それはバイト帰りの夜だった

やーみー

第1話 それは

 今日のディナータイムは目が回るように忙しい。お客様が帰ったあとのテーブルを急いで片付ける。



 そう、私は飲食店で接客業をしている看護学生だ。

 お小遣いは貰えないので、自分で稼ぐ。1年生だということもあり、授業が終わったあとの平日もバイトをしている。


 


「忙しいな今日......ここ片付けたら案内するわ」


「ですね......ありがとうございます!」



 ピンポーンと呼び鈴が鳴り、後輩に対応をお願いした。今日のフロアは私の他に店長と後輩2人で回している。

 店長が変わってからやる気がある子ばかりになった。そんな子達に頼られるのは嬉しいし楽しくやっているが、今日は学校終わりなのであまり元気が出ない。とにかく仕事をこなすことに集中する。





 お子様椅子が置いてあったので、早歩きで定位置へ。丁度お客様がお茶を汲むすぐ横にある。私はそこに立っていたお客様へ何も言わずに、椅子を上から重ねてしまった。忙しさのあまり、配慮に欠けていたのだと思う。



 それを店長は見ていた。手招きされて中へ入る。何か注意されるんだろうな。気をひきしめる。



「何様やねん。お前。『失礼致します』くらい言えや」


「すみません」


 この日はなぜだかこの人にとても腹が立った。

 一生懸命やっているのに、そんな位でキツい言い方をしなくてもいいじゃないか。いつも他の人より、私に対して当たりがキツイ。新人ばかりの中で走り回り......はしないけど、1人で2人分くらい動いているつもりだ。



 後から思うと何故あんな事をしてしまったのかと思う。

 注意されたあと私は忙しいのにも関わらず、ゆっくり歩いていく店長を見て更にイラッとしてしまった。


 料理を乗せるワゴンでガッと押したのだ。

 店長の踵にゴツンとワゴンが当たる。


「おい。お前なぁ。やる気ないなら帰れや!!」



 お客様に聞こえるんじゃないかというほど、大きな声だった。キッチンが静まり返る。ああ、やってしまった。ついカッとなってしまったのだ。後悔しても過去は変わらない。泣きそうになるのを何とか抑えて返事をする。



「すみません。まだ帰りたくないです。まだやります!」


「はぁ。じゃあ洗い場にお皿出しとけ」




 私は泣きながらひたすらお皿を洗い場へ渡していく。後輩にこんな姿を見せてしまうなんて、恥ずかしい。悔しい。本当は今すぐにでも帰りたかった。

 ボロボロと涙が溢れ出す。私は店長に嫌われているのだろうか。店長は30代で仕事が出来る人だ。売上が低いこの店に、呼ばれて来た。私は次期フロアリーダー候補として、この人に育てられている。



 いつも明るくて面白い店長は接客に厳しく、今日初めて本気で怒る姿を見た。


 見た目がやからみたいにいかついから怒るとさらに怖さがある。私は私で負けず嫌いだ。このまま帰るなんて悔しすぎる。


 黙ってひたすら後輩からお皿を受け取り、洗い場へ。泣き止まないと。これじゃあ接客が出来ない。



 でも何で......こんなに言われないといけないのか。

 私は一生懸命やっているのに。初めてのバイトで、まだ半年しか経っていない。それを踏まえれば、かなり成長したと思う。高校卒業間近で働き始めてからずっとここでバイトをしている。


 リーダーになるからには、3年くらい働くことになりそうだ。やりがいはあるけれど、たまにとてつもなく辛くなる。期待されているからこそだとは思うけれど、細かい指摘に嫌気がさしてしまうのだ。私はまだ社会経験がそんなにない。これが普通なのだろうか。この先やっていけるだろうか。




 涙が引っ込んだのは15分経った頃だった。山積みになっていたお皿が綺麗になくなり、することもなくなってしまった。顔を洗って戻ると──



「そろそろええやろ。ほら料理出てるから運んでき」


「はい」


 目が赤いまま料理の提供へ向かった。お客様は幸いそれに気付いていないらしかった。はぁ。冷たいな。怒られたあとのフォローは無し......か。もうどうでも良くなってきた。考えるのは疲れた。


