18 大地崩壊の種







 ◇◇◇


 魔界を出て数秒もたたぬうちに、ディドウィルは意識を取り戻した。


「【夜蠍の毒牙】!!」

「〖 紅蓮・炎舞龍ルブル・フラメ・ドラコ 〗!!」

「【邪龍の楯甲】!!」

「〖 恩寵の雷撃ミゼリコ・フルメン 〗!!」


 地上では、逃げるディドウィルと、追いかける女神たちの空中戦が巻き起こっていた。

 ディドウィルは移動をしながら魔族を呼び集め、空中は混戦状態となっていた。


「防戦一方だが、どこかに向かっているのか……!?」


 土星の女神サトゥリーナが独り言ちた、そのとき。


 突如として、濃紺の空にオーロラがあらわれた。

 つづけてひかりの雨が降り注ぎ、地上はさながら白夜のような明るさとなる。


「メアリの恋が叶ったのね~っ!」


 海王星の女神  ネレイヤ  が叫ぶ。

 地上と空の奇跡は、女神の恋の成就のあかしだった。


 そのひかりは、水星の大地メルクリウス・ノア全土に降った。

 弱い魔族は、昏睡した。傷ついたひとびとを癒し、瘴気を払った。


「クソッ……!!」


 ディドウィルは苛立ちながらも、まだ諦めてはいなかった。

 もう一度魔界へ引きずり込むことさえ、できれば。


 やがてディドウィルは、目的の場所に辿り着いた。

 そこは、コーザが住む村の裏山だった。


「なんっだありゃ……!!」


 火星の女神 マルティナ は、思わず声を上げた。


 地上に、そびえ立つもの。

 天に届かんばかりの、巨大な、巨大な樹。

 そう。それこそが、ディドウィルが言っただった。


「【魔界樹まかいじゅ】ね……」

「大地の生命が……吸いとられてるの」


 金星の女神  ヴィオラ  木星の女神  ユピ  は口々に言い、青褪めた。


 【魔界樹】。

 精気を糧とする、大樹。

 その根は地上に在る生命を、吸収する。


 まだ大陸がひとつだった頃、大魔神が世界の破滅のために植えたとされる樹。

 当時存在した天界の神々が総出となり、その樹を破壊した。

 そのときの衝撃で、大陸が7つに分かれたと言われている。


 ディドウィルは、いつか水星の大地メルクリウス・ノアを破壊する日のために、この魔界樹の種を長年大切に育ててきた。

 そして昨夕、コーザの村に攻め込む前に、地上に種を植えておいたのだ。


「姉さんたち!」

「メアリ!」

「あれは……!!」


 水華竜メルクリウス・ドラゴンに乗ったメアリとコーザも、姉たちと合流し、その巨大な樹を目の当たりにした。


「コーザさん、どうか、安全なところにいてください!」

「わ、わかった」


 メアリは急いで、竜の背から降りる。コーザは竜に跨ったまま、魔界樹の影響の及ばない場所まで離れた。


 魔界樹はすでに大地に根を張り、枝葉を拡げている。

 その上空には虚ろな闇が浮かび、巨大な幹から拡がる枝葉も傘となり、そこだけぽっかりと夜が落ちているかのようだった。


「来たかァ、メアリ! どうだ、オレのサイコー傑作は?!」

「いい加減にしてっ! こんなことをしたら、大地がおかしくなる!!」

「ギャハハッ、世界ぶっ壊すためにやってンだから、当然だろーがァ!」


 ディドウィルは、パチンとひとつ指を鳴らした。

 地上から巻き上がる塵旋風が、上方の枝葉を弾きとばす。


「ウワァッ! 上からなんか落ちてきた!」

「樹液だ! 触れた部分の結界が破られている、一旦離れよう!!」


 【破界の樹液】。

 触れると結界を突き破る、樹液。折れた枝の先から、しずくのように垂れ落ちてくる。


 天王星の女神  ウラノ  土星の女神サトゥリーナが叫び、女神たちはその場を離れるべく飛んだ。

 しかし、樹の幹から離れても離れても、上から垂れ落ちる樹液からは逃れられない。


「あの樹ヤバくない!? どんどんおっきくなってんだけどッ?!」

「姉さんたち、この下に入って!!」


 天王星の女神  ウラノ  の言うとおり、樹はとてつもない速度で成長し、その枝葉がつくる影がどんどん広がってゆく。

