第3話 イグニスの邂逅

「皆の者よく無事に帰ってきた。わしゃは鼻が高いわい」


 村に帰ると村長が入り口に立っていた。男達が無事に帰って来たことを喜ぶ女子供達。顔が暗いルフだけが場違いであった。


 祭壇の中に皆が狩った獣達を入れていく。人々が祈る中で高貴とされる赤い服を纏ったベルが弓を引くポーズを取ると、炎の矢が五本宙に浮かび放たれる。弧を描き祭壇の中にある獣達に当たると赤く燃え上がる。


「これよりインノ祭を開催する!」


 その掛け声に村はヒートアップしていき、皆が踊ったり食べたり仲がいい者同士話したり自由にしていた。ルフは賑やかな場所とはほど遠い獣の皮で出来たテントの裏で、最低限の食料を鉄の皿に盛り先ほどのことを静かに考えていた。どうやらあの男は村の外れにいるらしい。会いにいこうと思えば行ける距離だが会いにあっていいのだろうか。そのことばかり考えてしまう。


「ルーフ。なにしているのよ。せっかくの祭りだというのに」


 影の中にいるルフを見つけたベルは、大役を終えたこともあり嬉しそうな笑みを浮かべながら近づいていく。


「ベル、仕事お疲れ様」


「本当よ! 村長の娘だからってモイラを使って火を灯すって、こちらの苦労とか考えてないわよね」


「ベルは火を扱うモイラってこともあってイグニス神に近いと言われているじゃないか。村長も鼻が高いんだよ」


「ふん、窮屈で仕方がないわ。そんなことよりなんで暗い顔をしてたのよ」


 ルフの隣に座るベルは唇を尖らせて不満をこぼす。幼馴染ということもあり、暗い顔を見逃さなかったのだろう。本当なら、祭りを楽しみたい気持ちを押し殺してきてくれたのだろう。チラチラと皆の方を見ている様子にルフは苦笑いをした。


「いやな、実はケラー教の男に助けられた。名前は知らないけど仲良くなりたい気持ちがある。会いに行ける距離だけど、行っていいのかなって」


「なら、簡単よ。会いに行けばいいじゃない。ケラー教だのイグニス教だの考えてるからめんどくさくなるんでしょ。個人として考えたらいいの。まぁ、村の皆には言わない方がいいわね。うるさくなる」


 ルフは驚いた顔を隠さずにいると、悪戯っぽくベルは笑った。村の大人達のようにケラー教だからと差別する可能性があるとルフは半分思っていた。だが、半分は幼馴染だから分かってもらえるかもしれないと期待をしていたのだ。予想が的中して嬉しさ半分驚き半分といったルフは晴れ渡ったように笑みを浮かべる。


「そうだな。ケラー教とか、イグニス教とか関係ないよな。よし、決めた! 明日でも会いに行くよありがとうベル」


「どういたしまして。ほら、今日は祭りを楽しみましょう。カンパーイ!」


 鉄で出来たコップを重ねると硬く澄んだ音が響き渡る。炎が燃え尽きるまで人々は夜を共にした。

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