それは顔のない人形のような

 私は振り返ること無く裏通りをひたすら走った。

もう20分は走ったろうか。

足の筋肉が激しく痛む。

まるでちぎれそうなくらい。

肺も痛い。酸素を求めて必死に動いていることすら分かるくらいに。

でも、もう止まれない。

交番か警察署・・・

そこに行ければ。

でも、全然どっちも見えない。

もしかしたら、そんな地理的条件まで考えて・・・

そう考えたとき、足がもつれてその場に勢いよく転んだ。

「い、痛・・・」

それを合図に私の足と肺は完全にストライキを起こした。

立ち上がりたくても出来なくなっていたのだ。

目の前が暗くなる。

肺からは聞いたことのない、自分が出してるとは思えないほどの甲高い「ヒュー、ヒュー」と言う音が聞こえる。

もう・・・ダメだ。

その時。

私の耳に自動車のエンジン音が聞こえた。

目をやるとタクシーが一台。

その途端、私は文字通り最後の力を振り絞った。

必死に足を動かすとなんと、立ち上がりよろよろとだが歩くことが出来た。

幸運にもタクシーに乗り込むことが出来た私はある行き先を告げると、タクシーは静かに走り出した。


「あ・・・ありが・・・と・・・」

私は何とか声を出すと運転手さんにお金を渡し、目の前の交番に入った。

考えてみれば雄大さんの言う「警察にも手が回っている」もおかしな話しだ。

ドラマじゃあるまいし、そんな事があるわけ無い。

どうやって国家権力に食い込むというのだ?

私はよろよろと交番に入ると、中に居た若い警察官はギョッとした表情で立ち上がった。

「どうした?何かあった?」

「私・・・前に起こった事件・・・〇〇町の屋敷で夫婦が殺・・・された。あの夫婦の娘です。斎木蒼」

「え・・・」

警察官は少し呆然としたが、すぐに表情を引き締めた、

「ずっと行方不明になっていたあの・・・確かに特徴も一致している。分かった。すぐ本部に連絡するから、中に入って」

「有り難うございます」

良かった。中々信じてくれなかったらどうしようと思ったけど、驚くほどスムーズに話が進んだ。

私は酷く疲れていたので、警察官に言われるまま奥の部屋に入って、出されたお茶を一気に飲んだ、

酷く喉が渇いていたのだろう。

こんなに美味しいお茶は初めてだった。

警察官は携帯で誰かに連絡している。

きっと警察署だろう。

私は安堵感に包まれて軽く目を閉じた。

もうすぐ警察署に行ける。

そうすれば全て終わる・・・

それから5分?いや10分ほどだろうか。

中に誰か入ってくるのを感じた。

やっと来てくれた。

私は勇んで入り口を見た。

そして・・・そのまま動けなくなった。

そこに居たのは・・・普段と変わらない笑顔の雄大さんの姿だった。

だがいや・・・そこにはなんの感情も見えない。

まるで顔が無いかのような笑顔。

まるでピエロのお面のような笑顔。

そんな顔の無い人形のような雄大さんは、真っ直ぐ私に向かって歩いてきて、部屋の中に入ってきた。

凍り付いたようにその場から動けずに居る私に雄大さんは、ピエロの笑顔のまま言った。

「だから言っただろ、葵ちゃん『組織は警察と繋がっている』って」

「あ・・・あなたやっぱり、九国さんの仲間・・・」

「う~ん、惜しい!いい線行ってたけど不正解。って言うか、僕とナンバーナインを仲間って言うのはかなり不愉快だな。僕は彼女の敵だよ」

「敵・・・」

「そう。ちなみにあのビルで君を襲った連中は僕の部下。僕の事を吐かずに死んだのはお見事だったと評価しよう。本当はこんな事べらべら話すのはルール違反だけど、君の判断力と観察力。そして勇気に敬意を表してね。まさか僕の事に気づくなんて驚いた。しかもあんな事を・・・心底驚いた。一人じゃ何もできないお嬢様かと軽く見た僕のミスだった。その報酬として教えてあげるよ。・・・まあ、もう一つ目的があるんだけど」

そう言うと雄大さんはニッと笑った。

でも、その笑顔は今までの雄大さんが見せたことの無い、歪んだ表情だった。

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