第11話

 結婚式を終え、数日が過ぎた。

 あれからリリアーナとエドワードは、仲睦まじい夫婦を演じながら様子を見ていたが、これといった進展はみられない。

 彼女には呪いが効かないと悟られてしまったのか、呪詛を仕掛けられることすらなかった。




(このまま、なにも起きなければいいんだが……)


 いつものように、朝リリアーナと紅茶を飲みながらエドワードは考えていた。

 あんなにも恐れていた呪いの力もリリアーナには効かないようだし、これで呪いの元凶も諦めてくれたなら、彼女は本当にこの城を去る気だろうか。


 ならばそろそろ報酬の準備をと思いながらも、まだ解決したわけではない。だから、もう少しこのままでもいいのではないかと思っている自分もいる。

 なぜだろう……彼女と過ごす時間は、こんな状況でも穏やかに感じあっという間に過ぎていってしまうのだ。


 思い返せばここ数日、彼女との生活は驚きの連続だった。その中でも関心するのは、その鋼のような精神力だろうか。

 つねに何者かの呪いにより命を狙われている状態だというのに、のんびりマイペースにお茶を楽しみ花を愛で、こうして笑顔でエドワードとも会話をする余裕があるのだから。


 魔女である女性とは皆こんな感じなのか、それともリリアーナが特殊なのか、蝶よ花よと育てられたか弱い姫君しか相手にしたことがなかったエドワードにとって、リリアーナは異質な存在だった。


 怖くはないか、辛くはないかと何度かさりげなく聞いてみても、彼女はきょとんと首を傾げる。

 それどころか、みんな優しくて食事も美味しくて、とても過ごしやすい毎日だとこちらに感謝してくるぐらいだ。


「わたし、最初にこの国について調べた時、過去に魔境と呼ばれていた土地と知って、物語に出てくる魔界みたいな場所も覚悟していたので、こんなに平和な国だとは思っていませんでした」

「そう、か……」


 確かにリリアーナが生まれ育った国は、ここから大分離れているし、魔境と聞けばそんなイメージを持つのも無理はないかもしれない。


「オレも魔女とはもっと、その……おどろおどろしい存在かと思っていた」

 エドワードの言葉を聞いて、リリアーナはクスクスと笑う。

「真っ赤なルージュと長い爪に、漆黒のローブで黒猫を連れて、たとえば子供を生贄に魔族と交信するイメージとかですか?」

「ああ……」

 それは目の前の彼女とは掛け離れたイメージだったので、気分を害してしまうかとも思ったが、エドワードは正直に頷く。


「ふふ、実はわたしもエドワード様にお会いするまで、魔境の国王様だから、魔王みたいに牙とか角があって、もふもふの尻尾も生えていることを期待してしまっていました」

「なっ……そんなわけないだろう」

「ですよね」


 女神の加護を受ける血筋の末裔とはいえ、自分には特別な力などなにもない。

 呪いにも打ち勝てぬ無力な存在だ。

 彼女もさぞ幻滅したんじゃないだろうか。圧倒的な力を持つ魔王のような男を期待していたのなら。


「もふもふの尻尾を堪能できなかったのは残念ですが、わたしは初めて魔女であるわたしの力を必要としてくれる人に出逢えて、今とても嬉しい気持ちです」

「リリアーナ……」

 その言葉に嘘がないことは、彼女の表情を見れば伝わってきたが。


「だが、キミはとても優秀な人だ。今までだって、その力を必要とされる場面はいくらでもあったんじゃないのか?」

 のんびりマイペースに見えて、非常時には頭の回転が速く対応能力も高い。

 魔法という特殊な力は時に脅威でもあるが、彼女はそれを悪用するような心は持ち合わせていないだろう。

 エドワードの目にリリアーナは、そう映っているのだが。


「わたしの正体を知っても、そんな風に言ってくださるのは、今ではもうエドワード様だけです」

 そこで初めて、いつも明るい彼女の表情が少しだけ陰った気がした。

 触れてはいけない部分だっただろうか。


「わたしが育った伯爵家の家族たちは、みんなわたしの力を恐れ、身内に魔女がいるなんて知られれば自分たちの評判まで悪くなると怯えていました」

 確かに残念な話だが、この大陸にいる人間の大半は、魔女に対しそんな風に考えるだろう。魔女は人間とはみなさない。魔族と同等の存在と認識されているのだ。


「だからバレる前に殺せと、家の中で秘密裏に魔女狩りに遭う日々だったので」

 それに比べれば、ここでの生活は穏やかなものなのだと、リリアーナは苦笑いを浮かべる。

 今では笑い話だと言いたげに軽い口調で語ってはいるが、彼女の幼少期はエドワードには想像がつかないほど、過酷なものだったのかもしれない。


「さすがに小っちゃい頃は自分でも、魔女に生まれてしまった自分が嫌だったし、怖かったです」

 この城でも十分怖い目に何度も遭っているというのに、彼女がずっと飄々としていた訳がようやく理解できた気がした。


「でも、父だけは魔女として生まれてしまったわたしを、愛し認めてくれていました。そんな父と約束したんです。この力は、決して自分の欲や人を傷つけるために使ってはいけないよって」

 その言葉があったから、自分は意地悪な継母や腹違いの姉たちへの復讐に、この力を使うことはなかったのかもしれないと彼女は言う。


「いつか、わたしに大切な人が出来たなら、その人を守るために力を使いなさいって。その時きっと、魔女として生まれてきた自分を受け入れることができるはずだって」

「そうか……素敵なお父上だったんだな」

「はい、自慢の父です。だから、そんな父に恥じない娘でいられるように、わたしは良い魔女として生きたいです」


 エドワードは、表情にこそ出さなかったが内心感動してしまった。

 そんな境遇で育ったのに、腐らずこんなに真っ直ぐに育った彼女の強さに、気高さすら感じる。


「……ありがとう、リリアーナ。そんな大切な力を、オレのために使うと決めてくれて」

「いえいえ、解決後ののんびりスローライフのためでもありますから。今日も、気合をいれてがんばりますね!」

 リリアーナが屈託なく笑う。


 やはり全てを解決したら結婚を解消して、どこかでひっそり暮らすことを彼女は望んでいるようだ。

 そのために結んだ仮初めの花嫁という約束だった。


 魔女であるという特殊な事情から、彼女は一目を避けた生活を望んでいるのかもしれない。


 最初は呪いの件が解決するのなら、それで良いと思っていたのに……なぜだろう、解決後の未来を楽しそうに話す彼女を見ていると、少しの寂しさがエドワードの中に生まれた。

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