第15話 アヤカシイーターのハクビシン:2

 家族と別れ、住処が変わり果てた様相になろうともタマキの暮らしは続いていた。続けざるを得ないと言った方が正しいであろうか。どんな生き物であれ、最期の瞬間まで生き続ける訳であり、そのための欲求や本能が具わっているのだから。

 タマキは食べられるものを口にし、疲れれば安全な場所を作って眠った。焔を操る怪しげなテンの妖怪が目を光らせていたために彼自身の縄張りは小さなものであったが、その頃には食料を探す事には特に困らなかった。家族がいない事で取り合う事も減り、また彼自身も食料探しが上手になっていたからだ。

 狭く慎ましい暮らしではあったが、タマキも色々な事を学んだ。そのうちの一つが雷だった。雨や雲と共に時に現れる、とんでもない光の筋である。目もくらまんばかりの光と、地面が割れるのではないかという轟音を伴ったそれを、タマキは何度も目にしたのだ。

 のみならず、雷はタマキのねぐらのすぐ傍に落っこちた時さえあった。びっくりしたタマキが首を縮めていると、雷の落ちた場所には何やら異臭を放つ肉塊が転がっていた。焼け焦げたモノだという事はすぐに解った。すぐ傍にいる化けテンが火の玉を放った後に、そうなっているのを見た事があるからだ。焼け焦げていたのは獣だった。イタチなのかリスなのかは判らない。だが毛皮があって、四本の脚があったのは見えた。

 結局のところ、タマキはそれを口にした。野生の獣、それも親から独立した身分である。肉塊は焦げてはいたものの、食べられないものでは無さそうだった。であれば食べる事こそが今タマキが成すべき事であろう。

 さて夢中で肉をむさぼっていたタマキであったが、斜め後ろから視線を感じ、ハッとして振り返った。あの化けテンがいつの間にか傍にいて、タマキの様子を窺っていたのだ。肉を横取りされる! そう思ったタマキは唸り声をあげた。


――なに、俺は天性のだぞ。小僧の獲物をかすめ取るほどに落ちぶれちゃあいねぇよ


 冷徹で尊大な口調で化けテンはそういうと、そのままくるりと背を向けた。タマキはその化けテンの背中を眺めているだけだった。食事を続けたり、縄張りを侵してきた獣を追い立てたりする事をせずに、だ。

 気取った様子で立ち去ろうとする化けテンの言葉が更に聞こえてきた。


――小僧が見つけた肉。それは雷に打たれてくたばった獣だな。そう言うのが雷獣と勘違いされた事もあるらしいぜ。まぁ、小僧みたいなハクビシン自体が、そもそも雷獣の正体だと言われる事もあるみたいだけどなぁ


 ライジュウ……? 聞き慣れぬ言葉にタマキは首をひねった。ハクビシンやイタチやテンという獣の名前ならタマキも流石に知っている。しかしライジュウという獣の名は初めてだった。しかもそれが、タマキの正体であるなどとは。

 ライジュウって何ですか。気付けばタマキは化けテンの背中に問いかけていた。化けテンは振り返り、ため息をついたようだった。


――雷獣というのは妖怪の一種だよ。ああ、妖怪って言うのは普通の獣とは違う、変わった能力を使える一握りの連中の事を言うんだ。まぁ俺も、その妖怪の仲間になるんだがな。普通の獣が、こうして火を扱えると思うかい?


 化けテンはそう言って笑い、火の玉をフワフワと浮かべていた。だが、タマキの顔を見ると、真面目な表情に戻って火の玉を消した。


――話を戻そう。雷獣って言うのは雷の獣だ。雷と遊び、操る事が出来るんだよ。そいつらの姿は、俺たちみたいにテンに似ているとも、ちみっこいイタチに似ているとも、はたまたお前らのようなハクビシンに似ているとも言われているんだ。


 そこまで説明を行うと、化けテンは今度こそ足早に立ち去って行った。自分は雷獣に、雷を操る獣に似ているのだ。その事がタマキの心をわしづかみにしていた。

 そんなタマキが、おのれの意のままにまばゆい光や轟音を放つ技を習得している事に気付くまでには時間はかからなかった。

 自覚しているか否かはさておき、タマキもまた妖怪化していたのだ。

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