第16話 ちっぽけも大義も、全て『願い』だから


「おい!!香崎!!お前まで辛気臭い理想ばっか語りやがって!………またそんなの考えずにお前が生きれる様にする為に、俺がお前をぶちのめす!!」


背中にごつごつした袋を背負った建仁が、瀕死の重奏とそれを踏みつける幻崎の前に立つ。


「………お前が私を変えられるとでも?笑止。それこそ理想ではなくただの『夢』だ。」

「夢を抱いて何が悪いんだよ!…それに俺の仲間に何しやがる!」


その直後、幻崎は重奏から足をどけて数メートル先の棚まで蹴り飛ばし、まるで建仁の攻撃を受け入れるように両手を広げる。


「あ!?」

「見ての通りだ。お前の拳が私の信念を砕く事は無いからな。」

「なめんな!!!」


建仁は袋を翻し、中に入っていた拾い石を幻崎に向かってぶちまける。

その石の大半は幻崎に届かず影の上に落ちたが、数個の石は速度を減衰させず幻崎に向かう。


「チッ……厄介だな」

幻崎の魔法はあくまでも魂、それに準する魔法の類を抑制する能力。

いかに影を出しても、防ぐことは出来ない。


「…痛いな」

「今!!」


影を使わず、魔力を纏って防御した幻崎相手に、俺は影の上に撒いてある石を踏み付け、影を回避し一気に加速する。

最初の想定とはだいぶ違う。幻崎以外誰も見えないし、概念浸食も未だ張られている。

だが。

それが踏み込まずに尻尾巻く理由なんかになるか!


