13 この世界を壊したのは







 メアリとコーザはいきおいよく飛翔し、十数秒のうちに村にたどり着いた。


 目の当たりにした村の惨状に、コーザはショックを受け、言葉をうしなった。


「なんで、こんな……!!」


 家屋や畑には火が放たれ、ひとびとは大型魔獣の攻撃から逃げまどっている。

 収穫まぎわだった麦畑は魔族に踏み荒らされ、大切に育てた家畜たちも無残に傷つけられていた。


「そっちは道がふさがれてるわ! 逃げるなら川下に向かって……」

輝夜かぐやさん!」


 輝夜かぐやは避難を誘導しながら、ひとびとを救うべく加護を与えていた。

 メアリが駆け寄ると、輝夜は震え声で言う。


「魔族がっ、魔族が急に襲ってきて、村がめちゃくちゃにされて……!!」

「わかった。輝夜さんも、怪我をしてるわ」


 息を切らしながら言う輝夜のうでに、メアリはそっと手をあてた。

 やわく白いひかりが輝き、輝夜のうでの擦り傷を癒した。


(かすかだけど、ディドウィルの気配を感じる)


 治癒をしながら、メアリは周囲の気配をたどる。

 単体の、強い魔力は感じない。つまり、敵の本隊ディドウィルはここにはいない。


(こんなことをするなんて、絶対に、絶対にゆるさない……!!)


 怒りで溢れるこころを抑え、メアリは輝夜の手をとった。


「輝夜さん、村を護ってくれてありがとう。あなたはコーザさんを連れて避難して」

「なっ! メアリは……」


 コーザの言葉を遮るように、メアリはかぶりを振った。


「わたしはやることがある。きっと、わたしにしかできないこと」


 コーザにそう言って、メアリは宙に浮かんだ。


「メアリ!!」


 メアリは振り返ることなく、空気をきって飛んだ。








 森を見下ろせるほど高く飛翔すると、空中から村の状況を確かめる。


 ディドウィルの気配は、うっすらとしか感じない。

 正確な居どころが判別できないのは、術を使って身を隠しているからだろう。


(それに、わたしの神力がまだ十分じゃないんだ。

 でもいまなら……できることはある)


 愛するひとの―――コーザの、想い。

 まっすぐで誠実な想いは、メアリのこころにたしかに届いていた。


 からだの芯に、熱をかんじる。

 その熱こそが、メアリの強さの根源となる。


 メアリは宙に浮いたまま掌をあわせ、指を組んだ。

 その手にひたいを寄せ、祈りの姿勢をとる。


(まずはこの村の瘴気を払う。できることなら、傷ついたものの治癒も)


 メアリのからだが、白藍色のひかりに包まれた。

 ひかる蝶がメアリを取り囲むように、風を纏って羽ばたく。


 メアリは薄桃色のくちびるを動かし、鈴の音のごとくさやかにうたいはじめた。


「―――果てなき宙、銀色の渦。小さき円環の蒼き星にて、願う―――」


 みずみずしい旋律にのせ謡うのは、宙と地上をむすぶ、紡ぎのことば。


 宇宙のちからを。

 銀河のちからを。


 壮大なるちからを借り、メアリは謡う。


「―――清らなる雨にて、汝の惑いを流し賜え。清らなる雨にて、汝の傷を癒し賜え―――

 〖 洗礼の天水バプティス・プルヴィア 〗」


 メアリの綾なすことばにより、大気がうごいた。

 雲々があつまり、うすく、天を覆い隠す。ぽつ、ぽつ、と天が泣く。


 天水あまつみずが大地を、ひとびとを濡らし、村にひろがった瘴気が洗い流される。

 穏やかな慈雨じうは、ひとびとや、生き物がうけた傷を、癒す。


(うまくいった! 少しだけど、神力が使える……!!)


