第37話 お互いの事情

「神父、話を戻しましょう。要は、協会側が傍観していられるほどの魔術実験、並びに被害規模ではなくなった、ということですね。だから目撃者と化け物、それと黒幕である魔術師の排除役として、この女が派遣されることになった」


「フン。酷い物言いだな。まるで野蛮人か、私は」


「似たようなものでしょ?」


「は?」


 再びぶつかり合う2人の言葉と視線。

 当然、穏やかな空気ではない。今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気だ。


「まあまあまあ落ち着いて。冴島さんの言う通り、そうなりますね。ですので、今後は化け物退治兼魔術師捜索に彼女も加わります。別行動になるでしょうが、作業効率は以前よりも上がると思いますよ」


 切り替えるように言う神父。

 不穏な空気が晴れることはない。

 しかし、やがて折れるように赤髪の女性は言葉を吐き出した。


「......正直なことを言うと、手数が増えるのは助かる。私1人の活動でも、敵魔術師をあぶり出すことはできなかった。その点で言えば、この女の存在は悪いものじゃない。すっごい癪だけど」


 とは言いつつも、ゴミを見るような目は変わらない。


「素直じゃないですねぇ冴島さん。しかし、理解してもらえるのなら話は早い。今後は同じ目的を持つ仲間として力を合わせ–––––––」


「けどそんなことはどうでもいい。二の次です。ていうか、それよりも一番大事なことがある」


 神父の言葉に遮るように彼女は言う。

 ”そんなこと”......つまり、彼女にとって重要なのは味方が増える増えないということではない。助かるには助かるが、あくまで成り行きによって得た駄菓子のおまけ程度のものなのだろう。


「ほう? だいたい予想はできますが一応聞いておきましょう。–––––––一体、どんなことですか?」


 見透かすような目で神父は赤髪の彼女を見る。

 冴島さんはそれに対して一度瞳を閉じ、「はぁ」と息を吐いた。

 そして、瞼を持ち上げて神父に告げた。


「–––––––敵魔術師は私の獲物です。だから、私に殺させてください」


 睨むことなく、険しいこともなく。

 清々しいくらい見開かれた眼。

 そんな眼を内包する顔面は、精気が感じられないくらい無表情であり、一周回って謎の恐怖を感じられるものであった。


 冴島さんの言葉を聞いた神父は、薄暗いロウソクの光の反射で眼鏡を光らせ、眉間部分を中指でクイッと上げる。


「やはり言うと思いましたよ。何せ貴方にとってはそれこそ生きがい–––––––言わば人生みたいなものですからね。仲間関係になったとしても、確かにそれは譲りがたいものでしょう。気持ちは分かります。ええ分かりますとも」


 分かったような口をする神父。

 だが、冴島さんの表情は無色のまま。真っすぐで透き通っている。


「分かる。分かる。ああ、でもですね、残念ながらそのお望みには答えることができません」


「どうしてです?」


 瞬間、無表情だった冴島さんの顔が鋭く乱れだす。


「こちらも余裕が無いのですよ。もはや事態は情報隠蔽の限界を超えてしまっている。つまり、魔術協会からすればこれ以上被害が広がる前に、一刻も早く対象を始末しなければならない。故に、貴方一人の為に気を使っている場合ではないのです」


 ......一理ある、と思った。

 残念そうに微笑みながら何様面で淡々としている神父の言葉だったが、くやしいことに理にかなってる。

 だが、当然そんなことを彼女が認めるわけがない。


「今までただ傍観してただけの協会は、慌てながら遅れて入ってきたくせに話を聞かない、ね。......醜いですよ、本当に」


 彼女は非難の目で神父を睨みつけ、隠れていた怒り–––––––いや、呆れと失望に似たものをむきだした。


「事情があるのはお互い様だ。だからその物分からぬ子供みたいなことを言うのはやめろ」


 そんな中、椅子に座っていたシスターが針が如き意見を突き刺す。


「–––––––」


 ギロっと。冴島さんの視線がアリシエラさんに戻る。

 だが、彼女がそれで怯むことはない。


「自分の意志を貫き、目的に邁進するのは結構だが、別に世界はお前を中心として回っているわけじゃない。–––––––人の周りには人がいるんだ。その人それぞれで様々な意見、思考、事情がある。人間社会っていうのは、そういうものを互いに意識し、遠慮し、妥協して束ねられた集合体だ。分かるだろう? 人間として生まれた以上、これら人間としての暗黙の了解は守らなければならない」