 結局その日は遅くまでバイトをした。


 入りが遅かったから、時計の針は22時を指している。歩き回ったから足が痛いしパンパンだ。明日は土曜日だし、今日はゆっくり寝よう。

 着替えて出てくると店長が待っていた。あの鬼のような形相はなく、優しい笑顔だった。正直放って欲しかったが、笑いかけられた安心もあった。



「帰れ言うたのに帰らんかったな。偉いやんけ」


 ポンと頭に手が置かれ、セクハラで訴えようかと思った。クソ店長め。


「すみませんでした」と機嫌悪く返して、そのまま店を出た。


 自分も大人気ないな。


 自転車で30分かけて帰らなければならない。

 田舎の真っ暗な土手を走っていく。


 するとそこに人影があった。座り込んでいたのはお爺さんだった。何故こんなところに。


 私は辛いことがあったせいなのか、とても寂しそうに見えた。


 自転車を停めて近づくと、お酒の匂いがする。


「あの、大丈夫ですか?」


「ほっといてくれ」


「そんなん出来ません。なんかあったんですか?」


「若者に心配されるなんてな。もう遅いんやから帰りな」



 私は粘った。この人を置いて帰る訳にはいかない。

 私が一歩も動かないのを見て、お爺さんは諦めて話し始めた。



 妻が亡くなってから、生きている意味が見い出せないという。


 私はどう声をかければいいのか、分からなかった。

 小学生の時初めて行ったお葬式を思い出す。父方の祖母が亡くなってから、祖父は家を空けることが多くなっていった。お葬式の問題で父と他の家族が揉めて以降、会っていない。可愛がってもらった記憶はないが、可哀想に思う。


 お爺さんは構わず話を続けた。



「お前さんは人が死ぬのを見たことがあるか?」


「お葬式は何度か......」


「残されたもんは辛い。ワシは独りぼっちや。することもあらへんし、ただボーッと時間が過ぎていくだけや」



 彼は真っ直ぐ前を見て、遠い目をしているようだった。その背中が寂しそうで、心がズキリと痛む。人が亡くなるのは仕方がないことだ。それでも何故......と運命を呪ってしまうもので。男性は、妻が亡くなることに耐えられないことが多い。女性に家事を任せるのが当たり前の時代は特に。1人になって、妻の偉大さに気付くのだ。



「今は悲しみに暮れても、ええんとちゃいますか。それだけ奥さんのことが大切やったんですよね。幸せやったと思いますよ。私もそんな人生がいいなぁ」


「ははっ......お前さんはなんでワシに話し掛けたんや」


「それは......わかりません。理由なんて要りますか?」


「お前さん見たいな若者もおるんやな。ありがとう。もう大丈夫や」



 お爺さんは初めて私の顔を見て、笑った。

 暗くてよく見えなかったけれど、大丈夫だと思った。


「また会えたらええですね」と言うと、「そうやな。生きなあかんな。家内の所に逝くんはまだ先でええか」



 お爺さんはもう暫くここに居ると言って、私は先に帰った。



 少し進んでから、遠くでお爺さんを見る。

 何かあっては行けないと思い、警察へ電話をした。お爺さんが酔っ払って座っていると。


 彼には申し訳なかったが、許して欲しい。

 警察が来るのを見て、私は今度こそ家に帰ったのだった。







 あれからお爺さんは見ていない。暗かったのもあって、顔も覚えていないから気付いていないだけかもしれない。



 私がした事は良かったのだろうか。彼はまだ生きているだろうか。



 お爺さんの未来が少しでも明るくなりますように。








 ✦︎✧︎✧✦



 これは私の実体験に基づいたお話です。

 どこまでが本当かは、想像にお任せします。


 読者様の心が少しでも晴れやかになればいいなと思います。


 これから短編などエンタメ作品を投稿していきますので、またお会い出来たらいいですね。



 ではまたいつか。

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