第17話

 リリアーナの咄嗟の機転によって、マーガレットは一命を取り留めた。

 ただし記憶障害が残っているようで、呪いのアイテム関連の記憶だけ、すっぽりと抜け落ちてしまったようだ。


 呪いと言う不可思議な力を使い花嫁を何人も殺めてしまったマーガレットだったが、彼女にそんな自覚はなく、それを証明する手立ても残っていない。

 よってマーガレットは、国王と王妃をナイフにより殺害しようとした罪のみを問われたが、それも重罪であるため一生涯修道院送りとなり、この事件は幕を閉じたのだった。



◇◇◇◇◇



 事件から少し日が経ち、城はすっかり平穏を取り戻していた。


「リリアーナ様、今日もとてもお綺麗ですわ」

「ありがとう、オリビアさん」


 今日は、結婚式の次の日に行われたお披露目会では呼べなかった、遠方からの来客を交えての夜会が開催される予定となっていた。


 純白のドレスに、この国に伝わる世界で一つだけのティアラを乗せ、オリビアの手で着飾らせてもらったリリアーナは、鏡に映る自分の姿になんだか夢でもみている気持ちになる。

 自分が王妃だなんて、今でも信じられない。


 何日もつかと言われていたリリアーナが、まったく呪いの影響を受けなかったことにより、城の者たちもリリアーナを王妃と認め、本格的に国民へのお披露目や王妃教育の準備を始めだしている。


