第34話 イカロスの探求者

 ルフの迷いがなくなってから数日。いつもの賑やかな雰囲気が取り戻され始めた。いつまでも続くと思っていた旅にも、終着点が見え始めた。


「ねぇ、あれなんか空まで続いているよ」


 ローが指さしたのは透明で見えにくいが、星の輝きで僅かに見える糸みたいなものが宙に真っすぐ続いていた。恐らくあれがエレベーターと言われたものなのだろうと五人は確信する。この旅の結末は死かもしれないけど、後悔はない。全員が感じていた。


「ねぇ、なんか人らしき影があるわ」


 ベルがいうと確かに誰かがいる。なにもない辺境な土地に人がいるとは考え得にくかった。近づくにつれてソレの正体が分かっていく。


「こんにちはマニュス共。我は機械の王レグルスである」


 鉄の玉座らしきものに座っているのは、二メートル近くはある青紫色の白いマントを、はためかせた鉄の悪魔であった。堂々たる姿は王に相応しい風格を出しているが、こちらに好意的ではないというのは本能的に察していた。


「貴様等のような存在が来るのは十年ぶりだ。前は一人で来た愚かな男を追い払ってやったのだがな。あの男を始末する際にいたマニュス共だな」


 ゆっくりとレグルスは腰を上げる。それに対してルフ達は戦闘態勢に入ろうとする。その様子を見てレグルスは、わざとらしくため息を着くような仕草をした。


「我に抗う気かマニュス共。貴様等に生きる価値などない存在だというのに」


「生きるかどうかは、あんたが決めることじゃない」


「そうね。アンタを倒して太陽を見に行かなきゃなんだから」


「あんまり命をお粗末にする存在はタイプじゃないのよ」


 ルフ、ベル、ソフィアはそれぞれの思いを言葉にする。アランは無言だが、武器を掴む手に力が籠る。ローは静かにモイラを使い、レグルスの弱点を見抜けば皆に聞こえるように声を張り上げる。


「胸の中にある赤いコアが弱点だよ!」


「ほう、そこのマニュスの力は弱点を見抜くものか。だが、それがどうした。出来なければ意味がないだろう」


 レグルスが指をルフ達に向けると、レグルスの背後からミサイルが飛んでくる。見たことのない武器に五人は息を飲んだが、ルフが息を止めたことにより、ミサイルが止まったことを確認すると、ベルは火の矢を十本用意すると的確にミサイルを撃ち落としていく。


「ほう、動きを止めるのと火の矢を放つのもあるのか。まあまあな成果だな」


 レグルスにとっては挨拶代わりだったのか、狼狽える様子もない。一番槍を掻っ攫うかのように、アランはレグルスの方へと駈け出せば、胸部に向かって重い一突きを繰り出す。


「なっ!」


 しかし、それは見えない壁でもあるかのように僅か一ミリ届くことはなかった。驚いているアランに対して、レグルスは鉄の右足で横腹を蹴れば、嫌な音が響き渡る。吐血をし、飛ばされたアランは地面に這い蹲っていた。


「我は主様から作られた至高なる存在。貴様等よりも我々機械が繁栄すべきなのだ。にも関わらず貴様等は図太く生きようとする。部下共に抹殺するように命令を下しても中々全滅しない。本当にろくでもないものだ」


 そう言いまたもやミサイルの雨が降ってくる。ルフは動きを止めて、ベルが撃ち落としている間に、ソフィアはアランの元へと駆け寄り、応急処置をする。ローはモイラを使い、何故アランの攻撃が効かなかったのか。他にも弱点はないのかと探っていくと、もう一つの弱点を見つけた。


「背中の青い球がプラズマってのを貼ってバリアを貼っているみたい!」


「……あのガキ邪魔だな」


 ローの言葉に邪魔だと判断をしたレグルスはローの所まで一気に近づき、鉄の拳を降り下ろそうとする。それを見たルフは息を止めてローに向かおうとするレグルスを、止めようとする。酸素が足りない。止められる時間は、十秒も持たない。ローは緊張と恐怖で身体を震わせて、動けずにいる。早く動いてくれと薄れていく酸素と意識の中で願っていた。


 残り一秒。もうだめかと思ったとき、動く影があった。赤い線が視界を横切る。ベルだ。ベルは背中の青い球を破壊した後に、ローを抱きかかえて走る。ベルも緊張感からか、息が上がっている。アランもソフィアの治療で動けるようになったのかふらつきながら、槍を杖代わりにして立ち上がる。


 ベルが青い球を破壊したことにより、見えない壁は消え失せた。後は、鉄の中にある赤いコアを破壊するだけだ。


 レグルスは内心焦っていた。今までならば、既に殺せているはずなんだ。なのに、死ななければ諦めない。こんなマニュス族は十年前以来だ。あの男もしぶとかったが、最後は逃げていった。だが、こんなにも追い詰められたことはない。感じたことのない黒くドロリとした液体が、内部で溢れていく。それが恐怖だということをレグルスは知らなかった。


その頃、ベルは自分の命が尽きようとしていることに気付いていた。今にも消えそうな灯にローも気付いているようで、心配そうに見ている。

 ベルはローに笑みを浮かべながら安心させようとする。きっと、自分が太陽を見ることはない。近づいてくる死に頬に冷や汗が伝う。そっと祈るように目を瞑った後、開くと目は輝きを増していた。


「アンタ達! 絶対生きないと許さないんだから!」


 ベルの言葉を正しく理解できたのは、ソフィアだけであった。止めにかかろうとする前に、ベルは最後の矢をレグニスに放つ。弧を描き燃え盛る矢は硬い鋼鉄すら砕け溶かし、露出するは赤いコア。それを見た途端ルフは駆けて行く。ルフを払い除ける為に振りかざした左拳は宙で止まる。よく見ると透明の糸が絡まっている。


「せっかくのチャンス逃すと思っているの!」


 ソフィアは血を滲ませながら、必死に止めていた。ならばと右手で殴ろうとすると黄色の刃が切り裂き、腕は宙に浮かぶ。


「やれ! ルフ!」


 アランの呼びかけに答えるよう右手に握り締めるは紫の柄、父の形見のナイフ。振りかざす。ガラスが割れる音が響き渡る。


「ば、ばかな」


 赤い欠片がキラキラと儚く降り注ぐ。レグニスの目が点滅をしていき、最終的には黒に染まる。力なく地面に横たわった鉄の悪魔をルフは静かに見ていた。

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