04 ローズレイ家の晩餐

 シルフィールは手早く身支度を終えると(その間、ルイは部屋の外に追い出した)エスコートを受け晩餐会場に向かった。

 といっても、日ごろシルフィールがひとりで食事を食べているあの場所しょくどうだ、特に目新しくもない――そう思っていたのだが。


「わあ……」


 ふだんとは、がらりと雰囲気が変わっている。

 通い慣れた食堂の長机に、青白い火が灯った燭台が多数設置されていた。

 なんとも幻想的な眺めである――天井に配置された青光石のシャンデリアでも十分明るいのだが、燭台が置かれると、こう、いかにもな感じが増す。幽霊屋敷ホーンテッドハウスのような――まあ、此処は城なのだけれど。

 

「ルイ、それから蕾姫――さあ此方へ」


 家長の席から立ち上がったローズレイ公爵が手招きした。ため息を吐きながらルイが、侯爵のもとに歩み寄った。


「っ! ルイ! 久しいな、可愛い可愛い我が息子よ……」

「近寄るな。触るな、気持ち悪い」


 力強い抱擁を受け、うんざりした調子でルイが返事をする。

 いささか塩味強めの対応に、かえって傍から見ているシルフィールの方がはらはらした。いい年齢をした息子に頬ずりしている公爵は確かに不気味ではあったのだが、ルイは父親に対してあまりにも素っ気なさすぎる。

 公爵が温厚だというのは知っているが、イヴェル侯爵に対してそんな振る舞いでもすれば愛娘のシルヴィアとはいえ平手打ちの上、折檻だろう。


 さて、とシルフィールに向き直りローズレイ公爵は微笑んだ。


「食事を始めようか、蕾姫」


 厨房での準備はアン、給仕はカトルが行っているようで――このだだっ広い食堂には、ローズレイ公爵と息子のルイ、そしてシルフィールだけが席についていた。客人でもいれば華やかだろうが、使用人の数も公爵家の縁者も少ないのだから仕方がない。

 一皿目は燻製肉を使った冷たい前菜に野菜を添えたもの。見た目も美しくて、シルフィールではとても作れないような料理だった。アンの腕は確かなようだ。

 そんなふうに考えていたら、次の皿が運ばれてきた。


「このスープ、前にあんたが持ってきたのだよね」

「あ……はい」


 言った直後、ルイは匙ですくい、口元に運んだ。ぼうっとその美しい所作を見つめていると「何」とむすっとした声音が飛んでくる。


「てっきり、ルイ様はあの、スープは飲まれなかったものと思っていて……」


 眠っているルイのもとに持参して――うたた寝をしたシルフィールが、ルイに吸血された。「前」というのはあのときを指しているのだろう。その後の記憶がすっぽり抜け落ちているのは、シルフィールがショックのあまり気を失ってしまったからだった。

 ああ、とルイは思い至ったというように口元に笑みを刻んだ。


「あんたの血の口直しに飲んだんだよ。悪くない味だったから憶えてる」

「そうか! やはりな、ルイも気に入ると思っていたんだよ」

「……うるせ」


 公爵が絡んでくると途端に顔をしかめる。反抗期の子供みたいでなんとなく笑えてしまう。それに純粋に自分が考案した調理法レシピが気に入ってもらえたというのが嬉しかった。


「何笑ってんの」

「い、いえ滅相もございませんが⁉」


 咄嗟に否定したがそんなに顔に出ていたのか。むにむにと頬をつまんで修正していると「面白いお嬢さんだろう?」とローズレイ公爵が息子に声をかけた。


「令嬢らしくないというか、率直で朗らかで明るくていいじゃないか」


 ぎくり。そんな効果音があるのなら、多分この食堂に鳴り響いていた。冷や汗をかきながら「あは」とこれまた令嬢らしくなさそうな笑い声を立ててしまったことを後悔する。

 次の皿は温かい前菜、さらにはメインとしてシルフィールが下拵えを手伝った山鳥のローストが提供された。


「ん……!」


 美味しい。山鳥は特有の臭みがあることが多いのだが、それを感じさせない処理が施されている。スパイスによるものなのか、この風味豊かなソースによるものなのか。おそらくその両方なのだろう。

 そして肉質も実に柔らかく、ちょうどいい歯ごたえだ。

 付け合わせのオレンジ菜や、青プランツのピューレを絡めて食べるとまた味の変化を愉しめる。

 頭の中に「美味しいでしょう?」と此方に向かってウィンクをするアンの姿が浮かんだ。美味しいよ、アン……。誰かが作った料理、しかも格別に美味しい――にありつけた喜びをかみしめていると呆気にとられたようにルイがシルフィールを見ていた。


「な、なんでしょう?」

「……いや。面白いな、と思って。俺のためにもこいつにはたくさん食わせてやって、カトル」

「ええ、もちろんでございます。今後も食材調達はお任せくださいませ」


 ぐ、と任せてくださいとばかりに拳を握ったカトルを見ながらシルフィールが半笑いになったときだった。ルイ、と幾らかかたい声でローズレイ公爵を呼んだ。


「婚礼の儀は明日、執り行うことにした――蕾姫、君も構わないかな?」

「は、はい……」


 反射的に頷くと、ちら、とルイがシルフィールの方を見た。


「本当に大丈夫?」

「え……? それはどういう意味でしょう、か」


 聞き返したシルフィールには答えず、ルイは黙々と運ばれてきたグリーンレモネットのソルベをつついていた。

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