建仁は最高速度で踏み切り、自身の周りを『鎮魂』の影で覆いつくした幻崎相手に拳を殴りつける。

だが。

手から血が出るほど強く打ち付けたそれは、影をパラパラと崩して止まってしまう。


「さて…愚かな行動のツケを払う準備はできたか?」

「…クソぉ!くそぉ!」

突きだした両手はやすやすと抑えられ、幻崎の足元には黒い影がうようよとうねる。

影は束となり形となり、建仁を縛り付けて浮かせる。


「足が…魔力が………練れねぇ…!」

「………やめるん……カハッ………だぁ…」

「結局のところ…無駄だったんだよ。全部。 私が平和をもたらすと確約しよう。…だから、もう、……寝ろ。 《別離べつり魂身ごんしん》。」


「ブッ………………ッ」

黒い影が飲みに来る。

抵抗も碌に出来ない俺は、ただ黒い影にのまれ、自分の輪郭も見失っていく。

ぷかぷかと、ふわふわと、殻から溶けていく………………





「香崎くん………いや幻崎!なんで……何で!」

「しゃべるなよ重奏。もう死に体の貴様に構う時間は無い。」


幻崎は重奏から目をそらし、『鎮魂』により魂をから、携帯電話を取り出して佐久務に電話を掛ける。



「お…すまん香崎!まだ幻崎が見つかってないが、今直ぐやるぞ!」

「オッケー。こっちも万全だよ。」

掌の魔道具を手汗が出る程握りしめ、テレポートが行われるその刹那、



『待って!!』

やりきれずに建仁の後を付けた新島が、静止の言葉と共に『概念浸食』の範囲内に立つ。



「《影縛》、《陰引縛いんばく》………こくど

「響いて…《落ち―――グウッッ!」


影が光を飲むように、幻崎の放った影が反射的に新島を襲う。

しかし、咄嗟に幻崎を落下させたことで、概念浸食含め全ての影が無に帰した。


「………バレてたか」

「ハァ……ハァ…やると思わなかったよ。まさか、君が魔力放出で浮いてるなんてね。」


そう。幻崎が概念浸食内にいながら魔法を使用できた矛盾は、自身を魔力の放出により浮遊させたことが理由だった。

要はゲーセンのホッケーと思えばよいだろう。

だが、それには莫大なエネルギー魔力の消費が要る。

即ち、



「ハァ……少々遊びすぎたな……さっさと殺しておけば良かった」

「………?香崎?、おーい!香崎ぃ?もしもーし!」


ポーカーフェイスが疲労と焦燥で剝がれ落ち魔力が尽きかけた幻崎に対して、魔力自体は十二分にあり、数的優位をとるものの何時尽きてもおかしくない体力の2名。



……いや、3名。

「おい、佐久務……幻崎は俺が殴る。だからお前は…!」

「………建仁…?どういう事?」


最早『剝がれ落ちている』という言葉でしか形容しがたいほどに、建仁の体はズタボロで、ピンクの鮮血に染まる。

それが幸いしてなのか、ショックによる気絶を通り越して痛覚そのものがマヒした建仁には、体力的にはベストコンディションといっても差支えがない。

その集中状態から、スマホで片手が塞がった幻崎に向かい、地面が縮むように―――所謂『縮地』で、彼の読みを遥かに超える速度で詰める。


「………………」

「香崎…香崎?」


何度目か。

もう見飽きた突進に対して、片手を突き出して拳を受け止めようとする。

これを防いで、《黒独》で反発させれば今度こそあいつは死ぬ。



「佐久務ぅ!!幻崎は俺がやる!だから!お前は!とっとと電話!切りやがれぇぇ!!!」

「……………………信じるさ」


愚直に、ただまっすぐに、その手のひらに向けて拳をふるう。

それは確かに、先程通りぴたりと止まる。

だが。


「………まさか…有り得ん…!此の土壇場で!」

「いつだってなぁ、チャンスはチャンス、ピンチはチャンス、なんだよぉ!!」


バキッ、と、幻崎の右腕に激しい衝撃が走る。

力一杯振りぬいた建仁の拳には―――――拳を模った魔法紋章が、淡く光っていた。


「ッ………!」


けい

発勁、寸勁(ワンインチパンチ)のエネルギーにして、ただ無軌道に振るう力とは違い、清水の様にさわやかに、空気の様に過ぎてゆくも、ただ鋭く、真っ直ぐに貫く力であり、僅か一撃をもって表面を打ち、内部へと波打つ『』。


矢の様に貫く一撃は、幻崎の右腕を破壊しても尚、内部に伝播する。

大粒の汗を垂れ流しながらその痛みを振り切り、影を纏いて振るう左手も、建仁の拳との衝突したのちに影ごと筋線維がズタズタに破裂し、大きく後ろに仰け反る。




「俺はお前の歩んできた道は知らねぇ。 だけどな…魔導課にいる以上!


―――魂徳。お前が何かしでかしたら、まず真っ先に親が謝らなきゃいけねぇ。

それが、親のやるべき一つの義務だ。


どうして、

どうして。

どうして皆は他人の罪を背負おうとしているのだ?

悪法に背くだけならば良い。だが、どうして悪人の定義に当てはまる人間でも救おうとしているのか。


大義改革の犠牲となる人間は数多要るが、裁かれる人間は私一人でいい。

とした人間は私一人で消えていけばよかった筈だ。


―――「私は幻崎さんの翼となります。だから…一人で悩まないでください。」


それなのに、地獄と知ってかかって私の救世を共に歩もうとする奴らもいた。

可哀想だった。私のエゴを起源とした救世に、支配という形で入れば罪を被らずに済むというのに、態々仲間という道を選んで添い遂げようとするのだから。


 …と言うよりも。

 ただ重荷を他人に背負わせたくなかっただけなのかもしれない。




「ハッッッッ!!!」


 幻崎の動きが緩んだことを察知した建仁が、両足を跳ね上げて幻崎の胴に蹴りをぶち込む。

 その一撃に対し、ガードの一つも取ることの出来なかった幻崎は、廊下の掲示板に張り付けてある紙や観賞植物をなぎ倒しながら派手に転がってゆく。


 目を虚ろにしながら、それでもまだ幻崎は喀血かっけつしながらも立ち上がる。

 その身を支えていたのはただ一つ、大を救うために行動してきたこれまでの人生という重みだった。



――― 「山崎さん。貴方が行う『創神計画』、時間コストが掛かりすぎるのでは?」

――― 「…貴様には何もわかるまい。ただの兵器ではないと」


 

―――「木更道!私が安寧と幸福のために考案したを何故兵士の強化に使う!? リスクを知っているのか?」

――― 「あんたは何もわかってないね。少数の人間しか手に入らないアイテム兵器と用品があるなら、先ずは上の立場の人間が使うべきだ。そもそも大義、大義を売り文句にしている君が、綺麗事ばっかりでいいのかしら? 邪悪な少数を消して平和をもたらすのと同じ、少を消して大局を掴み取ることくらいしてみたらどう?」






