第6話

 テレサの剣で腹部を貫かれ、僕は力なく項垂れた。

 僕の体をテレサが持ち上げると、魔法によってその場に張りつけにされた。

 裏切られた……僕にとって最悪の事態が頭をよぎったけど……。


 テレサは満面の笑みを浮かべ、ウインクしている。

 それに、痛みも引いているし、傷口も徐々にだけど塞がってきている。

 いばらの蔓が巻き付いているけど、花の魔法で治療もしているのか……。


 どうやら、テレサは僕に見せたいものがあるらしい。

 それなら、一芝居付き合ってやろう。


 「くっくっく、ずっとマスターが油断するこの時を待っていた。

  二人共よくやってくれたね」

 「テレサ……その二人は逃がしてやってくれ」


 「おだまり!」


 テレサが僕の顔を殴る。

 全く痛くないけど、ダメージは本物っぽい。

 魔法で痛覚を緩和させて、治療も出来る。

 とはいえ、やりすぎだ……。

 

 あと、急に変な言葉使いで話さないで欲しい。

 不意に笑ってしまいそうだ。


 「さて、ガキンチョー。

  お前達は私の犯行を見たんだ。

  逃がすつもりはないよ!」

 「私が時間を稼ぐ!

  セシリアは早く遠くに逃げて!」


 アイリスはテレサの前に立ちはだかる。

 しかし、テレサは瞬時にセシリアの元へ行き、容赦なく剣の腹で頭を殴った。

 本当に容赦がない。

 頑丈なセシリアでもその一撃は効いたようで、膝をついた。


 「ハッハッハ、逃がさないと言っただろう。

  お前達の実力はさっき見せて貰った。

  私からは逃れられないよ!」

 「よくもセシリアを……許さないぞ!」


 アイリスが僕に当てられなかった攻撃をテレサが喰らうはずもなく、一方的にテレサが叩き伏せる形になった。

 テレサは何を僕に見せたいんだ?

 アイリスたちが只々可哀想な目に合っているだけじゃないか。


 「さて、そろそろ飽きてきた頃合いだねぇ!

  そろそろ……死んでもらおうか!」


 その言葉を聞いた瞬間、アイリスの髪の毛が逆立ち、金色から燃える炎の様に変化する。

 それだけじゃない。

 この周囲一帯が圧縮されたと錯覚するくらいに強烈なプレッシャーが襲い掛かって来る!

 

 なんて存在感なんだ。

 ほんの少し前の僕ならあっと言う間に気を失っていてもおかしくはない。


 アイリスが攻撃を仕掛けた?

 身体が伸びている?

 いや、僕にはその影を捉える事しか出来ないのか……。


 とてつもないスピード、そして、なんだこの動きは?

 例えるなら、閉鎖空間でスーパーボールを思い切り投げた様な直線的な動き。

 あのスピードでどうやって切り返しているのか全く分からない。


 それでもテレサには攻撃が当たらない。

 何が「マスターが頑張れば私と肩を並べる日もそう遠くないよ」だ……。

 たった今、地平線の彼方までその言葉が遠のいていったぞ……。


 そうこうしているうちに、テレサがあっけなくアイリスを捕まえた。

 そして、そのまま首をホールド。

 あれってチョークスリーパーか?


 10秒も立たないうちにアイリスは意識を失った。

 そして、僕と同じ様に花の魔法掛けたけど、張り付けにはせず、横たわったアイリスを花で埋め尽くす様にしていた。


 「あらら、もう少し遊んであげようと思ったのに、ごめんなさい。

  あなたのお姉さん、死んじゃった」


 セシリアに向けてそう言い放ったテレサの顔は、すごく悪い顔をしている。

 「姉様……」セシリアがそう呟いた直後、雄叫びを上げた。

 

 アイリスよりも強いプレッシャーを感じる。

 即座にテレサ目掛けて突進したセシリアの動きは速い。

 しかし、アイリス程では無いのでテレサにその攻撃は当たらない。


 テレサのカウンターがヒット……剣は粉々に砕け散った。

 セシリアは構わずテレサに向かって行く。

 基本的なスピードは速いし、徐々にだけど武器を失ったテレサが追い詰められている様に見える。


 セシリアの攻撃を躱しきれずに、テレサが傷を負う。

 これは助けに入らないとまずいか?

 でも、魔法の拘束が強くて脱出するのは無理そうだ。


 いや、よく見るとテレサがセシリアの攻撃をわざと受けている様に見える。

 誘いこんでいるのか。

 テレサは足に傷を負い、絶体絶命のピンチを演出している。


 それにセシリアは喰いついた。

 いっきに距離を詰めて両腕を広げてテレサを捕まえに行った。

 二人が重なったその瞬間。


 テレサの体が散々になり、無数の花弁が舞う。

 セシリアを囲んだ花弁から植物の蔓が無数に飛び出し、セシリアを雁字搦がんじがらめにした。

 花弁が地面に落ちた頃には、いつの間にかテレサの姿がそこにある。


 セシリアは身動き一つとれず、首を極められているのか、数秒後にはダランと力なく項垂れた。


 「テレサ、色々とやりすぎじゃない?

