第47話 役立たずの夕食

「お帰りなさいませ。お嬢様、南様」


 帰ってきた俺達をロビーで出迎えてくれたのは、いつものように真矢さんだった。

 彼女の綺麗で無駄のない一礼は、疲弊している心に安寧をもたらしてくれる。まさにこのロビーは、日常への入り口だ。


「ただいま」


「ただいまです、真矢さん」


 俺と冴島さんは帰還の言葉を口にする。

 表情を崩すことは無い真矢さんであったが、その顔はどことなく微笑んでいるようにも思えた。


「夕食は?」


「先程準備が整いました。既に食堂に並べております」


「そ。まあこんな時間になっちゃったけど、南くん、これから夕食食べれる?」


 時間は既に11時台。夜も夜であるし、場所によっては消灯時間。むしろ夜食時間である。

 けど、空腹はある。俺は昼飯から何も食べものを口にしていない。せいぜいコーヒーくらいだ。

 故に、俺は頷いた。


「うん、全然腹は空いてる。食べれるよ」


「よし、じゃあ遅いけど食べに行こっか」


 冴島さんはそう言うと、食堂へ向かって歩き出す。

 その背中が遠くならないように、俺と真矢さんは彼女を追いかけた。





 真矢さんの用意した夕食は、やはりおいしかった。

 シンプルな和食なのに味は複雑。かといって喧嘩するわけでもなく、互いに調和し合っている

 まさにパーフェクトハーモニー。完全調和だ。


「ごちそうさまでした」


 そんな夕食をぺろりと平らげた俺は、両手を合わせて言葉を口にする。

 と、同時に、


「ふぅ、今日はあんまり動かなかったけど、空腹はそれなりにしてしまうものだねぇ。ごちそうさま」


 冴島さんも完食を知らせる。

 壁に佇む真矢さんは両者の言葉を聞くと「ありがとうございます」と一礼した。

 お互いの皿の上にはもう何も無い。あるのは食べられない魚骨のみ。数分前まであったものは、一気に消滅したのだ。


「ん? 冴島さん、今日はあんまり動かなかったって」


 そんな中、俺はさらっと口にされた彼女の言葉に疑問を抱く。

 あんまり動かなかった? ......にわかには信じられないが、もしかして今日の活動は彼女からしてみれば全然疲れるようなものじゃなかったのか?


「そうだね。今日はだいぶ楽だったかな。いつもは日をまたぐくらいまで動き続けてたんだし。それに比べれば準備体操みたいなものかな?」


 首を傾け思い出すように答える冴島さん。

 マジか......徒歩だけで3時間クタクタだった俺がバカみたいじゃないか。


「は、はぇ~。ほんと凄いな。俺じゃあ歩いてるだけで脚ヤバかったのに。鍛えてるとか魔術師だからとか、そんな理由じゃ説明は付くけど、納得はできないな。体力底無しかよ」


「底くらいあります。ていうか、南くんの体力が無いだけじゃないかな、それ」


「......かもな。一理あるし、否めない」


 やっぱテストとかを理由に全く運動しなかったツケ、だな。前まで筋トレとかしてはいたけど、ガチ勢とかじゃなかったし。昔に比べたら筋力は落ちちゃったし。これじゃあ今後付いていけるか不安になる。


「私からしてみれば、この程度で根は上げないで欲しいけどなー。今日はたまたま短かっただけだけど、明日からはもっとキツくなるかもだからね」


 ニヤリと。馬鹿にするというか、煽ってるというか。そんな視線を彼女は俺に向けてくる。俺からしてみれば笑い事ではない。

 でも事実は事実。現実は現実だ。逃げるわけにはいかないし、立ち向かわなければいけない。

 けれど–––––––


「予想はしてたけど、意外とキツいな」


「あれ今さら? 自分から手伝うって言ったくせに」


「言ったさ。嘘じゃないし、拒否もしない。やっぱりやめるとか、そんなことは絶対に言わない。ただ、一般人にはキツイなぁって」


 椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。

 天井にぶら下がっているシャンデリアの光はやっぱり美しい。けど同時に、俺の目には眩しすぎる。


「一般人、ねぇ。超能力者が一般人名乗るのも微妙なところだけど」


「言ってろ。それでも俺は一般人だ。でも一般人故に力が足りない。冴島さんの力になれてる気がしない」


 悔しく言葉を吐く。あまりに非力すぎる自分に嫌気が差す。


「非力じゃないよ、君は」


 俺の言葉を否定する冴島さん。その言葉は妙に優し気で、分かっているような感じだ。


「いや、それは–––––––」


「君は非力じゃない。力だけで言えば、私より強い。もっと言うのなら誰よりも強い。けど、強すぎるが故に使うことができない。いや、使よ。君が無意識下で敷いている能力のストッパーを外せば、君はまごうことなき最強になれる。でも1回外したら最後、反動で多分死ぬ。だから、強いは強いんだよ」


