第27話 少女調査

「調査?」


「ああ」


 ナオミが切り出したのは、オトギがやって来て一か月が経とうという頃だった。


「最近は襲撃も落ち着いているし、オトギのおかげでデイジーの製造時期もわかった。今後の為にも、今の内からデイジーの情報を集めるに越したことはないだろう」


 細くナオミが煙を吐き出す。


「まあ、一理あるな。このままシェルターに引きこもっていても仕方ない。政府もあてにならないしな……」俺は二本目の煙草に火を点けた。「メンバーは?」


「私、デイジー、それにお前だ」


「俺もか」


「ああ。いざという時、男手がないと困る。お前なら遠慮なく何でも頼めるし、妙な気も起こさなそうだからな」


「舐められたもんだな」


「鳴海にそんな度胸ないだろう?」ナオミがクックッと笑う。「デイジーのことは随分気に入っているようだが、そういう目で見ているわけじゃないだろうしな」


「当然だ。まったく……。で? 留守は誰に任せるんだ?」


「氷川に任せるよ。あいつなら安心だろう」


「まあ妥当な所だな。オトギのことは大丈夫なのか?」


「氷川にはもう伝えてある。それに、万が一のことを考えて、オトギにインフラ設備への立ち入りはさせないようシェルターの面々に言い含めた」


「そうか」


「どうだ、付いてきてくれるか」


「どうせ拒否権はないんだろ? 荷物持ちでもなんでも、やってやるよ」


「よくわかってるな。それじゃあ詳細は近いうちに」


「ああ。っとそうだ、場所は? 目途は立ててるんだろ?」


「国立文書館だ。デイジーが正規に作られたものなら、あそこに情報があるはずだからな」


“正規に”という部分に含みを持たせるように言うと、ナオミは去っていった。


「国立文書館か……」


 文書館と銘打たれているものの、国立文書館には様々な情報が集約されている。その中には工業製品に係るものも含まれていた。


 これまで国内で製造されたあらゆる工業製品に関し、製造元や型番、製造年月日、発売日から取り扱い説明書に至るまで、およそ全ての情報をアーカイブしており、ある種、博物館のような様相を呈している。確かに、情報収集にはうってつけの施設だろう。


「だが……」


 一人呟く。デイジー――オトギによればお手伝いロボット――の情報について、俺は耳にした記憶がない。あそこまで高度なロボットが、世間で全く認知されていないということがあるだろうか?


「正規に……か」


 仮にデイジーが非正規に造られたものだとすれば、どういう意図があったのだろうか。ふざけたような能天気さ、時折見せる冷徹な態度……。相反する要素をあの小さな身体に押し込め、何をさせるつもりだったのか……。


「それを調べに行くんだろうな」


 ナオミから、出発日について伝えられたのは、その三日後だった。




 出立の朝。俺たちは駅にいた。


「それでは、行ってくる」と、荷物の最終確認を済ませたナオミが言う。「なるべく早く戻るから」


「ナオミ、先輩、どうか、気を付けて、ください、ね?」


 心配そうに河合が声を掛ける。


「なに、心配ない。頼りになる助っ人も連れて行くしな」


「まっかせて~☆ ナオミンのこと~バッチリまもっちゃうよ☆」


「頼もしいよ、デイジー」


「えへへぇ~☆」


 ナオミに頭を撫でられて、満足気なデイジー。母親にじゃれつく娘のようだ。


「鳴海も気を付けて」


「ああ、氷川。留守は任せた」


 俺も、軽く挨拶を済ませ、荷物を担ぎ直した。各々の背嚢には手回り品や着替えが詰められ、俺だけは追加で食料を初めとした物資を担いでいる。中には防護服も入っていた。目的地は除染済み地域なので本来不要だが、念には念と、きっちり三着分忍ばせてある。


 首都に建てられている国立文書館までは、地下鉄を乗り継いで片道九時間。移動だけでほぼ一日が費やされてしまう。調査の日程は往復の時間を含めて三日間を予定していたが、遅れなども考え、一週間分の準備をしていた。


「お姉さま、長谷川さん、鳴海さん。どうかお気をつけて」


 見送りに付いてきていたオトギが言う。


「……おっ、来たみたいだな」


「よし。では行ってくる。氷川、くれぐれも留守はよろしく」


「うん」


 ブレーキの甲高い音を立ててすべり込んできた地下鉄に、俺たち三人は乗り込む。車内はガラガラで、寂しげだった。


 俺とナオミが車窓から小さく手を振る。デイジーは俺たちの三倍ほどの元気さで手を振っていた。


 ゴトリ、と揺れがあって、地下鉄が走り出す。初めの乗り継ぎまでは二時間ほど。


「寝るか……」


 目を閉じる。長旅だから、休める時に休んでおくべきだろう。


「ナルミン☆ しりとりしよ~☆」


 ……早々に起こされた。


「うるさい」


「えっと~☆ 最初はナルミンから☆ しりとりの、り~☆」


「鱗粉」


「……し、しりとりの、り~☆」


「リボン」


「ナオミ~ン……」


「鳴海、大人気ないぞ」


「じゃあお前が相手してやれ」横で何やら文庫本を読んでいたナオミに促す。「お前の方が俺より頭いいんだから、こういうの得意だろ」


「まったく……よし、デイジー。私とやるか」


「わ~い☆ ナオミン大好き~☆ それじゃあ、しりとりの、り~☆」


「リップ」


 ナオミが即答する。


「ぷ……ぷろぺら☆」


「ラップ」


「ぷ……ぷ……あっ! ぷらすちっく☆」


「クリップ」


「……」


 ナオミが返す度に静かになっていくデイジー。俺はそれをいいことに一眠りする。


 うとうとしている間、「もう“ぷ”はいや~!」と聞こえた気がしたが、整備の行き届いていない地下鉄の、軋みか何かだったのだと思う。お陰で乗り継ぎまでの間、俺は快適な眠りを謳歌できたのだった。

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