第5話 幻想皇帝

 玉藻と呼ばれた女性は僕の顔をじっと見ている。

 扇子をわずかに開き、口元を隠している。

「この裂け目まで来た人間はごくわずかです。しかも魔王をともなってくるとは面白いわね」

 ほほほっと玉藻は笑う。


「何よ、ほほほって気持ち悪いわね」

 あきれた顔で世羅は言う。豊かな胸の前で腕を組み、玉藻をにらんでいる。

 なにやら因縁がありそうだ。


 僕は玉藻という女性を観察する。目が一重だけど、なかなかの美人だ。生きる日本人形という印象だ。着物なのでスタイルはわからないが、背は高く、手足がすらりと長いのはわかる。スレンダーなモデル体型といったところか。


 僕がそんなことを考えていると視線が合う。玉藻はにこりと微笑む。

 思ったより可愛い笑顔だ。

 とそんな感想をもっていたら世羅に頬をおもいっきりつねられた。

「痛い、痛いよ世羅」

「もうダーリン、あんな女狐なんかにでれでれしないで」

 頬がちぎれるかと思ったよ。



「はい、かしこまりました。この者たちを幻影城までお連れします」

 玉藻はなにかにむかって話している。独り言ではなさそうだ。


「我が君がお会いしたいとのことです。居城である幻影城までご足労ねがえますか?」

 玉藻がそう尋ねる。


 僕は世羅の端正すぎる顔を見る。彼女は悠然と微笑んでいる。

「まあ、いいわよ。あんたの主君とやらにあってやろうじゃないの」

 世羅は言った。


 彼女が決めたなら、僕にはそれに逆らう理由はない。

 それにこの雪白市を封鎖している親玉のような人物にあってみたいという好奇心もある。どうせ、昨日死んでいたかもしれないのだ。世羅についていって、その好奇心を満たすのもいいだろう。


「それでは失礼します」

 玉藻は扇子を右手に持ち、大きくくるりとまわす。

 視界が一瞬にして変わった。

 僕たちは中華ファンタジーものに出てきそうな宮殿にいた。

 赤い絨毯がひかれた、かなり大きな広間であった。

 奥の玉座に誰かいる。

 竜がデザインされた漢服を着ている。

 体格の良い人物で、身長は二メートルちかくあると思われる。

 僕たちはその人物の前に案内された。


「陛下、お連れいたしました」

 深々と頭を下げ、玉藻は左端に控える。


「ご苦労であった、玉藻よ。予は幻想である」

 その男はそう名乗った。

 玉座に深くすわり、僕たちを文字通り見下している。玉座が数段上にあるからだ。

 幻想皇帝というわけか。

 玉藻の態度からこの男が彼女の主君とみていいだろう。

 ということはこの幻想があの結界を作った人物ということか。


「私は世羅よ」

「僕は納谷界人といいます」

 僕たちはそう自己紹介した。


「異界のものと人間の組み合わせか。ふむ、たしかに面白い」

 幻想は僕たちを値踏みするように見る。

 そして僕に視線をむける。


「ここに来た人間はおまえが初めてだ。そこでいいことを教えてやろう。この世界を変えたければ、ディアボロスというカードを集めるがいい。ディアボロスカードは予とあるものが作りし力の象徴である。それらをこの都市のいたるところに置いてきた。数は全部で七十二枚ある。それらをあつめたとき、今一度予との謁見をゆるそう」

 皇帝幻想は言った。


「ディアボロスカードねえ」

 形のいい顎に手をあて、世羅は言う。なにか心あたりがあるようだ。

 なんか宝さがしみたいな話しになってきたな。

 しかし七十二枚もあるなんて、けっこう骨が折れるな。

 カードを集めたら、世界が変わるっていうけどどういう風にかわるんだ。

 でも集めなければ、この封鎖都市にいるわずかに残った人間はただただ異世界からやってきた魔物に殺されるのを待つだけだ。

 僕は運良く世羅に助けられたけど、他の人は今も死の恐怖に襲われている。

 自分だけがよければいいっていう考えもたしかにあるけど、結局この封鎖都市からでられないのは変わらない。

 七十二枚もあるというカードを集めたら、この街をでられるかもしれない。

 生きてまた母親や妹にも会いたい。


「世羅、僕はその提案にのろうと思う」

 僕は世羅に言った。

「ダーリンがそういうなら、わらわはいいわよ」

 にこりと可愛らしい笑みを浮かべる。



「なになに、面白そうな話ししているじゃないの」

 甲高い少女の声がする。

 青いリボンを頭につけた金髪の少女が空間の歪みから現れた。

 その声を聞いた幻想皇帝はわかりやすいほどの不機嫌な顔になった。

 玉藻は平伏する。

「かの者の侵入をゆるしたこと申し訳ございません……」

 床に頭を着け、玉藻は謝罪する。

「よい、玉藻よ。この者は誰にも止められない」

 幻想皇帝は玉藻を許す。


「さすがは皇帝陛下ね、懐がふかいわ」

 甲高い声の少女は言った。偉そうな態度だけど、その容貌はかなり可愛い。まるでフランス人形のようだ。


「わたくしはエリザベス・ヴィクトリア女王よ」

 ふふっとその金髪の少女は微笑む。

 なんだか女王と女王を足したような名前だな。


「せっかく異世界の住人を呼び出したのに、こんな小さな街に封じ込められてうんざりしていたのよね。君がディアボロスカードを集めてくれたら、ちょっとは風向きが変わるかもね」

 かわいい顔でウインクし、そのエリザベス・ヴィクトリアは僕を見る。

 こいつが異世界から魔物を呼び出した張本人なのか。

 僕は憎しみをこめて、その少女を見る。

「わたくしはね、人間が憎いのよ。生前にひどい目にあったからね。だから滅ぼしてもいいって思ったのよ。でもこの男に邪魔をされたのよね。わたくしはこの状況を打破したのよね。そこで、まずはログインボーナスよ」

 ひゅっとエリザベス・ヴィクトリアは何かを投げとよこす。

 僕はそれをどうにか掴み取る。

 黒いカードだった。そのカードには下半身が大蛇で上半身が美女のイラストが絵描かれていた。けっこう美麗なカードだ。

「アンドロマリウスのカードよ。失くしたものを見つけ出す能力があるの。さあ、界人君、残り七十一枚を探して、この世界を変えてごらんなさい」

 エリザベス・ヴィクトリア女王は指をパチンと鳴らす。


 僕たちはもとの裂け目の前にいた。

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