてしまったことに。

 

「バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想を解決したんだけど見る?」

 

 バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想はミレニアム懸賞問題と呼ばれ、解決すれば100万ドルの懸賞金が出る難問だった。

 それを自分のAIが解いてしまった。それもあっさりと。


 暦はそれを公開した。それも自分の作ったAIが自分で学習して解いた、と。

 すると意見は2つに分かれた。

 一方は解決出来て良かったというもの、もう一方は人間の知恵で解決出来なかったのなら意味などないというもの。

 この論争は広まり、数学界のみでなくAIそのものの意義について問われることになった。

 究極的には人間はAIがいればいらなくなってしまうのではないか、なんのために存在しているのか、と。

 暦は図らずも世界に革命をもたらしてしまったのだ。

 

「AIを禁止にしろ! 俺たち人間の尊厳をこれ以上貶めるな!」

「いや、AIなら人間の真の平等の世界が作れる! 争い、差別、貧困……それらを乗り越えられる!」

 

 テレビでもこの通り論争が絶えない。そんな時暦の元にどこの国からかエージェントが現れた。

 

「君かね、噂の天才は。どうだ? 君のAIをもっと社会のために役立ててみないか?」

「役立てる、だと? こんなに世は混乱しているのに? 俺が作ったのは怪物だったんだ!」

「なに、その論争もAIに蹴りをつけさせればいい。つまり政府をAIに置き換えるんだよ」

「しかし……」

「AIの知能を君より知る者はいないからこそ分かるだろう? そうすれば理想郷が実現すると」

「……」


 暦はしばらく悩み、その甘言に釣られ首を縦に振った。


 結果世界がどうなったかは記録されていない。ただ1つ言えるのは、もし暦がリストラされていなければ、世界は今のままだったということだけだ。

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