第29話 平和な朝

 痛い。

 痛い痛い。

 痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 –––––––頭が、痛い。

 割れる。裂ける。切れる。抉れる。潰れる。壊れる。

 このままだと狂ってしまう。

 このままだと消えてしまう。

 このままだと死んでしまう。

 誰か……誰か……この痛みを……ああ、ああああ、あああああああああああああああ!





「–––––––」


 気がつくと、俺は目を覚ましていた。

 いつから目が開いていたのかは分からない。

 だが、意識が動き出したのはたった今。時刻としては朝の7時である。


「いつから起きてんだっけ、俺」


 疑問を胸に抱きながら、体を起こす。

 窓からは眩しい日光が入り込んでおり、ボーッとする頭を刺激している。

 朝見ていた夢は……思い出せない。凄く嫌な夢だったのは確かだが、それしか覚えていない。

 というか、頭自体なんか気持ち悪い。痛みもあるし、寝不足みたいな感じだ。

 だが、そんなことよりも重要なことが1つ。


「ここ、屋敷の部屋か? 俺、いつからここに?」


 目に映るのは短期間移住することとなってしまった屋敷の自室。

 しかし、頭の中に記録されている最後の記憶とは合致しない。俺はあの最後の時、交差点のコンクリート上で眠ってしまった筈……


「……冴島さんが運んでくれたのか」


 考えられるとしたらそれだろう。とにかく彼女には色々と感謝だ。


 そしてとりあえず、俺は体を起こす。

 瞬間–––––––


「ウッ、イダッ」


 ピキッと、体中に稲妻が走った。

 どうやら昨晩の戦闘の影響で体の節々に酷い炎症が起きているらしい。とてつもなく痛い。

 何よりも、左片膝に関しては歩行に支障が出るくらいの痛みだ。

 ……だがまあ、支障が出るだけで歩けないわけではない。

 なので俺は無理矢理動かし、部屋に備え付けられたタンスを開いて着替えを始めた。


 今着用しているのは寝巻きだ。

 恐らく、真矢さんが着替えさせてくれたのだろう。

 ご丁寧なことに下着まで履き替えられており、他人、しかも異性に脱がされたのだと思うと、顔が火照るくらいには恥ずかしかった。

 まあでも、そのまま放置されないよりかはマシだ。


「イッ……めっちゃ痛い」


 衣服を脱ぐという一連の動作。それですら体中に鋭い刺激が走った。

 そして痛い痛い喘ぎながらなんとか着替えを終わらせる。

 すると、部屋の扉からノック音が響いてきた。


「どうぞ」


 入室許可の返事をする。

 ガチャリと、木製の扉が開く。

 冷たい空気が廊下から入り込み、寝起きの神経を刺激する。

 開かれた扉の先からは、メイド服を着込んだ真矢さんが姿を現した。

 彼女は頭を下げながら「失礼します」と口にし、部屋に入室する。

 そして、お腹の前で両手を綺麗に重ねる。


「おはようございます。2日ぶりのお目覚めになられたようですね、南様」


 瞳を閉じて再度頭を下げる真矢さん。

 そんな彼女の言葉に俺は疑問を抱く。


 2日ぶり……?


「おはようございます。……俺、2日も寝てたんです?」


 挨拶。そして尋ねる。

 頭を上げた真矢さんは俺の問いに頷く。


「はい。あの夜の出来事から、既に2日が経過しております。南様はその間、お目覚めになることなくお眠りになっておりました。なので本日の日時は金曜日、休日前となります」


 淡々と告げられる経過日数。

 俺はその事実に驚きはするものの、色々とありすぎた為かすんなりと受け入れらた。


「そんなに寝てたのか……その割には、あんまり頭スッキリしませんけど」


 視線を逸らしながら頭をさする。

 すると、彼女は口を開いた。


「ご無理もありません。南様はお眠りになっていた間、ずっとうなされておりましたので」


 うなされていた……彼女は今そう言った。

 当然、眠っていたので身に覚えなどない。それに、過去に睡眠中うなされていたこともなかった筈。……珍しいこともあるものだ。


 真矢さんは俺の体を下から上にかけてジロジロと見る。

 そして、口を開く。


「既にお着替えをお済ませになったようですね。洗顔等もお済みになりましたら、食堂へとお越しください。朝食を用意してあります」


 彼女は鉄のように固められた表情を崩すことなくそう言うと、頭を下げながら「失礼致しました」と口にし、退出しようとする。


「あの、真矢さん」


 そんな彼女の背中を俺は呼び止める。

 真矢さんは俺の声を聞くと、こちらに背中を向けるのやめ、くるりと振り返った。


「いかがなさいました?」


 投げかけられる問い。

 相変わらずその表情は変わらず、冷たい。

 正直言って、見られているだけで威圧感を感じてしまう。

 だが、不思議と今は少しだけ慣れている。


「その、あればでいいんですけど、膝のサポーターとかってありませんか? ちょっと、歩くと痛くて」


 苦笑いをしながら痛む片膝を少しだけ動かして見せる。

 骨折レベルの痛みではないが、長時間の歩行とかは不可能な程だ。何度か動かすだけだ涙目になりそうだ。

 それを見て聞いてくれた真矢さんは顎に手を当てる。

 そして息を吸って止め、天井を少しだけ仰いで何かと考えだした。


「……そこまで深く考えなくても」


 別にいい、と言おうとする。

 しかし、彼女は首を横に振る。


「いえ……サポーターの類は本屋敷には無いのですが……ご心配なく。どうにかしてみます」


 何かを思いついたのか、彼女は頷く。

 そして続ける。


「本日中にはご用意できると思いますので、それまでは申し訳ありませんが、我慢をお願いします」


 再び彼女は頭を下げる。

 肩まで伸びた黒い髪がサラリと地面に向けて垂れ下り、清純な華やかさを醸し出す。まさに"美"である。


「……はい、用意して貰えるならいくらでも待つので、お願いします。そして、ありがとうございます」


 そんな彼女に対し、俺は頷きながら感謝を口にする。


 要件を聞き終わった真矢さんは頭を上げるとガチャリと部屋の扉を開き、「失礼致しました」と口にして退出した。

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