第三章 地獄の蓋のすぐ傍で

第11話「A New Day」

 その人となりについて不明点の多い死刑囚、日嗣晃に関するエピソードの中に、一つ興味深いものがある。


 死刑の直前、言い残すことはないかと尋ねた教誨師に対し「地獄というものは本当に存在するのなら、自分は間違いなくそこに行きたい」と言い放ったという話だ。


 どういう意図で発した言葉かは分からないが、教誨師はその発言に対して「本心からの言葉であることだけは間違いないと思えた」と証言している。


 未だ多くの謎を残す殺人鬼である日嗣晃。死刑囚でありながら異世界に転生した彼は今――。




 ——責め苦を受けていた。




「オラオラァ!! まだまだこんなもんじゃねぇですよォ!!」


(ここが地獄か……ッ!)


 体が悲鳴を上げる。全身から汗が吹き出し、今にも崩壊しそうだ。

 苦しい。キツい。早く楽になりたい。

 そんな考えばかりが脳裏に渦巻き、体から力が抜けそうになる。

 それを見計らったように怒号が飛ぶ。


「手ぇ抜いてんじゃねえですよ!! ■■■(規約違反)して■■■(公序良俗に反する発言)されたいですかァ!?」


「思ってたのと違う……ッ!」


 何故こうなった。


 魔獣が人間だと判明した時から、この世界はアキラにとっての天国と化したはずだ。


 殺人を合法的に、気兼ねなく行うことが出来て——あまつさえそれを生業にして暮らすことが出来る!!

 もはやあの狂おしいまでの殺人衝動を我慢する必要もない。それどころかどんどん発散していい。

 天性の殺人鬼にとってはまさに楽園。


 だと言うのに何故自分は今責め苦を受けている?


「絶対におかしい……!! どう考えても『異世界殺人記〜死刑になった俺は前世で持て余していたスキル《殺人鬼》SSSで無双する〜』が始まってたはずだったのに……!!」


「そこぉ! 無駄口叩いてんじゃねぇですよ!! この■■■(お見せできません)がぁ!!」


 いくらなんでもこのアライアンス、デッドリー過ぎる……!!

 アキラは心のなかで毒づいた。



 何故こうなったかと言うと、話は少し遡る。



◆ ◆ ◆


 カーナの里を出た翌日。


「見えてきたぞ、アキラ」

「おお……あれが……」


 リタリエの背中越しに前方を見つめるアキラが感嘆の声を上げた。

 バイクの進行方向に見えるのは、大きな外壁と、その壁越しに見えるいくつかの背の高い建物。


「ああ、あれがアクーナ……このあたりではもっとも大きな町だ」


 辺境都市アクーナ。人間時代の都市の一部をそのまま利用しているという、この世界には珍しい規模の都市だ。

 様々な亜人たちが種族を問わず定住・来訪し、近隣の亜人集落との交易拠点にもなっている。

 人が集まるところの常として様々な施設も出来ており、市場や宿の他、神殿や葬送者ギルドも存在する――とアキラはリタリエから聞いていた。


 アキラたちはここをしばらくの拠点としつつ、物資調達や情報収集に励む予定だ。

 目下の目的は、アキラの葬送者登録となる。


「それにしてもデカい壁だな……」

「伝承では古の退魔戦争の際に、魔獣の侵入を防ぐために建造されたらしい。他にも似たような都市がいくつかあるぞ」

「へぇ~。やっぱ門番とかもいる感じ?」

「一応な。だが主な仕事は魔獣の対処だ。検問もあるにはあるが、気にすることはない」

「なるほどね……」


 徐々に近づいてくる検問所を目にしたアキラは、



(なんか入り辛いなぁ~~~~~!!!!)



 引け目を感じていた。


(俺入ってもいいのかなぁ)


 別に悪いことはしていない。いや、正確に言うとそれはそれは悪いことをしたのだが、それは前世の話だ。この世界に転生してからは何も悪いことはしていない。

 理屈では分かっている。分かっているのだがどうも入り辛いという思いはどんどん強くなる。


 そもそもの話、アキラは人が多いところ自体得意ではなかった。

 人が多いと、殺人衝動を抑えるのが大変なのである。前世では出かけるたびに苦労していた。

 エルフやドワーフたちと対面してみて、亜人相手だと殺人衝動が刺激されないことは分かっているものの――前世からの苦手意識はやはりこびり付いているのかもしれない、とアキラは考える。


 そうこうしている間にも門は近づいてきた。入場を待つ列の一番後ろにバイクは止まる。

 並んでいるのは徒歩と馬車がほとんどで、アキラたちのようなバイクは他に見られない。魔法文明期の遺産だと言っていたし、珍しいものなのだろう。興味深そうに子供が見ていた。


 こうして亜人種たちに囲まれていても、殺人衝動は湧き上がってこない。だから大丈夫だ、落ち着け、とアキラは妙にざわつく自分の内心に語り掛けていた。


「……? なんだか時間がかかるな」


 リタリエが怪訝そうに言う。


「検問なんてこんなもんじゃないか?」


 どことなくそわそわしながら言うアキラの言葉に、リタリエは首を横に振った。


「いや、こういう検問などというものは形式的なもので、ほとんど素通しが普通だ。それなのに列が出来ていること自体がおかしい」

「そうなのか?」


 流石に不用心なんじゃないか……とアキラは思ったが、この世界において用心すべきは第一に魔獣であって、犯罪者などの優先順位は高くないのかもしれない。


 あるいは、魔獣を相手に生き残ることに必死な世界ではお互い自然と支え合うしかなく、結果的に治安が良くなっているということも考えられる。流石に理想論過ぎるかもしれないが。

