第5話 我慢の対価を考えます

「この服、可愛い」


 私は町娘の格好に着替えた。すぐに御者台に座ると、シエルが笑顔で迎えてくれた。


「この帽子を被って頂けますか。万一、エルザ様だと分かってしまうと、大変なことになりますから」


「分かったわ。今日はソフィアさんは?」


 私は手渡された大きなツバのついた帽子を目深に被った。


「彼女は授業のない日はいつも女子寮にいます」


「その、殿下に変なことされないかしら?」


「大丈夫です。パルマ家のことはご存知ですよね」


「ええ、一応は」


「早速お話をお伺いします。王宮まで半刻ほどですから、あまり時間はございません」


「ホテルのロビーでお話するのかと思っていたわ」


「私はあの日以来、エドワード王子の手勢に見張られていますから、移動しながらが一番安全なのです。ホテルには影武者をおいてきましたので、しばらくは大丈夫です」


 そうか、もうエドワードは手を打って来たのか。


「えーと、改まって話すとなると、話しにくわね」


「エドワード王子の女性関係にお悩みなのでしょうか」


 シエルが言いにくいことを言ってくれたので、楽に話せるようになった。


「ええ、そうなの……」


 年下の男の子に相談することではないと、急に恥ずかしくなってしまったが、シエルは聞き上手で、エドワードに言われたこと、両親の反応、そして、私が婚約を解消したいと思っていることを一気に話してしまった。


「それはお辛いですね」


 私の辛い気持ちをまずは受け止めてくれるシエルの対応が、私にはとても嬉しかった。


「そうなのよ、とても辛いの。これって、我慢しなくてはいけないことなのかしら?」


 シエルは少し考えてから口を開いた。


「僕の考えでいいですか?」


「ええ、聞かせて」


「僕は、我慢は対価次第だと思います。我慢することで、それに見合った、あるいはそれ以上の喜びが期待できる、そのためなら我慢してもいいと思います。我慢どころか、逆に楽しめるかもしれません。エルザ様は我慢するとしたら、何のために我慢するのでしょうか?」


「一族のためかしら?」


「一族のためになることがエルザ様の喜びだとして、それが我慢するに値するかどうかだと思います」


「喜びではないけど、一族が自分のために殺されるのは、それこそ我慢できないわ」


「では、殺されないよう策を講じてはいかがでしょうか?」


「そんな策あるのかしら」


 シエルは即答した。


「きっとあると思います。その策を見つけるまでの時間を稼ぐために我慢する。これなら、我慢出来そうですか?」


「そうね。結局、今は私には何の力もないから、力を蓄えるためにも時間が必要だわ。でも、結婚はしたくないから、結婚するまでに答えを見つける必要があるけど」


「結局、今は我慢するしかないということしか言えてないのですが、少しはお役に立てましたでしょうか?」


「ありがとう。とても気持ちが楽になったわ」


「それでは、そろそろ馬車にお戻りになってください。お着替えも必要ですので」


「あ、あの、今後も相談に乗って頂けるかしら」


「もちろんいいですよ。こんな僕でよろしければ」


 シエルはそのまま平然と御者のふりをして、王宮の入り口まで私を送って行ってくれた。

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