 けれどリリアーナとしては、呪いの件が解決するまでの仮初めの花嫁と約束していた身分であるため、このまま話が進んでゆくことに後ろめたさのようなものもあった。


 居心地がいいからって、いつまでもここにいていいものだろうかと。

 だが、心に引っ掛かることもあり、リリアーナはまだ城を出て行くとは言えないままでいた。


 もし、マーガレットを唆した誰かが、近くに潜んでいるなら……まだ、この一件は終わっていないのではないか。


 そんなことをぼんやり考えていると、準備の整ったエドワードが部屋まで迎えに来てくれた。

 純白のタキシードに身を包んで現れたエドワードは、まさに麗しい王子様の風貌だ。


 呪いの件が障害で城の者たちは花嫁探しに苦労していたようだが、今の彼ならば引く手あまたに違いない。


「少し、二人で話さないか?」

 夜会が始まるまで、少しだけ時間がある。

 だからリリアーナは、エドワードからのお誘いに笑顔で応じた。




 エドワードが連れてきたくれたのは、花園のある城の中庭だった。

 静かで人気もないので、ここでなら落ち着いた話もできそうだ。

 二人の、これからのこととか……


 だが、連れ出したからには、なにか話したいことがあるのであろうエドワードは、しかし緊張の面持ちのまま中々話を切り出してこない。

 ならば、自分から話してしまってもいいだろうかと、リリアーナは思った。


「エドワード様、夜会の前に、わたしもお話しておきたいことがあったんです」

 改まったリリアーナの言葉に「なんだ?」と、エドワードが首を傾げる。


「あの……呪いの件が解決したら、このお城を出て行くという約束でしたが」

「っ!? ま、待て! 待ってくれ! オレも、そのことについて話をしたかったんだ」

 エドワードは、どうしたのか急に慌てたように、リリアーナの言葉を遮ってきた。


「まあ、エドワード様も?」

「ああ、それで……キミとの約束だったから、叶えてやりたいという思いもあったんだが」

「えっ」

 突然、自分の前に跪いてきたエドワードの姿に、リリアーナが目を丸くする。


「やはりそれは出来ない! どうか、これからも……オレの傍にいてくれないか」

 懇願するように、彼はリリアーナの手を取りきゅっと握りしめてきた。


「オレには、キミと言う存在が必要なんだ、リリアーナ」

 その表情はまるで、行かないでと縋る幼い子供ようで母性本能を擽られる。

 そういえば、普段は意識していなかったが、彼は自分より二つ年下だったなと、こんな時にふと自覚した。


「エドワード様、わたしも同じ気持ちでした」

「本当、か?」

 今度は信じられないというように、エドワードが目を丸くする。


「ええ、このままお城を離れたら後悔する気がして」

 もう少し、この城にいさせて欲しいと、自分からお願いするつもりだったのだ。

「リリアーナ!」

 それを聞き、感極まったように立ち上がったエドワードは、そのままリリアーナを抱きすくめようとしたようだったが。


「やっぱり、エドワード様も感じていたんですね。事件はまだ、解決していないんじゃないかって!」

「……は?」

 ピタリと、抱きしめようとしていたエドワードの手にキューブレーキが掛かったが、リリアーナはそれに気付かず話を続ける。


「わたし、マーガレットさんがお城に来る前から、呪いは存在していたんじゃないかって思うんです」

 エドワードが若くして王とならなければいけなくなったのは、他の王族が全滅したから。

 そして彼が信頼していた者たちも、次々と謎の病やケガで城からいなくなったと聞く。


「確かに……それも気になるところではあるんだが、オレが今キミにここに残って欲しいと言った意味はっ」

「????」

 リリアーナが首を傾げると、エドワードは顔を赤らめ言葉を詰まらせる。


「その……呪いのせいで、キミの存在が必要という意味ではなくて」

「エドワード様?」

「な……なんでもない!」

「え?」


 明らかになんでもなさそうな雰囲気ではなかったが、エドワードは突然話す気をなくしてしまったらしい。


「ダメだ……今言っても、玉砕する可能性しかない気がする……それ以前に、オレは男として意識されてすらいないんじゃないか? 情けないところを見せすぎた気がする……」

 なんだか分からないけれど、ブツブツと呟き一人の世界に入ってしまったエドワードを見るに、話の続きは聞かせてもらえなさそうだ。


(本当は……呪いの件があったとしても、エドワード様にわたしの力は、もう必要

ないのかもしれないけど)


 マーガレットから闇を祓ったあの力は見事だった。

 女神の加護を受ける血筋というのは、ただの言い伝えではないようだ。


(それでもまだ、ここにいたいと思うのは、わたしのわがままなのかもしれないから……)


「……それじゃあ、エドワード様。約束の内容を更新しませんか?」

「更新?」

「わたしは、呪いが解決するまでの期限付きの花嫁でしたが、新たな期限は……あなたに、わたしの力が必要なくなる時まで、というのはどうでしょう」


「い、いいのか?」

 これは随分とエドワードに有利な条件でもある。

 彼がリリアーナをいらないと思えば、いつでも切り捨てられるのだから。


「はい、その代り。わたしがお城を出る時には、どんな事情があっても必ず約束の報酬をいただきますよ」

「もちろんだ!」

「きゃっ!? エドワード様?」

 今度こそ、感極まったようにエドワードはリリアーナを抱きしめてきた。


「く、苦しいです、エドワード様」

「す、すまない……嫌だったか?」

 手加減なくぎゅうぎゅうと抱きしめてきたエドワードは、リリアーナの一言で耳を垂らした犬のようにしゅんとしてしまった。


「嫌じゃないですよ。少し苦しかっただけです」

「そうか」

 リリアーナの言葉に応え、やり直すようにエドワードが今度は優しく抱きしめてきた。

 それが心地よくて、リリアーナも彼の腕の中に身を委ねてみる。


「そうだ。明日は、先日行けなかった城下町を見て回ろう。あれからキミが好きそうな店や場所を、沢山考えていたんだ」

「まあ、嬉しいです」

 おすすめの場所を嬉しそうに話すエドワードの顔を見ていると、こちらまで嬉しい気持ちになってくるのはどうしてだろう。


 人里離れた自然の中で、動物たちとののんびりスローライフは当分お預けになりそうだけど、こんな花嫁ライフも悪くないなと思いながら、エドワードの腕の中でリリアーナも、幸せそうに笑ったのだった。




END


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


中編コンテスト参加作品のため、ここで完結とさせていただきます。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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花嫁を呪い殺すと噂の王のもとへ嫁がされましたが、呪い無効化スキルがあるので安心です! 桜月ことは @s_motiko21

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