Ⅱ.この気持ちの正体は

04 女神姉妹のガールズトーク







 水星の女神メアリは、ため息をついた。

 天界にいるメアリのため息は、地上で薫風となり。

 初夏を告げる若葉の香りで、ひとびとのこころを満たした―――



 





「ずばり、恋の病だな」

「さ、サトゥリーナ姉さん」


 メアリは神殿の、いつもの窓ぎわから地上のようすを眺めていた。


 声をかけてきたのは、土星の女神・サトゥリーナ。

 黒髪がうつくしいサトゥリーナは、七人姉妹の次女。姉妹のなかではいちばん、真面目で努力家の姉。


「いい青年じゃないか。働き者で、健康的だ」

「そ、そうかしら」

「それにまさに、メアリの好みの男性像だ。謙虚でつつましく、穏やかで……」

「サトゥリーナ姉さん、そんなんじゃないってば」


 末の妹の初恋の予感とあって、普段は物静かなサトゥリーナも、ついつい口出しをしてしまう。


「これはきっと、恋なんかじゃないわ。相手は人間の男性よ?」


 メアリのいちばんの悩みのタネは、そこだった。


 これまで、神が人間と恋をした前例がない。

 神は神と、人間は人間と恋をするのが、ふつうなのだ。


 メアリの言葉に、サトゥリーナは肩をすくめて笑った。


「だが現に、水星の大地メルクリウス・ノアはしずかに息を吹き返している。

 メアリが恋をしているということは、誤魔化しようのない事実さ」

「でも、女神が人間に恋をするなんて……」

「前例がないからって、なんだ?

 我々は神だ。やってできないことなど、あるもんか」


 サトゥリーナが言う通り、水星の大地メルクリウス・ノアからはこれまでにないような生命の息吹を感じる。


(それに、あのときコーザさんを助けた神力も……)


 天界でならまだしも、メアリはこれまで地上では、ほとんど神力を使うことができなかった。

 恋の予兆、とでも言われれば、納得がいってしまう。


「うふふぅ。メアリの恋バナ、聞いちゃったぁ~♪」

「ネ、ネレイヤ姉さん」

「泣き虫メアリの初恋だなんて、萌えるわぁ~!」


 ふたりの話に入ってきたのは、三女であり、海王星の女神であるネレイヤだった。

 海のような深く碧い髪をゆるくまとめ、おだやかに微笑む。


「でもメアリ、うかうかしてたらぁ、ほかの人間にとられちゃうわよぉ~」

「そ、そんな……」

「ネレイヤの言うとおりだ。

 青年はなかなかのイケメンだからな。いずれ色欲に任せて女どもが……」

「そんな言い方やめて、サトゥリーナ姉さん」


 ネレイヤもサトゥリーナも、言いたい放題だった。


(でも、たしかに……コーザさんがほかのだれかの恋人になってしまったら……)


 想像するとメアリは、胸がつぶれるような想いだった。


「とりあえずぅ、デートに誘いなぁ~?」

「で、でぇと!?」

「それが恋愛の手順よぉ~!

 順序よく進めば、きっとうまくいくわぁ~!」


 ネレイヤのアドバイスに、メアリは緊張で胸を高鳴らせた。

 デートの誘いなどできるとは思えないが、それが恋愛の手順というのなら、やるしかない。


「しかし、メアリが恋をしていると知れば……あの魔王の息子が黙ってないだろうな」

「あのクン~!?

 あの子ぉ、メアリのこと、大好きだもんねぇ~!」


 姉たちがくちぐちに言うのは、大魔神の息子の、魔神・ディドウィルのことだった。

 ディドウィルはなぜかメアリに執着していて、執拗に水星の大地メルクリウス・ノアを襲い、魔界の領域を拡げているのだ。




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