  僕の事本当に突き刺しているし……」

 「獣人族は耳と鼻が利くから、中途半端な事をすればすぐにバレるからね。

  それに、二人が最後に変身したでしょ?

  あれを叩き伏せないと獣人族は負けを認めないの」


 「そうなんだ。

  二人のあれはなんだったの?」

 「あれは、夢幻むげんと言って、一部の獣人族だけが使えるスキルよ。

  自身を強化するのと、物理的干渉を一部無視できるらしい」


 「すごい能力だ。

  スリンク王国はよく戦争に勝てたね」

 「それだけやり手だったって事かな」 


 本当によくスリンク王国は勝てたと思う。

 まあ、全員が使える訳ではなさそうだし、実際にテレサが二人相手に圧勝しているのだから、スリンク王国にもテレサの様な実力者が何人かいるのだろう。


 僕はテレサに二人を任せて、奴隷市場へと向かった。

 

 「いらっしゃいませ。

  おや? コゼット様ではありませんか」

 「僕が買った二人と同じ獣人族の奴隷を全て引き取りに来た」


 「畏まりました。

  では、御用意致します」


 奴隷商が獣人達を引き連れてくる……。

 全部で19人か。

 暴れ出したら奴隷商一人じゃ止められないと思うけど、大丈夫なのかな?

 

 奴隷商から奴隷達を引き取り、テレサ達の待つ開拓予定地へと戻る。

 奴隷達はずっと大人しく僕について来てくれた。


 「お待たせ。

  二人の様子は?」

 「二人共魔法で眠らせているからしばらくはぐっすりだ」


 それなら、もう開拓を始めてしまうか。

 奴隷達にそれぞれが最低限生活出来るだけの小屋を作れと命じた。

 木材は近くに森もあるし、仮設するだけだから大丈夫だろう。

 僕は食料なんかの調達で何度も街と開拓地を往復する事になった。


 ついでにちゃんとした住居を立てる為の木材なんかも購入して、先に作らせていた倉庫に全て放り込んでいる。

 あっという間に日は沈み、夜が訪れた。


 僕は獣人達を集め、奴隷達の中で誰がリーダーなのかを決めさせると、満場一致でライズが選ばれた。

 ライズはアイリスとセシリアを買った時に話しかけてきた獣人の男だ。


 「ライズ、アイリスとセシリアを除き、他の奴隷達の管理は全て任せるつもちだけど、問題ない?」

 「ああ、問題ない」


 「一応言っておくけど、二人を人質に取っているつもりはない。

  かといって、君達に反乱されても困る。

  だから、提案なんだけど……最も強い奴隷とテレサで戦って貰えるかな?」

 「わかった。

  強き者に従うは道理。

  戦いは我が引き受けよう」


 開始の合図と共にテレサとライズの一騎打ちが始まる。

 結果はテレサが圧勝した。

 ライズは夢幻むげんも使用したし、獣人族には強き者こそ正義みたいな所があるみたいだから、納得できないまま従っていてもストレスだろうし、これである程度は納得して僕達に従ってくれるだろう。


 そして、今後の事についても話した。

 ここにクランハウスを建てる事やアイリスとセシリアにアイドル活動をやってもらう事。

 僕達の目標がダンジョンの踏破である事などを丁寧に一から説明した。


 「それが貴殿等の目的か」

 「うん、ライズ達はジール獣王国の再建を望んでいたりするのかな?」


 「国王が討たれた今、ジール獣王国の再建は難しいだろう。

  我等の望みであれば……スリンク王国に捕らえられている王妃の奪還」

 「王妃はまだ捉えられているのか……」


 「王妃はまだ戦争に勝つ気でいる。

  スリンク王国の宰相ジャマルさえ亡き者にすれば勝てるのだからな」

 「ジャマルさえ倒せば勝ちなの?」


 「そうだ、奴がいなければ我等が負ける事などなかった。

  と言っても敗北した今の我等に出来る事など無いがな」

 「わかった。

  心配事は少ない方がいい。

  戦ったりはしないけど、王妃の奪還には協力させて貰うよ」


 「それは……有難いが、やめておいた方がいい。

  ジャマルの側近に得体の知れぬ者がいる。

  王がその者を見た時に教えてくれた。

  あれはキシン族なのだと」

 

 キシン族ってテレサが見た神々の闘争の記録で語っていたキシン族の事か。

 確か、一晩で大国を滅ぼしたって言う……。

 

 「わかった。

  それなら、関わらない様にするよ。

  キシン族と敵対はしたくないしね」

 「それでいい」


 とは言ったものの、獣人族の信頼を得る為にも王妃の身柄は引き取りたいな。

 一国の宰相を相手に交渉なんて今の段階では出来ない。

 それなら、交渉が出来る状況を作ればいいだけだ。

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