 励ますように彼女は言ってくる。

 ......それは分かってる。分かってるんだ。でも、だからこそ、


「けど俺は、今日何もできなかった。冴島さんの役に立つなんて–––––––1回やりはしたけど、あれは偶然というか、奇跡みたいなものだし。そもそも冴島さんにとってはピンチでもなんでもなかったみたいだし」


「偶然、奇跡、ねぇ......」


 俺はテーブルの上に置かれた紅茶を1回口に含む。考えて悩んでいると、なんだか吐きそうになったからだ。故にとりあえず、紛らわしとして飲む。


「......そうだよ。実際、やったのは所詮1回だし。後は冴島さんの役に立つことなんて無かった。悲しいことにな」


 自虐するかのような言葉で、自身と事実を向き合わせる。役立たずには、それが必要だ。

 しかし–––––––


「違う違う。分かってないなぁ南くんは」


 それでも彼女は否定してきた。


「は?」


「南くんあれでしょ? 少年漫画とかだと”力こそが全てだ!”って言ってる敵幹部でしょ? で、最後は皮肉にも絆やら愛やら友情やらーで倒されちゃうやつ」


「なんだよそれ。あと、俺少年漫画のそういうところ嫌いなんだけど」


 フフンと鼻を鳴らす冴島さん。

 しかし、地味に的を射ていそうなのが悔しいところ。認めたくは無いが。


「つまりは、君の存在は強いとか弱いとか、そういうレベルのものじゃないってこと。私は傍に君がいるってことだけで安心してるんだから」


「......それは、保険だろ? 冴島さんがやらかした時の為の」


「まあ、役割上はそうだね。君はあくまでバックアップ。戦うことはほぼ無いし、終始見ているだけがほとんど。いてもいなくても変わらないかもしれない存在が君の役割」


「–––––––」


 言われると少し傷付く。自虐じゃない言葉ってのは少しキツいものである。


「でも、役割関係無しに君が傍にいてくれるっていうのは、私としては安心するし嬉しいんだよ。それはもう、油断しちゃうくらいにね」


 瞬間、思い出す。

 今日最初に戦闘をしたあの時–––––––彼女を助けたあの時。

 冴島さんは”珍しく油断してた”と言っていた。

 あの時少し疑問に思ったが、そういうこともあるのだろうと思って俺は普通に聞き流した。

 もしかして、あの時油断した理由っていうのは–––––––俺がいたから?


「安心って......こんな俺で?」


「こんなって言わない。君の存在は、私のメンタルには良い薬なんだよ。なんか......そこにいて欲しいって思えるから」


 優しく包み込むような音色。

 彼女は視線を逸らしている。その頬は、少し照れるようにほんのりと赤い。緩んでいる顔には、少しだけ微笑みがある。


「–––––––」


「だから、役に立ってる。私は今、君のお陰で安心して、安定して戦えてる。君の存在はこの戦いにおいて–––––––私にとって、必要不可欠なの。絶対、役立たずなんかじゃない」


 真っすぐと告げられる言葉。

 俺はその言葉と彼女の目にハッとし、息が止まった。

 肺が苦しい。

 頭は痛い。

 神経が痺れる。

 けど–––––––辛いものではなく、むしろ嬉しいものだ。


「そ、そうか......なら、いいのかもな」


 諦めるように、折れるように。小さくコクンと俺は頷く。


「......なんか、重い空気になっちゃったね。今日はこれくらいにしておこっか」


「ああ、そうだな。俺はもう部屋に戻って休むよ」


 そう言うと、俺は席を立ち、絨毯の上を踏みながら食堂の出口へと向かう。

 そして、ひんやりと冷たいドアノブに手を掛け、


「おやすみ」


 背後にいる2人に挨拶する。

 「おやすみー」「おやすみなさいませ」と2人が言ったのを聞くと、俺は自室に向かって歩き出した。

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