第3話

 結局部屋で夕食を取ったリリアーナを、オリビアは同情の眼差しで見ていたけれど、伯爵家では埃っぽい屋根裏部屋で一人食事をするのが通常だったリリアーナにとって、今の環境は文句の一つもなかった。

 それどころか、ごはんが美味しくてデザートまであって大満足だ。


 その後、暇を持て余したリリアーナは少しお散歩がしたいと頼んでみた。

 城に到着してから夕方までお昼寝していたので、少し動かないと夜眠れなさそうな気がする。


 オリビアは、さすがにリリアーナを町に出すわけにはいかないので、城の中庭に出てみてはどうかと提案してくれた。

 花壇もあり気分転換になるのではないかと。




 一人で中庭へ向かおうとしたリリアーナに、オリビアは最初付き添おうとしてくれていたが、他にも仕事があるようだったので、大丈夫だとそれを断り道順だけ聞き、一人城内を探検気分で歩き出す。


「ねえ、今回の花嫁様は、何日持つかしら」

「なにも起きないうちにって大臣たちが焦ってるから、すぐに式を挙げてしまうんでしょ」

「でも、結婚式前夜、つまり今夜あたりで……」


 ひそひそと回廊の物陰で、メイドたちが話し込んでいる姿が見える。

 花嫁という単語が出てきたことから、自分の噂をされているようだと察したリリアーナは、聞かない方がいいかと踵を返し立ち去ろうとしたのだけれど。


「もう死人を見るなんてあたしはごめんよ!」

「あたくしだって! はぁ……もういっそのこと、マーガレットでいいじゃないね。エドワード陛下の妻になるのも」

「あの子ぐらいよ、呪いの王を恐れずお側にいられるのは」


「呪いの王って、どういう意味ですか?」

「なにを今更、エドワード陛下の側にいる人間は、みんな死ぬっていう……きゃあ!?」

「は、花嫁さま!?」


 気になって噂話に加わったリリアーナを、メイドたちは一瞬受け入れ、けれど顔を見た途端青ざめる。


「い、今の話を聞いていたのですかっ」

「どうか、お許しください!!」

「あ、あの、それより呪いって」


 詳しく聞かせてほしかったのに、怯えたメイドたちは何度も謝罪の言葉だけを繰り返し、どうか今聞いたことは忘れてくださいと散り散りに立ち去ってしまった。


「う~ん……エドワード陛下の側にいる人間は、みんな死ぬ? 呪い?」


 なんとなく、きな臭い縁談話の詳細が見えてきた気がするが。


「まあ、いっか。今更考えても、結婚の取り消しなんてできないだろうし」

 自分には、もう帰る場所もない。

 だからあまり深く考えず、リリアーナはのんきに回廊から中庭へと出た。


 だが、そこには一名の先客がいたようだ。


「っ!」

 ふわりと夜風が運んできた花の香りが鼻腔を擽る。

 そこで中庭に一歩踏み出したリリアーナの気配に気がついたのか、花壇の前に佇んでいた長身の青年がこちらを振り向いた。


(わぁ……なんて綺麗な男の人)


 息を呑むような美貌の人物に、リリアーナは生まれて初めて出会った。

 金髪碧眼の青年は、おとぎ話の王子様を夢見る乙女の願望を具現化したような容姿とともに、神秘的な雰囲気を纏っている。


 名乗らずとも彼がこの国の主、エドワード陛下なのだとすぐに察した。

 彼もまた、身なりの整えられた見知らぬ娘と目が合った瞬間に、こちらを花嫁のリリアーナだと察したようだ。


 不愉快そうに眉を顰められ、やはり自分は歓迎されていないのだということがすぐに分かる。


「あの……エドワード陛下ですか?」

「……今すぐこの城を去れ」


 初めて婚約者に掛けられた言葉は、なかなかに冷たい声音の台詞だった。


 歓迎されていないとはいえ、正式に嫁入りが決まっているのに、去れと言われるとは思っていなかった。

 城の片隅の物置部屋でもいいので、置いてもらいたい。突然追い出されても正直困る。


 なんと答えたらよいものかと考えているうちに、エドワードはリリアーナの横をすり抜け立ち去ろうとする。


「ま、待ってください、わたしっ!」

 だが、慌てて呼び止めようと、リリアーナも来たばかりの中庭から離れようとした瞬間。


 ――ガッシャーンッ!!


 リリアーナの頭上から花瓶が落ちてきた。


「っ!」

「わぁ、ビックリしました」

 と、驚きを口にしつつも、リリアーナは冷静に頭上を確認する。

 しかし、ここから見える窓辺や屋上に人影は確認できない。今から追いかけても、すでに逃げた後だろうし。


「……怪我は?」

 さすがの物音に足を止め戻ってきたエドワードは、少し強張った表情をしているようだった。

「大丈夫ですよ。頭上から物が降ってくるのには慣れています」

「は?」


 伯爵家にいる時にも何度か同じ目に遭ったことがある。

 おかげで頭上からの危険物を察知し、軽やかに避けるスキルをリリアーナは身につけていたのだが、普通そんな令嬢はいないだろう。

 リリアーナの返答に、エドワードが困惑の表情を浮かべた。


「と、とにかく……この城から出て行け。オレはキミを愛することも、結婚するつもりもない」

「あ、お待ちください、陛下!」

 冷たく突き放すような視線を向けそれだけ言うと、呼び止めも聞かずに今度こそ彼は、リリアーナの前から去ってしまったのだった。


 国王陛下直々にそう言われては、これは婚約破棄というやつだろうか。それは困った。


「う~ん。じゃあ、せめて使用人として雇ってくれないかしら」

 さすがに異国の地に来た初日に放り出されるのは心許ない。

 

 出てけと言われたその足で、リリアーナはメイド長の下へ。直々に雇ってほしいとお願いに行ったのだが、なにを言っているのだと困らせてしまうだけに終わった。


 どうやらエドワードがなんと言おうと、この結婚は簡単にはなくならないらしい。

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