第12話「邪険にしないで」

 妥当だと思っていても、それを受け入れるかはまた別の話だ。

 アキラにはまだリタリエが必要だし、リタリエにとってもまだアキラは利用できる価値があると信じている。二人は一緒に居た方がいいはずだ。少なくとも、今はまだ。


 というわけで、めっちゃ抵抗した。


「やだやだやだやだ別れたくない!!! なんでそんなこと言うんだ!? 俺に悪いところがあるなら治すから捨てないで!!!」


 具体的に言うと、めっちゃ駄々をこねた。

 力に物を言わせるわけにもいかないので。


「は、え、ちょ、キミ!? なんか勘違いしてない!?」


 目を白黒させるリタリエに対してまくしたてるアキラ。


「二人乗りしてる時にリタのお腹の感触にドキドキしてたのがキモかった!? それとも風に揺れる綺麗な銀髪が顔に当たるとなんかいい匂いするなとか不埒なこと考えてたのが悪かった!? だとしたらマジでごめん!!」

「キミそんなこと考えてたワケ!?」


 リタリエはとっさに腹部を手で覆い隠した。その顔は真っ赤に染まっている。普段が色白な分、その赤面は余計に目立った。


 往来で大声を上げて美女に縋りつく男の姿に、周囲は痴話喧嘩か、痴情のもつれかとざわめきだす。その注目がさらにリタリエの羞恥を加速させた。


「何でもする!! 何でもするから!! リタが嫌だって言うなら頑張ってバイクに併走出来るようやってみるから!! お願いだから捨てないで――」

「一旦その口を閉じようか――!!!!」


 リタリエの鉄拳が頭部に炸裂した。

 衝撃で勢いよく舌を噛んだアキラは、悶絶して大人しくなる。

 顔から煙が出そうなほどに赤熱したリタリエは、大きく肩で息を整えて話し出す。


「言い方が悪かったけど、別に解散するとかそういう話じゃ、ないから!!! だからそんな別れ話切り出された男みたいな反応するのやめて!!! 別に付き合ってるわけじゃないでしょ私たち!!」

「……捨てない?」

「捨てないから!!!」


 はー、と大きなため息を一つ。


「私が言いたかったのは、二手に分かれようってことで……アキラにはこの後向かってもらおうと考えていた場所があるのよ……こほん、あるんだ」


 冷静さを取り戻し、口調を平時のものに無理やり戻すリタリエ。

 アキラはへなへなと崩れ落ちた。


「良かった……。俺、リタに捨てられたらどうしようと思って……」

「別に捨てられるような理由ないだろう、キミは」

「俺のどうしようもなさに嫌気が指したのかと……」

「なんでそう自己評価が低いんだ」


 キミはそんなに悪い人間ではなかろうに……と言う彼女は与り知らぬことであるが、日嗣晃はそんじょそこらの人間が目ではないほどに悪いことをした人間である。


「はあ~安心したよ、本当に……」

「……言っておくが、次往来でこんな真似したら本当に捨てるからな」

「キモニメイジマス」


 安心したところで冷や水を浴びせられ、背筋をしゃんと伸ばす。

 ひとまず切り替えて、質問に移行した。


「で、向かって欲しいところって?」

「ああ……組合アライアンスに向かってもらおうと思ってな」

組合アライアンス……?」

「説明しよう。……と言いたいが」


 そこでリタリエはこほん、と咳払いをしてあたりを見渡す。

 未だに、二人には注目が集まっていた。


「……場所を変えようか」

「あ、ああ……」


 お騒がせした、と断りを入れつつ包囲を抜ける二人。

 とりあえず落ち着けそうな飲食店にでも向かうかとリタリエが言うのでそれに着いていくことにする。


「……ところで、許してもらえたってことは二人乗りの件も……?」

「……それについては後で考えるから!」

「あっはい」


 余計なことを言ったかもしれない……と思うアキラであった。




組合アライアンスというのは」


 客の少ない裏路地の屋台に腰掛け、リタリエが説明を始める。


「正確には職業組合ジョブアライアンスと言って……葬送者を役割に応じて指導・訓練し、同じジョブ同士で互助することを目的とした組織だ」

「はぐはぐ」

「戦闘や魔窟ダンジョン探索では、それぞれ役割に特化した葬送者同士でパーティーを組んだ方が効率がいいだろう? 使う武器によっても、学ぶべき技能スキルは違う」

「もぐもぐ」

「そう言った役割ごとに葬送者を育成し、また葬送者同士で有益な情報……例えば役立ったスキルとか、腕のいい鍛冶屋とかだな……を交換したり、仲間の融通をしたりするためにあるのが、組合アライアンスという組織だ」

「むしゃむしゃ」

「キミもこれから本格的に葬送者としてやっていくなら、何か一つジョブを身に着けた方が良いと考えて……聞いているか?」

「ああごめん、こういうジャンクなものが美味くって」


 胡椒たっぷりの肉を頬張るアキラ。逮捕されてからというもの、健康にはいいが味の薄い料理ばかり食べていた彼にとって、ジャンクな味は恋しくて仕方のないものだった。


「話はちゃんと聞いてたよ。理解してる。それで、俺に何かのアライアンスに行けってことだよな?」

「ああ。その間私の方も剣士ソードファイター組合アライアンスに通って、攻撃を強化しようと思ってな……アキラは何か希望はあるか?」

「そうだなぁ……」


 ジョブ。多くのRPGゲームでは頻出の概念であり、アキラも良く知っている。故にイメージは掴みやすかった。

 その上で希望するもの。

 攻撃面に関しては、《殺人鬼》SSSと《短剣術》SSのおかげで、今更何かの技能を一から習得する必要はないと考える。戦士系技能よりは補助系の技能の方を学びたいところだ。