 そう語りながら、冴島さんに向かってシスターはまっすぐ歩き出す。

 コツ、コツ、コツ–––––––と響く革製のブーツ音。心地よいその音色は、闇の中へと溶けていく。


「何? 常識を語って説教? シスターが語る内容にしてはガッカリものだけど」


「かもしれないな。だが、もはや今回の騒動は”個”という小さな問題ではなく、”全”に響く大きな問題へとシフトしてしまった。つまり、もうお前1人の問題ではなくなった。事情はあるだろうが、これは魔術世界としての問題でもある、ということだ」


 すれ違うように、冴島さんの隣にアリシエラさんが立つ。

 隣合う2人の肩。祭壇の炎に照らされて、その2人の影は地面で重なり合っている。

 それはまるで、互いの意見、思考、事情のぶつかりを表しているように見えた。


 だが......いや、それ故に、


「......だから? 残念だけど、理論っぽく論理的っぽく同じこと復唱されても、私の意志が変わることはないわ」


 アリシエラさんの言葉を聞いてもなお、冴島さんは自分を曲げようとしなかった。

 何が何でも自分自身を貫いてやる、そういった決心と自信、そして覚悟である。


「魔術世界......というか世界がどうなろうが私にとってはどうでもいいし。世界1つの犠牲で奴を殺せるなら、私は迷わずその道を選ぶ」


「人間としてあり得ないな、冴島 美恵子。自己中心的の究極系か? お前は」


 表情を少しだけ歪めるシスター。


「さあ? 自己中なのは認めるけど、神父が言ってたように、奴を殺すことが私の人生だからね。だからそれ以外は何も求めないし、世界はどうなってもいいし、私自身死んでもいい」


 ハッキリと言い切る。

 彼女にとっては自分自身が世界そのもの。

 自身の行く末が世界の行く末。

 ......やはり、彼女は真っすぐであった。


「フン。もはや話にならないな。呆れを通り越して感心だよ本当に」


 拍手でもしてやろうか、と。アリシエラさんは首を横に振りながら脱力する。もうダメ、お手上げ、といった感じである。

 対して冴島さんも「はぁ」とため息一つ吐き、


「帰るわよ。2人とも」


 そして、屋敷への帰宅を宣言した。


「え、帰るって」


「これ以上話しても時間の無駄。どうせお互いに譲る気は無いんだろうし。今日は疲れたからもう帰りましょ。真矢、車」


「承知いたしました」


 命令を受けた真矢さんは、カッカッカッと小走りで走り出し、礼拝堂から出ていこうとする。


 ガチャン

 バッタン


 退出した合図が礼拝堂内に響き渡る。

 それと同時に、1人の人間は口を開いた。


「それには私も賛成です。流石、判断がお早い」


 うんうんと頷く神父。

 この反応からして、やはり冴島さんの要望は是が非でも応えるつもりがなかったらしい。


「正直なところ、気持ち7割くらい話聞いてもらえるとは思ってなかったから、別にいいです。それに、要はあなた方の協会陣営よりも先に奴を見つけてしまえばいい

話だし。先に私が敵魔術師を見つけて始末するのなら、問題ないですよね?」


「はい。それなら全然問題無しです。ですが、我々が見つけてしまった場合は、冴島さんの事情を気にすることなく始末いたしますので、その辺りはご理解を」


 微笑みを崩さず、神父は一礼する。

 その笑みは、どことなく満足げに見えた。


「じゃあ、そういうことで。あと、そこのシスター。貴方はほどほどにね。決して私の邪魔はしないように」


 煽るように。そして見下すように。

 冴島さんはシスターにそう言い投げた。


「......」


 アリシエラさんは何も口にしない。

 ただただ、哀れな人間を眺めるような目–––––––つまり、冴島さんみたくゴミを見るような目をして俺達を凝視していた。


 冴島さんはそんな彼女を尻目にし、最後に「それではさよなら」と言い残すと、松葉杖を突く俺の手を無理矢理引っ張り、共に礼拝堂を出た。

 そして、車に乗って自宅である屋敷へと向かった。

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