 メアリが水で大きな屋根をつくり、他の女神もその下へ逃げこんだ。


「オラァ、見てろよ、女神どもっ!!!」


 ディドウィルは魔界樹の硬いつるをつかむ。


 するとディドウィルは、その蔓のさきを自分の腹に突き刺した。


「ゲェ……あいつ、何してんだ……?!」


 火星の女神マルティナが、悲鳴にちかい声をあげる。


「ウグ、ゥガ、アガァ……ッッ!!」


 ディドウィルの腹に突き刺さった蔓は、しなりながらディドウィルの身体全体を覆った。


 どくどくと波打つ蔓。

 なにかを注ぎ込まれているかのように、なんと、ディドウィルの身体が徐々に大きくなってゆく。


「…………」


 女神たちは、ことばをうしなっていた。

 巨大化するディドウィルの躰は、瞬く間に山の高さをこえ、魔界樹と同じくらいの大きさにまでなった。


「マズいわね……援軍を呼ぶわ!!」


 ヴィオラは、首にさげていた角笛をピュイィ、と吹き鳴らした。

 数秒もたたぬうちに、6人の男神が天界から降りてくる。メアリの姉たちの夫だった。


「やっと呼んだな!」

「俺たちも援護する!!」


 その後も神々が続々と、地上へと降り立った。


 生き残った上位魔族の攻撃をふせぎながら、魔界樹の上から祈りを捧げる。

 そのおかげで、魔界樹の巨大化は一旦おさまった。


「ゲハハッ、神ども、来たなァ、集まったなァア!! 【神滅の追肥】ッ!!」


 しかしそれも束の間、巨大化したディドウィルはパチンと指を鳴らした。

 ふたたび旋風がおこり、真っ黒な液体が魔界樹に降り注ぐ。


 瞬間、魔界樹の蔓が鞭のようにしなった。


「きゃあっ!!」

「これは……?!」


 メアリも他の神々も瞬時にその蔓を避けたが、避けたその先でまた蔓に襲われる。


「どうだァア? 俺の魔界樹は!!

 この蔓は!! イヤならさっさと、天界に帰るこったなァ!!」


 結界を張っても樹液によって溶かされる。攻撃を仕掛けてもその後ろから蔓に襲われる。どれほど距離をとっても、蔓は永久に追ってくる。祈りを解けば、また幹の巨大化が進む。


「ハッハッハッ、お前らハエみてぇにブンブン飛んで、だっせぇなァ?!」


 ディドウィルは、地の底に響くほどの大声で笑った。

 蔓の勢いに押され、手練である神々ですら体勢を立て直す暇を与えられず、逃げまどうばかりだった。


「キャアァッ!!」

「ヴィオラ姉さん!!!」


 メアリの後方で、ヴィオラが悲鳴をあげた。その身体が、蔓に捕らえられている。

 その一瞬のメアリの油断を、ディドウィルは見逃さなかった。


「ハイ、つーかまーえたー!」

「うぐっ……!!」


 メアリは、巨大化したディドウィルの手中に捕らえられた。

 絞めつけられ、メアリの口から呻きが漏れる。


「ハエどもはほっといて、魔界に戻るか。なァ、メアリ?」

「ぐ、ぁ……!」

「まだ間に合う。オレたちもう一回、やり直そうぜ」


 ディドウィルは反対の手でメアリに襲いかかる蔓を払いながら、その大きな口を開けにやりと笑った。

 その、次の瞬間。


「メアリから、離れろぉ―――っっ!!!!」


 巨大な影が飛び込んできたかと思うと、閃光が走った。


 コーザが水華竜メルクリウス・ドラゴンから飛び降りながら、月姫から預かった神剣を振り下ろしたのだ。


 剣はディドウィルの前腕のすじを断ち斬った。


「ぁゔ、おマ、人間……!!」


 ディドウィルは言葉にならない言葉を呻く。その手から、メアリが滑り落ちる。


 竜はすぐさま急旋回し、コーザとメアリを背で受け止めた。


「コーザさん、ありがとう!」

「おうっ」


 コーザはメアリをがっちりと腕に抱き、メアリに迫ってくる蔓を神剣で切り落としてゆく。


「あァアアア、お前、マダ、殺しテなかっタなァアアアア?!?!?!」


 ディドウィルの叫び声で、大地が揺れる。


 ディドウィルはその手を振り上げ、竜ともどもふたりを叩き落とさんとした。

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