「……微温湯ぬるまゆに浸かる貴様らに、この世界の歪みの何が分かる! 綺麗事など貫く以前に語る資格も無い!!」


幻崎が吠え、拳を強く握る。

地面を這う影は彼の怒りに呼応するように強く波打ち、力強く辺りをする。


眼前には3人。 否、こちらに来れるのは一人。

この間合いさえ保ち、建仁さえ倒せば勝利は確実。

これ以上は求めない。佐久務等は後でよい。

この一局にて、


証明する。―――



「終わりだ…甘さの所為で人が死ぬ世の中も!」

「うるせぇ!厳しさで人は!」


瞬間、建仁がカーペットを削る勢いでスタートを切る。

搦め手など一切ない、強く握った拳一つで。


構える幻崎は、これから起きる可能性と対策を反芻しながら、あのキューブを構える。


警戒すべきは重奏。概念浸食はもう二度も通用しない。今この位置も奴の射程圏内の可能性もありうる。

かと言って影で防壁を作るならば容易く建仁に詰められ、その勁で粉砕されるのは目に見える。


ならば答えはただ一つ。

圧倒的物量で押しつぶすのみ。


黒辺幻影手こへんげんえいしゅ!!」


辺りを侵食させていた影は次第に円形に固まってゆき、穴と見間違えるほどにどす黒い影からは同じく黒い触手が生える。

うねる影を7本、幻崎は自身の周りに漂わせ、息を整えて再度建仁を見据える。



「ハッ!」

「くっ…!」


徑の応用で地面を蹴り上げながら距離を詰める建仁に、触手を一本伸ばす。それは簡単に発勁により砕かれるも、この瞬間「鎮魂」を受けた建仁は力が抜け、ガタッと前のめりになり、足が宙に浮く。


「終わりだ。ゆけ!」

「甘え!『太極』!」


体が地面に触れる瞬間、その斜めの体勢を建仁は爪先で支え、そこから徑を発して跳ね飛び上がることで、追撃の影を2本とも外す。

だが、


「甘いのは貴様だ!後ろを見ろ!」

「………………あれは!」



地面を這い、建仁をすり抜け後ろへ伸びる2対の影が狙う矛先、そう背後の重奏と新島へと、加速を重ねながら襲う。


「重奏さん!?」

「いいから行ってぇぇ!!!」


木霊する絶叫、そして重奏が限界まで残った最後の一搾りを、ここで切る―――




「ッ………直ぐに…重なれ!!」


そう重奏が「響音奏きょうねそう」を使用した途端、影は2対とも重なり合い、互いの「鎮魂」により消えてなくなる。



「ッ…ここまでとは!…ええい!」

「げん………香崎ぃ!!!!!!」


完全な判断ミスだった。

幻崎の眼前にはどくどくと小川の様に鮮血を流す建仁が、右の拳を血が出る程固く、強く握り、振りかぶる体制へと。


幻崎が取った手段―――三本の触手を全て防御へと回し、最後の一本で建仁へととどめを刺す。


もう誰にも次へつなぐ余裕などない。此の攻勢を制したものが、命からがら戦場から生き延びるのみ。

―――ならばこの戦い、『信じたほうが勝つ』!




「徑ッッッ!!!」

守黒不退転しゅこくふたいてんッ!」


建仁の拳は、確かに幻崎が張り巡らせた防壁を完全に砕いた。

でも、それでお終い。力は失われ、隙をさらす。

瞬間、幻崎が最後に残していた一本の触手が、建仁の腕に巻き付いて足を地から離し、露わになった幻崎の眼前へと連れ出す。




「ガァ………かざ、きぃ…」

「さようならだ、今度こそ……貴様らの所為で佐久務捕縛は次の機会、だろう。――――――望みすぎたのだ、貴様らは………もう休め。 『黒独』」


抑え込められた影の拡張。

それはズタボロで、もう耐えれるわけがないの建仁の全身を打った。






「即座に………止まれぇ!!!グァグ…オえっ…」


限界を超え、極限へと―――血を吐き散らしながら、這い蹲って無様にも、重奏が枯れた声で絶叫し、を縫いとどめる。



「イカれて…まさかっ―――建仁!?」

「オオアアアアアアア、オアアアアァァァっ!!!!」


衝撃を和らげることすらできず、全身で反発力を受けたその体。

無事な骨など一目見てないと判断できる。内臓なんて数多傷つき、致命の域まで達しているだろう。


それでも、彼はを支えにした体で、極限を振り絞り、思いを―――





「お前もただ笑って、俺たちと一緒に暮らす、それ、だけ考えろぉぉぉぉぉォォ!!!!!」

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長い夜は明日への希望  ~己が明日は神か、人か。兵器か、兵士か~ マーまーまき @marumasa0940

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