第2話 イグニスの邂逅

「と言ってもなー。トビー見つけるのも大変なんだよな」


 見渡す限り草木の生えない地面と岩ばかりで鋭く冷たい空気が肌を痛めてくる。耳まで守ることができる灰色の防寒帽に青と白のマフラー、青の手袋に白い毛皮のコートに青色のワイドテーパーパンツと重装備をしている辺り、この世界の厳しさを物語っていることだろう。焦げ茶のショートブーツを踏み鳴らしながら周りを見渡していると、耳が大きくこじんまりとした獣を発見した。


「トビーだ!」


 腰につけていた紫色の刃がついた短剣を右手に取ると、ゆっくりとした動きで近づいてく。しかし、後もう少しでトビーが気づきそうになったことに、ルフが気が付くと呼吸を止める。


 すると、トビーがいきなり動くのを止めた。その隙に紫色の刃が急所へと突き刺すとトビー は小さな悲鳴をあげて絶命をしてしまった。


「ぷっはっ、モイラを使うのはしんどいな」


 ルフは呼吸を整えるとトビーを手に取ると、先ほどまで暖かかったのにもう冷たくなっているのを感じると白いため息を漏らす。これで村に帰っても怒れることはないだろう。早く帰ろうと歩き出そうとすると背後に黒く大きな影が落ちた。背筋が凍る感覚に陥ったルフは咄嗟に前に出ていく。ルフがいたところには鉄の爪により、地面が深く抉られており当たっていれば肉片が飛び散っていたことだろう。


 青ざめるルフは正体を知るためにゆっくり顔をあげるとそれは四足歩行であり、蜘蛛のような姿をした鉄の塊であった。


「て、鉄の悪魔」


 震える声で絞りだした声はあまりにも情けないものだった。本来ならば現れるはずのない存在に動揺を隠せない。座り込んでいるルフに鉄の悪魔は容赦なく二撃目を放とうとする。目にも止まらぬ速さに息が止まると何かの壁に当たったように鉄の悪魔は動きを止める。その間にルフは震える身体に鞭を打ちながら動こうと試みるが力が入らない。呼吸も苦しくなり、もう駄目だと走馬灯が頭に過ぎっていると、一閃の稲妻のような存在が岩の上から降り立つ。


 鉄の悪魔は火花を散らし、赤い光を放っていた目は曇っていき、動かなくなってしまった。


 ルフは目の前に降り立った存在を口を開けて見ていた。その存在は男だった。ルフよりも背が高く全身が禁忌とされる黒を纏っており、鋭い紫色の瞳はルフを捉えていた。鉄の悪魔の上に立つ姿はルフとの差を現しているようであった。


「コレが動きを止めたのはオマエの力か」


 低く力強い声がルフの鼓膜を震わせる。ルフへの問いだと脳が気付くまでに数秒かかったのちに立ち上がる。


「あ、ありがとう! 確かに俺のモイラだけど、どうしようもなくて助かった! あんたなんて言うんだ? 俺はナチャーラ村のルフって言うんだ」


 ルフは自分のヒーローに近い存在に目を輝かせて見ていた。そんなルフに対して男は冷めたような態度で頭に突き刺さった二又の槍を引っこ抜く。


「そうか。狩る手間が省けた。先に言っておくがオレはオマエを助けた訳じゃない。だから礼はいらない。名前も言わない」


「そうだとしても俺は助かった! だからありがとうなんだ。なんで名前言わないんだ?」


 鉄の悪魔の頭部分を解体していく男は赤いコアを取り出すと懐へとしまうと小さなため息を吐く。


「オマエがイグニス教だからだ。オレはケラー教。本来関わらないようにしているだろう」


「でも、あんたは見殺しにも出来ただろう? 俺が関わりたいから関わる。それはダメなことじゃないだろ」


 ルフの言葉に対して言い返すことが出来ないのか口を閉ざした男は何かに気づいたように岩陰へと向かってく。


「あっ!」


 引き留めようとするルフに見向きもしなかったが、その理由がすぐに分かった。ルフに近づいた村の男達は駆け足で近づいてく。


「ルフ! 大丈夫だったか? これは鉄の悪魔じゃないか! お前がやったのか?」


「違うよ。ケラー教の人に助けられたんだ。俺一人だったら死んでたよ」


「ケラー教だぁ? 変わり者の奴が助けたとかあり得るのか」


「そういえば村の外れに黒を纏った男がいたような。まさかな!」


「ルフの無事を確認したし帰るか」


 異教徒であるケラー教にいい思いはないのか村の男達は信じられないと口にしながらも、大型の獣や鉄の悪魔が来る前に村に帰る為に進んでいく。その様子にもやつくルフは固く口を閉ざしながら下を向いてついていった。

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