 となると、希望するのは……。


「身の軽さを生かせそうなやつがいいから……盗賊シーフのアライアンスってある?」


 盗賊シーフ。多くの作品で罠の探索や解除、また斥候などを得意とするジョブ。身軽さを生かし、隠密などで活躍する。ダンジョン探索には必須と言っていいジョブなので、似たようなものは恐らくあるだろうと推測出来た。

 本当は暗殺者アサシンにしたいところだが、ジョブのあるなしは作品によってまちまちだ。暗殺者アサシンになりたいなどと言って存在しなかった場合、どんな目で見られるか恐ろしい。

 ということで、無難そうな盗賊シーフを指定したのだが。


「……まあ、あるにはあるが」


 こちらも反応は微妙だった。もしかして何か不味いことを言っただろうか


盗賊シーフという呼称は良くないな」

「呼び方が?」

「ああ」


 リタリエは果物ジュースをぐいと飲んだ。


魔窟ダンジョンの罠解除などを請け負う職業は、確かにかつては盗賊シーフなどと呼ばれていたが……真面目に働いているだけで犯罪者扱いというのはあんまりだ、という運動が起こってな。今では名称が改められている」

「コンプラ意識の高い異世界だな!!」


 たびたび発生する「この異世界思ってたのと違う」がここでも発生していた。


「今ではその手の探索を行う職業は野伏レンジャーという名称だ。組合アライアンスでも改革を行って、ダークで非合法なイメージはすっかり一掃された。くれぐれも人前で盗賊シーフなんて言い方はするなよ」

「了解……ともあれ、俺はそのレンジャーのアライアンスに行くことにするよ」

「良いと思う。アキラの身のこなしには目を見張るものがあるからな……人間と言うのはみんなそうなのか?」

「いや、俺もこの世界に来てからなんか妙に体の動きが良くて……」


 元から運動能力が低いわけではなかったが、転生してからというもの人間離れした機動も可能になっている感じがある。イメージに体が追い付く、というか。もしや地味に転生者特典というやつなのだろうか?


 そんな話をしていると、屋台の主であるドワーフが声をかけてきた。


「お客さん、人間って言ったね。もしかして転移者ストレンジャーってやつかい?」

「あ、うん。どうもそうらしい」

「こいつは驚いた。そこそこ長く生きてきたが、まさかこんな辺境で二人も転移者ストレンジャーをお目にかかれるとはね」

「……二人?」

「おうとも」


 ドワーフは頷く。





「……マジで?」

「マジだ」

「それは……驚いたな」


 リタリエも驚愕した様子だ。


「転移者なんてほとんど御伽噺だ。数百年に一人居るとか居ないとかそのレベルの存在だぞ。それがまさか同じ町に二人居るとは……」

「しかも、だ」


 ドワーフの店主はにやりと笑う。


「その転移者だが……兄ちゃんと顔の雰囲気が似てたぜ。もしかすると同郷じゃないか?」

「本当か!?」


 リタリエが興味を示す。


「良かったじゃないか、アキラ! 初めて会った時に『キミが同じ姿をした人間に会うことはもうないだろう』なんて悲観的なことを言ってしまったが、そんなことはなかったな! しかも同郷とは! 魔獣以外で人間に出会えるなんて、キミにとってこんな嬉しいことはないだろう!! 是非会ってみたらどうだ!?」


 我が事のように嬉しそうにアキラの肩をバシバシ叩くリタリエに対し、当の本人は。



「いや、別に、いっかな……」



 すごく嫌そうな顔だった。


「なんでだーーーーーーー!?」


 リタリエがアキラを掴んで激しく揺さぶる。


「異邦の地で、同郷の者と巡り合うなんてめったにないことだぞ! しかもキミにとっては異世界! 喜ばしいことじゃないか!」

「いや別にそんなにって言うか、故郷を失ってるリタリエには悪いけど、なんならむしろ会いたくないっていうか……」

「なんでだーーーーーーーーーーーー!!!????」


 殺人鬼だからである。


 当時、アキラの起こした事件はそれはそれは大きく取り上げられた。

 戦後日本最大規模の連続殺人である。連日連夜、マスコミはその話題で持ち切りだった。ニュースも、ワイドショーも、週刊誌も、新聞紙も、インターネットもこぞって日嗣晃に関する情報を垂れ流した。

 同時代の日本人で日嗣晃の顔と名前を知らないものはほとんどいないと思って良いレベルである。


 そんなアキラと日本人が出くわしたらどうなるか。少なくとも、ろくなことにならないことは予想出来た。

 それならばいっそ会いたくないと思うのは当然である。というか会っていいことが一つもない。


 日嗣晃は異世界で静かに暮らしたい――某有名漫画の殺人鬼のように。


 だが、奇妙な運命はそれを許してくれなかった。


「お、噂をすれば」

「え」


 裏路地に踏み入る気配を感じたアキラの心臓がどくんと跳ねる。

 間違いない。これは殺人衝動。

 生前散々感じてきた――生身の人間を、殺害したくてたまらないという欲求。


 目を向けると、そこには活発そうな少女が一人。

 大きな瞳でこちらを見つめる栗毛の彼女は、まるで憧れの人にでもあったかのように感動した様子を見せる。


「え? 嘘嘘嘘、ほんとに? こんなことってある?? まさかこんなとこで会えるなんて、奇跡みたい……。……あ、日本人っすよね? 自分、西湖ニシコレンって言います!! どうか末永くよろしくっす!!!」

「あ、はいどうも。それじゃリタ、その野伏レンジャーとやらの組合アライアンスに今行こうすぐ行こうそれじゃあお元気でシーユーバイバイ」

「なんでそんなにつれないっすかーーーーーーーーーーーー!!!????」


 殺人鬼だからである。

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