第6話 ディアボロスカード

僕の右手にはエリザベス・ヴィクトリアが投げてよこした漆黒のカードが握られている。

 幻想皇帝が世界を変えたいのなら、ディアボロスカードをすべて集めよといっていた。

 たしかにこの地獄のような世界は変えたい。そしてどうにかして封鎖都市から脱出したい。母さんや妹に再び会いたい。


 世羅が可愛い顔を近づけて、それを覗き込む。

「わらわ、それ何枚かもってるよ」

 にんまりと笑い、世羅は言う。


「えっそうなの」

 これはコンプリートに早くも近づいてきたのかもしれない。


「うんっ、こっちに来るときに何枚かみつけたんだよね。きれいなカードだったからとっておいたの」

「すごいよ世羅!!」

 思わず世羅に喜びのあまり、つい抱きついてしまった。

 世羅の冷たい肌の感触がつたわる。それに柔らかくて、いい匂いがする。

 これは軽率だったかなと思っていたが、世羅はご満悦だった。満面の笑みを浮かべている。そうだ、世羅はバカップルがやるようなことを喜ぶんだった。

 なんとなくだが、世羅の取り扱いがわかってきたような気がしてきた。だが慢心は禁物だ。生殺与奪の権は確実に世羅が握っているのだから。

 世羅がいなくてはカード集めなんて夢のまた夢になりかねない。


 世羅の話では拾ったディアボロスカードは拠点にしていたホテルに置いてあるという。

 僕たちはそのホテルに戻ることにした。

 改造昴300は快適に走る。

 ホテルについた頃にはもう夕刻になろうとしていた。

 僕は夕日を見る度に毎回思う。

 また次の日もこの夕日を見ることができるだろうかとだ。

 今、世羅がいるのでその心配はそれほどすることはない。

 彼女に嫌われなければの話しだけどね。


 世羅はこれでも食べておいてとどこかから手に入れた長期保存のパンを手渡した。

 僕はそれをもぞもぞと食べながら、まっていると世羅は何枚かの漆黒のカードを手にもち、見せてきた。

 カードは全部で九枚ある。けっこうな数だ。

 僕が持っているアンドロマリウスを足すと十枚だ。なんと早くも七分の一を集めたことになる。これはもしかするとコンプリートは早くできるかもしれなぞ。


 僕はそのディアボロスカードをじっと眺める。

 カードにはそれぞれ名前が刻まれている。

 その名はダンダリオン、セーレ、デカラビア、ベリアル、アムドゥスキアス、キマリスアンドレアルフス、フラウロス、アンドラスの9つであった。それぞれに美麗で奇怪な悪魔が描かれている。

 ディアボロスってたしかギリシア語で悪魔っていう意味だったかな。

 僕はこのカードを見て、あることを思い出した。

 これと似たカードを持っていた人物を知っている。

 それは僕に世羅の居場所を教えてくれたあのサングラスの情報屋だ。

 明日、会いにいってみよう。


 世羅が僕の顔をのぞきこんでいる。近くでみるとやはり世羅はかわいくて、綺麗だ。文字通り、人間離れしている。

「ねえ、ダーリン……」

 ごくりと世羅は生唾を飲み込む。

 なんとなく言わんとすることがわかる。

 きっと世羅はお腹が空いているのだ。そして世羅の食事とは人間の血液にほかならない。

「いいよ。でも殺さいないでほしい」

 世羅の協力なくしてはこの封鎖都市でディアボロスカードを集めるなんて不可能だ。僕にできることは何でもしようと思う。でも死にたくないのも事実だ。

「そんな、ダーリンを殺さないよ。一口、一口だけ血をなませてくれるだけでいい。たぶんだけどそれで一週間ぐらいはいけると思う」

 僕はその言葉を聞き、世羅に首筋を見せる。

 世羅は僕を抱きしめる。

 首にゆっくりと噛み付く。

 それほど痛くない。注射のほうがいたいぐらいだ。

 耳元でごくりという音がする。

 ふーと世羅が熱い息を吐く。

 世羅の肌は冷たいのに吐息は温かい。

 僕の体に今まで味わったことがない快感が駆け抜ける。何これ、めちゃくちゃ気持ちいい。次に抗いがたい眠気が襲う。

 世羅は僕の顔をその豊満な胸におしつける。

 これも柔らかくて気持ちいい。

「ありがとう、ダーリン。もうダーリンの血しか飲まないから安心してよね」

 その言葉のあと、僕は完全に眠ってしまった。

 


 気がつくと僕はとあるバーにいた。

 店内は薄暗い。

 バーなんておしゃれな場所いったことがあるかな。

 あっ妹にせがまれて一度だけいったことがあるな。アルコールの苦手な僕には縁遠い場所だった。


 カウンターに一人の男がいる。

 どことなく自分ににている気がする。

 けっしてイケメンではない、目立たない顔だ。典型的な陰キャのオタクが目の前にいる。

「よう、兄弟はじめましてだな」

 声まで僕そっくりだ。

「そりゃあそうだ。俺はおまえだからな」

「あんたはだれなんだ?」

 自分そっくりの人物に訊く。

 不思議と違和感も緊張もない。親しい友人と会話しているような気分だ。

「俺はサタンだ。おまえのリビドーを糧にこのイドで生きる者だ」

 ははっと僕そっくりの人物は乾いた声で笑う。

 僕そっくりの人間がサタンと名乗っている。あれだ、これは夢にちがいない。それも悪夢のたぐいだ。それにサタンって何の冗談なんだ。こいつがあの伝説の悪魔王だとでも言うのか。


「なあ、おまえセラフィムのやつがどうやっておまえの体を治したかしっているか?」

 僕の顔をした人間は訊く。

 セラフィムってなんだ。世羅のことか。言い間違いなのかそれとも天使の名前が世羅の本名なのか。わけがわからない。

「いや、しらない」

「やつはおまえを生かすために禁断の果実を食わせたんだ。まあそのおかげで俺様が表面意識近くまで出てこれたんだけどな。おっともう制限時間か。まだまだ話たりないが、仕方ない。おまえには竜の力が宿ったのだ。俺はさ、兄弟よおまえの味方だ。いつでもたよってくれ」

 サタンを名乗る人物がそういったあと、不思議な話だが夢の中で眠ってしまった。

 今度はぐっすりと眠った。

 

 わずかに意識を取り戻すと世羅が僕をぎゅっと抱きしめて眠っていた。僕の血を飲んだからだろうか、少しだけその肌は温かい。僕も世羅を抱きしめて、眠りについた。

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