13 一時の休息

 結局あの後、医官に診察を受けさせられたところ、左腕の傷の方はさほど深刻でもなかったので問題はないようだ。それよりも、月役にあたるうえ、慣れない王宮でのストレスで倒れたのでは、との事だった。

 このままでは気が持たないという事で、特別にこっそりと一時帰宅を許された香麗シャンリーは実家に戻り、数日が経つ――



「やっぱり実家は最高だわー!」


 香麗は睡眠の十分に取れたツヤツヤの顔で、温かいご飯を口いっぱいに頬張った。

 毒見を通すために冷たくなったものばかり食さなくても良い。

 一人の布団で大の字になって眠れる。男装する必要も無い。中庭を囲んで四方が建物という典型的な、ごくごく普通の四合院造りの小ぢんまりした居心地の良い邸宅。

 当たり前だった日常は何と幸せな事か。


「そこそこ図太い子だと思っていたけど、体調を崩すなんて香麗シャンリーも繊細だったのねぇ。麗孝リキョウの代わりに宮廷に行っただけなのに、どういう経緯で仕えることになったのか詳しくは聞いていないけれど、やはり大変な所なの?」

「図太いって母様、ひどい… いや大変も何も…」

「姉さま、ごめんね、僕のために…」

「あっ、あっ、いいのよ麗孝、全然気にしちゃ駄目だからね?! 貴重な体験が出来るし、仕事もちょっとは楽しいし、素敵な殿方もいっぱいいるし。まぁでも宮廷なんてあんな所、長く居たいと思わないけれど…」

 

 そう口にした途端、少し意地悪な星塵シンチェンの顔が脳裏に浮かんだ。


(いやいやいや、何で出てくるかな〜)


 ぶるぶると首を振った。全く寂しくないと言ったら… 嘘になる。


(そりゃあね、ずっと一緒に過ごしていたしね?)


 しかしこれ以上、後宮のごたごたに巻き込まれるのはごめんこうむりたい。

 婚約者という立場上、今回のようにうっかり命だっていつまた狙われるか分からない。少し過ごしただけでこれでは、命がいくつあっても足りないのではないか。

 でも、月鈴ユーリンの事実を知ってしまっている以上…



 そうこうしていると、父上が玄関の方から呼ぶ声がする。

 扉を開けたまま門を指さした。


「香麗に客人が来ているぞ、外でお待ちだ。たいそう身分の高そうな青年じゃないか、もしや宮廷で見染められたんだか知り合ったんだか捕まえたのか? お前も隅におけんなぁ、ハハ」

「えっ…」

「これを渡せばわかる、と言っていたぞ」


 父上は、王宮の紋章が小さく刻印されている腕輪を手渡す。

 これは月鈴の部屋に置いてきたものだ。



 香麗は、思わず走って飛び出した。

 案の定、門の外に涼やかな顔をした星塵がつっ立っているではないか。

 道ゆく人が、どこの家の御子息かと振り返り、通り過ぎていく。

 いつもより少々簡素シンプルな格好で、彼なりに控え目にしているつもりのようだが、ここらでは見かけない洗練された見目麗しい顔立ちもあいまって、このような片田舎ではとても目立つ。

 勿論、少し離れた所に子豪ズーハオも同伴している。


「ちょ、ちょちょっと! そんなフラフラと自由に外に出てこんな所に来てもいいんですか!?」

「俺はただの宮廷に仕える高官だから。何か問題でも? 浩然ハオラン様が香のものを楽しみに待ってたからわざわざ迎えに来てやったんだよ。それ持ってなよって言ったじゃん。陛下の縁者にしか持つ事が許されない貴重品なんだぜ」


 星塵の下手くそな口実に、子豪が後ろで下を向いて笑いを堪えている。

 数日間顔を見なかっただけなのに、不覚にも何だかこういう会話のやりとりが妙に懐かしく感じてしまった。


「宮廷の、これからも手伝ってくれるんだろ?」

「…わかってますよ、わざわざ直々に来なくたって逃げたりなんか…」


 不意打ちに、星塵は香麗の手を引き寄せ、頬に口づけをする。

 そして、いつもの不敵な顔で香麗を見つめた。


「何? 何か言いたげ」

「そ、そそ外で何て破廉恥な行為を…!」

「外じゃなけりゃ、いいって事か」

「違うし!」


 そうやってこの人は、すぐに揶揄う。


「最初に言っただろ、あんたが気に入ったんだって」

「…意地悪!」


 さてさて、また気合入れて戻りますか。

 香麗は、紅潮した頬に気付かれないよう、前を向いた――



◇ ◇



第一部・完

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宮廷香り師と偽り皇女の内緒事 haru. @matchan0307

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