 はやる心をおさえ、メアリは再び地上に降り立った。

 メアリの神力により、地上の瘴気しょうきは払われたものの、魔族たちは相変わらず村を襲い続けている。


「攻撃をやめて!」

「あぁン?」


 逃げ惑うひとびとをかばうように、魔族たちとのあいだにメアリが立つ。


 ゴブリンやオークなど、亜人の姿をした魔族。

 武器を振り上げたまま、凶悪な表情でメアリを見下ろす。


「なンだ、ディドウィル様の嫁じゃねエか」

「たしか、殺さなきゃ何しても構わないって話だったゼ~!?」

「間違って殺しちまったらゴメンなぁ!?」


 大きな舌をべろりと垂らし、下衆な笑い声をあげる。

 話の通じる相手ではないと、すぐに察した。


「おらァ!!」


 魔族からの攻撃を避け、メアリは宙に浮かんだ。

 両手の指を組みあい、ふたたび紡ぎのことばを謡う。


「―――綺羅星の子守歌。湖面の白鳥は、運命を動かす夏の夜の夢にたゆたう―――

 〖 乙女の清き竪琴ウィルゴ・プレ・リラ 〗」


 メアリは、蒼玉色サファイアブルーに艶めく竪琴の、弦を弾いた。

 軽やかな旋律が大気のなかを踊り、響きわたる。


 その音は、村にいる魔族たちの鼓膜を直接ふるわした。

 聴神経をたどって、旋律が脳までとどく。

 数秒もたたずに、魔族らはみな、昏睡した。


 ほっとしたのもつかの間、背後で猛烈な熱風を感じる。


「ウガォッ!! ギギ、ギャガーッ!!!」

「うわぁっ!!」


 獰黒竜ニグリオス・ドラゴンが焔を吐き、村人に襲い掛かっている。

 メアリは巨大な氷の壁をつくり、村人を焔から守った。


「足止めします! 早く逃げて!!」

「あ、わ、ありがとう!!」


 逃げる村人を背に、メアリは水と氷の神力で対抗する。

 獰黒竜ニグリオス・ドラゴンの黒光りする巨躯からは、おびただしい瘴気が漏れだしていて、村をふたたび闇で包もうとしている。


「ギャギャッ、ガ、ウガアァッッ!!」


 竜の操者である魔族が昏睡したため、竜は混乱しているようだった。

 ところかまわず焔を噴き出しては、鋭いかぎ爪で村を破壊する。


 メアリはふたたび手を組み、紡ぎのことばを、謡った。


「―――汝自身を知れ、闇にこそ光あり。いまここに、新たな名を刻む―――

 〖 汝の名は、水華竜メルクリウス・ドラゴン 〗」


 竜は、花吹雪のような淡青色のしぶきに包まれた。竜はぐるりと巨躯をひるがえすが、やがておとなしく躰を丸めた。


 水はたおやかな一枚の帯となり、竜の身体をやさしく覆った。

 闇夜のような真っ黒な鱗はひかりを帯び、徐々に淡く澄んだ水色へと変化する。


「……キュウ、アゥ」

「いい子ね。おとなしくしていてね」


 すっかり大人しくなった竜は、メアリに鼻すじを撫でられ、ぶるると躰をふるわせた。


 そのとき。

 気配に気付き、メアリはすぐさま振り返る。


「見事だ、メアリ」


 ……が、メアリの動きが一歩遅かった。

 ディドウィルの操る魔界植物に、メアリはその身体を捕えられてしまった。


 ディドウィルの姿を視界にとらえた瞬間、メアリは青ざめる。

 ディドウィルは、気を失ったコーザを小脇に抱えていたのだ。


「コーザさんっっ!!」

「大丈夫だ。


 まるで荷物を担ぐように、ディドウィルはコーザの身体をひょいっと持ち上げ、肩に担いだ。


 まさかディドウィルが、人質をとるような真似をするとは。


 メアリは魔界植物を振りほどこうとするが、そのつるにさらにきつく身体を締めあげられる。そのうえ、巻きついた蔓がメアリの神力を抑えんでいるようだ。


「ディドウィル、コーザさんを離して!!」

「いくらメアリの頼みでも、聞けねエな。コイツには大役があるからな」

「なっ……なにをする気!?」

「ハハッ、それは見てのお楽しみだ」


 まるで遊戯ゲームを愉しんでいるかのように、ディドウィルはニヤリと笑った。


「それにしてもメアリ、オレの大事な獰黒竜ニグリオス・ドラゴンの名を変えるなんてヒドイじゃないか」

「村を破壊するのを、止めたかっただけよ……!!」

「フーン」


 飄々としたディドウィルの態度に、メアリは苛立ちをかくせない。


 するとディドウィルは、身動きのとれないメアリに、ずいと身体を近寄せた。


「なぁ、メアリ。お前は一体、何のために戦ってンだ?」


 質問の意図が、わからなかった。

 触れあいそうになる顔をそむけ、メアリはくちびるを震わせながら、答える。


「なんのためって……地上を、世界を護るためにきまってるわ!」

「ハハッ! お前、大事なコト忘れてるぜ」


 ディドウィルは余裕の表情を浮かべたまま、メアリの耳元で囁いた。




? メアリ」




 どん、と、こころに大穴があいた。

 正鵠を射たディドウィルの言葉に、メアリは全身の体温がうしなわれていくのを感じる。


「自分で壊して、自分で直すってか。自作自演の、とんだ茶番劇だな」


 ディドウィルは、薄ら笑った。

 メアリののどが、ひゅうと鳴る。


「アハハハッ! イイねぇ、お前のその心底傷ついた表情、ソソるぜエ!!」


 のまれてはいけない。蝕まれてはいけない。

 メアリは潰れそうになるこころを保つので、精一杯だった。


「先に魔界で待ってるぜ」


 メアリは声を上げることすら、かなわず。ディドウィルがコーザを連れて姿を消すのを見届けることしか、できなかった。

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