 実際には戦争中の国家でも普通に犯罪が起きることはあるのだろう。とはいえここは異世界で、住人も人間とは違う多種多様な亜人たち。元の世界とは事情が違うのだから、一律に当てはめられるものではない。そういうものかと思っておくだけだ。


 ただ、周りの不満げな様子からも列が形成されるのが常でないことは察せられる。常ではないということは、つまり異常があったのだろう。


「何か事件でもあったのかな」

「さて……」


 物騒だなぁなどとアキラが考えている間に門が近付いてきた。門番を見たせいか無闇と早くなっている心臓の鼓動を押さえつけて平静を装う。やましいことはない。この世界では。


「珍しいものに乗っていますね」

「魔法文明時代の乗り物だそうだ。法力で動くように改造してある」

「入場の目的は移住ですか?」

「いや、短期間の滞在だ。葬送者ギルドへの報告と、同行者の葬送者登録。それとこの先の旅行に必要な物資と路銀の調達」

「葬送者さんでしたか!」

「ああ、灰銀級シルバーランクだ」


 葬送者の証を見せるリタリエ。

 受け答えは主にリタリエがしてくれているので、アキラは愛想よく笑っておくぐらいしか出来ない。


「荷物は?」

「一般的な旅荷物と武器ぐらいだが……武器は預けたほうが良いか?」

「いえ、それには及びません……念のためにお聞きするのですが、荷物の中に小型の魔獣など含まれていませんよね?」

「正気で言っているのか?」


 目を丸くするリタリエ。


「魔獣の売買や利用は神殿法によって禁止されている。というかそもそも、こんなに外壁に近いところまで魔獣を運んでいたら、街を囲む法術結界に反応して今頃大暴れしているはずだろう。まさか知らないわけではあるまい?」

「ええ、ごもっともです……ですが、仮死状態にして運ぶということも考えられるので」

「……随分と厳重だな。荷物を検めるか? アイテムボックスも見ていいぞ。当然死骸の一部しかないが」


 積み荷の一部を開いて見せるリタリエ。アキラはなんだかきな臭さを感じ、何もしてないのになんとなく両手を上げて無抵抗をアピールした。


「……いえ、大丈夫です。その荷物量では隠せる容量はないでしょう。アイテムボックスに生体は入れられないことももちろん承知していますよ。そもそもあなた方は今日初めてここに来たわけですからね……。どうぞお通りください」

「……本当に何があった? こんな厳重な検問は初めてだ」

「ここでは話せません。あなた方に資格があれば、いずれギルドから話を聞くこともあるでしょう。……ようこそアクーナへ。どうぞ良い滞在になるよう祈っています」


 丁寧な門番はそう言うと二人を通す。釈然としない表情を浮かべながらも、リタリエはバイクを再度発進させた。

 門を越えた瞬間に心のざわめきが収まり、アキラはほっと大きく一息つく。


「なんかやたらに緊張したな……何があったんだろ」

「さあな……だが、気を付けたほうが良いのかもしれない」


 しばらく厳しい顔をしていたリタリエだが、すぐに切り替えるように笑顔を浮かべた。


「まぁ今はそれより、葬送者ギルドに向かうとしよう。お待ちかねの葬送者登録だ」

「よっしゃギルド!! この時を待ってたぜ!!」



◆ ◆ ◆


飛龍ワイバーンの角、首無騎士デュラハンの鎧、あと小鬼ゴブリンの耳と単眼巨人サイクロプスの目が数えるのも面倒くさいくらいあるので鑑定してくれ」

「すみませんちょっと量が多いんですけど飛龍と首無騎士!? なんて!?」


 リタリエが持ち込んだ戦果品の量にギルドの受付嬢が目を丸くした。


「……なぁリタ、いつもスコップどこから取り出してるのか疑問だったんだけど、これもどこから取り出したんだ?」

「ああ、これは《収納術》のアーツ【アイテムボックス】を使ってるんだ。葬送者になれば教えてもらえるぞ」

「マジ? 旅には役立ちそうだな」

「あのあのあのそこでのんびりしないでください! 色々聞きたいんですけど!?」


 規格外の品物と量に甲高い悲鳴が上げる。


「リタリエさん、これをお一人で?」

「ああいや、私ではなくこちらの……」

「日嗣晃、葬送者未登録です。二人で、あと途中で出会ったドワーフと一緒に狩りました。登録お願いしまーす」

「これ以上業務増えるんですか!?」


 とりあえず鑑定待ちと言うことになった。


「どれくらい時間かかるかな……」

「私もあれだけの量を持ち込んだ前例はないからな……そのうちに終わるだろう」


 その間どうするのかな、この街の観光かな、などと思いを馳せるアキラに対し、リタリエは。



「葬送者登録の手続きも済ませたところで――アキラ、ここで別れよう」

「え?」


 それはつまり。



「追放モノ……ってこと!?」



 異世界転生した大量殺人鬼の俺、拾ってくれたエルフに追放される!!??


 ……まぁまぁ妥当かもしれない、とアキラは他人事のように思った。

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