第16話 ヘタレ王子は、ポルシぇよりミラから始めるよろし。

運転しているのは王子だった。

ただし見るからにヘタレ。

人呼んでヘタレ王子。


ヘタレ王子の運転する赤いポルシェ718ケイマンは、

信号が青に変わってからガクンと振動して、

エンジンストップした。

F1で言うなら、エンジンストール。


あの様子だと、ミツションの坂道発進もおぼつかないだろう。

教習所に帰れレベルだ。


後にいたマフ⚪︎ア仕様の黒いヴェルファイアが

クラクションを鳴らしている。

当たり屋でなければいいが。


ヘタレ王子にポルシェはまだ早すぎる。

同じターボチャージャー付きの4気筒エンジンでも、

ヘタレ王子はダイハツのミラTR-XXアバンツァートR、

から始めるべきね。


1907年「発動機製造」と言う社名で創業した、

日本で最も古い量産型モビル・・いや自動車めーかー、

ダイハツ。


いまいち知名度は低いが、独自技術の鬼、

世界に逆らうが如く、

さまざまなよく言えば独自の、

マニアックな先見的技術を開発してきている。


1900年初期に振動が多すぎて失われた技術、

3気筒エンジンを復活させたのもダイハツだ。

今ではトルクに優れ街乗りに適した

3気筒エンジンは軽自動ではポピュラーなエンジンだ。


シャレード、コペンといった名車も

世に送り出している。

ただし、なぜか地味さは否めない。


その中でも

ダイハツミラTR-XXアバンツァートRとは、

ダイハツが軽スポーツの覇権を賭けて全力で開発した、

軽自動車だ。


おそらく、一方通行の多い、神戸の路地裏では、

ポルシェよりダイハツミラTR-XXアバンツァートRの圧勝だろう。

ただし、ドライバーがヘタレ王子でなければ。

あの様子だと、

一方通行侵入で3分でお巡りさんの餌食だ。


ヘタレ運転するポルシェ718ケイマンは、

よろよろと私の方に近づいてくる。

違う意味で私の全身は凍結して、感情が死んだ。


ヘタレ王子が最後の客かよ

もう、なんの感情も湧かない。


信号が青になり、なんとか再起動した、赤いポルシェ718ケイマンに乗る、

ヘタレ王子が今夜の”客#確信した私は、

郷田を振り切るようにポルシェ718ケイマンに向かって大きく手を振った。


「ごめんなさい郷田さん、正直とっても嬉しいご提案でしたけど。私の事情にあなたを巻き込みたくないの。”彼氏”が迎えにきたから私はここで♡」


”嬉しいご提案”、と言ったのは半分社交辞令で半分本当の気持ちだった。

こんな暴力男なのに、マッチチョな郷田が振った女より私の方に興味を持ったことが心の穴を少しだけ塞いだのは事実だったのだ。


しかしマッチョ郷田と一夜を共にすることがれば、

私は夜通しマッチョな肉布団に包まれ

マッチョのローコレストロールな生き血を啜り、

マッチョな心臓を喰らい、

マッチョ郷田と地獄のハイウイェーを、

一直線に進まずにはいられないだろう。


マッチョはどんなに性格が悪くても

世界の宝なのだ。


「ふざけんな」


さっきまで優しかった郷田が豹変した顔つきで口の中で小さくつぶやいた。

顔は赤く膨れて体が怒りで震えている。

怒ったマッチョも可愛い♡

続く















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