第12話

「今度の王妃様は、今の所元気そうね」

「もしかして、陛下の呪いが解けたのかしら?」

「それか、王妃様には呪いが効かないとか? ほら、今までもマーガレットみたいに傍にいても平気な子もいたわけだし」

「そうかも。このままいけば、いずれマーガレットが王妃になるしかないって話も出てたみたいだけど、この調子だと必要なさそうね」

「使用人から王妃になるなんて、まさにシンデレラストーリーだったのにね」

「マーガレットの身分で王妃なんて、分不相応が過ぎるんじゃない? これでよかったのよ」

「そうよね。あたしは好きよ、今の王妃様。いつも明るくて」


「っ……」

 休憩室に入ろうとしたマーガレットは、部屋の中でメイド達がしている噂話を聞いてしまい僅かに眉を顰める。


 ――悔しい。


 分不相応な夢だったことぐらい、自分が一番分かっていた。

 けれど彼を一途に思い続けたこの気持ちに、敵う者などいないはずなのに。

 身分なんてくだらない制度ではなく、愛する気持ちの大きさで選んで欲しい。

 そうすれば彼に相応しいのは紛れもなく自分だ。

 孤独な王でいることを選らんだ彼が、本当は寂しがり屋で人間味のある一面だってあることを自分は知っているから……。


「エドワード様に必要なのは、家柄の良いお姫様じゃない。本当に彼を心から想い愛してくれる存在なのに」


 メイド服の上からお守りのペンダントを握りしめ、休憩室に入ることなくマーガレットは立ち去ったのだった。



◇◇◇◇◇



 本日は夜から宰相たちとの会食である。リリアーナと夕食を取ることはできない。

 なにを出されても美味しそうに目を輝かせ食べる彼女の表情を、今夜は見られないのかと思うとエドワードは少し残念な気持ちがした。


「どうかなさいましたか?」

 僅かに表情を曇らせていたエドワードに気付いたのか、会食へ向かう支度を手伝ってくれていたマーガレットが心配そうに見上げてくる。


「いや、なんでもない」

 なんとなく、今考えていたことを他人に知られるのを気恥ずかしく思い、エドワードは咳払いをして誤魔化したのだが。


「……もしかして、王妃様のことでお悩みですか?」

 確かに考えていたのはリリアーナのことだが、悩みと言う程のことでもない。

 だから否定しようと思ったのだが、なにか答える前にマーガレットが言葉を続けた。


「わたくし……あの人は、エドワード陛下に相応しくないと思っています」

「なぜそう思う」

 自分の主に対しその王妃が相応しくないなどと、普通に考えて使用人が口にして良いことではない。

 それでも臆することなくマーガレットは続けた。


「陛下も、本当は違和感を覚えていらっしゃるのではないですか? 先日のお披露目会だって、派手な装飾品を身に付けてまるでそれをひけらかすように……もっと高価な宝石が欲しいと人前で強請っていらっしゃったでしょう? あんなの、信じられないっ」


 なんだ、そんなことかとエドワードは思った。

 事情を知らないマーガレットからしてみれば、心配になるのも無理はないが、あれは呪いの犯人を炙り出すため、わざと相手の嫉妬心を刺激するよう仕向ける為の作戦に過ぎない。

 普段のリリアーナといえば、全く豪奢な装飾品になどには興味を示さず、食べ物を目の前に並べてやった方が断然目を輝かせるぐらいだ。


「わたくしだけじゃありません。他のメイドたちも、みんな心配してるんですよ。自分は王妃なんだって、権力を振りかざしてくるあの人のこと」

「そう、なのか?」

「そうなんです! エドワード陛下の前と、わたくしたちの前では全然態度が違っていて! わたくしには特に、唯一のエドワード様付きのメイドだからか、当たりが強くて」

 マーガレットが瞳を潤ませ訴えてくる。

 リリアーナはマーガレットのことも呪いに関係していないか疑っていたし、自分の知らない所でもなにか仕掛けていたのだろうか。


「リリアーナの態度が行き過ぎていたならすまない」

「エドワード陛下が謝ることじゃありません!? 悪いのはあの人だけです!」

「マーガレット……どうか、彼女のことを悪く言うのはやめてくれ」

「え……」

「彼女は、オレを一生懸命支えようとしてくれているだけなんだ」


 確かにマーガレットが無実なのなら、呪いの犯人と疑われ色々嗾けられるのは、不快でしかないだろう。

 だが事情は説明できないので、やんわりと伝えるしかないことが歯痒い。


 本当は彼女がそんな人ではないことを、声を大きくして伝えたいのに。


「ご、ごめんなさい、わたくしったら……出過ぎた真似を」

 俯いたマーガレットの声が僅かに震えている。

 そんなつもりはなかったが、強く言い過ぎてしまっただろうか。


「こちらこそすまない。キミにはいつも感謝している。ありがとう、マーガレット」

「もったいないお言葉です……」

 俯いたままのマーガレットは、胸元のなにかをキュッと握りしめ、ただ静かにそう呟いたのだった。



◇◇◇◇◇



 夕方、部屋で読書をしていたリリアーナの元へ、エドワードが訪れた。


「まあ、どうなさったんですか?」

 今日は夜に会食があると聞いていたから、てっきり明日の朝まで会えないものだと思っていたのに。


「……一目リリアーナの顔を見てから出掛けようと思って」

「え?」

 きょとんとしてしまったリリアーナの反応を見て、エドワードの頬が若干赤らむ。


「いや、おかしなことを言って悪かった。なんでもない」

 エドワードは珍しく早口になり、慌てているようだ。

「つまり、特に理由はなく、ただわたしの顔を見に来てくれたんですか?」

「なっ!?」

 ただ受け取ったままの事実を口に出しただけだったのだが、リリアーナの言葉でエドワードは更に動揺を見せる。


「違いました?」

「……いや、違わない。どうも明日までキミに会えないのかと思うと、落ち着かなくて」

 諦めて白状するように告げるエドワードの言葉を聞き、リリアーナの顔が綻ぶ。

「会いに来てくれて嬉しいです、エドワード様」

「そ、そうか」

 そんなリリアーナの反応を見て、ようやくエドワードもホッとしたように肩の力を抜いた。


「エドワード陛下、急ぎませんと出発のお時間です」

 だが本当に顔だけを見に来る時間しかない程、今日のエドワードは多忙だったようだ。

 廊下に顔を覗かせれば、時間を気にしてか難しい顔をしているマーガレットの姿があった。


「ああ、そうだな。いってくる」

「会食、お気を付けていってらっしゃいませ」

「ありがとう」

 リリアーナの見送りに応えながらも、どこか名残惜しそうな雰囲気のエドワードは、廊下を少し進んでから足を止め振り返る。


「そうだ、リリアーナ。明日は時間があるんだ。よければ……城下町を案内しようか」

「まあ、楽しそう!」

 この国に来てから、まだ城の外を案内してもらったことはない。

 いずれ城を出るにしても、この国で生きてゆくことになる予定なのだから、城の外のことを知れるのはありがたい機会だ。


「喜んでお受けいたします!」

「そうか。では、明日」

 二人は微笑み合うと軽く手を振り、そしてエドワードは今度こそ会食へと向かったのだった。

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