罠と採点基準

「罠だと?」


「僕らも一つ嘘をつきました。それについてはお詫びをします。その投書は元のものを少し変更しています」


「何……?」


「その文書、もともとは一ノ瀬康二の名前は載ってなかったのです。一ノ瀬、のところには一年生、とだけ書いてました。あなたがその文書をちゃんと読んでいたならすぐに気付いたはずです」


 灰野の合図を受けて、大久保は頷き、鞄からもう一枚、紙を取り出した。




『野球部の山崎、鳥飼、生田は煙草を吸っています。

 そればかりかその立場を使って、

 をパシリにして煙草を買わせています。

 これはイジメで、犯罪です。

 僕には彼らを裁くことができません。

 先生の力で彼らを裁いてください。』




「この文章だけでは一年生が誰なのか、一人なのか複数なのかさえ特定できません。もちろん、被害者が一ノ瀬なのかどうかも分からない。だからここで、ここまでの会話で、皆さんの前で、あなたの言質が欲しかった。


 今まであなたはずっと、4人に聞き取りをしたと言っていた。


 何故、この文書が指す一年生が複数ではなくたった一人で、しかも一ノ瀬だと思ったのですか」


「それは……そこに、名前が書いてあったから……」


 ダメだ、こんな事を言ってはダメだ。動揺している。動揺するな。


「さきほど言ったように、もともと名前は書いてありませんでした。しかしあなたは確かに言った。『四人に聞き取りをした』。おかしいと思いませんか?


 本当の投書には3人の名前しか出ていない。それをもとに調査をしたのなら、3人にしか話を聞けなかったはずです。そして、いじめや煙草を隠したい3人の上級生が、聞き取りの際に被害者の一ノ瀬の名前を出したりはしない。


 つまり、その文書だけでは3人にしか聞き取り調査ができない。4人目には辿り着けないんだ。


 あなたはどうやって名無しの一年生を特定したのですか?」


「それは……一ノ瀬も煙草を吸っているかも知れなかったから……」


 こんな言い訳はダメだ、すぐに突っ込まれる。


「動画を見た後ならそんな勘違いもしたかもしれません。しかしまさにその動画でも言っていましたが、康二は煙草を吸ったことがない。あなた自身も、喫煙者をここへ呼び出そうとした時に一ノ瀬は呼ばなくていいと言っていた。あなたが彼を喫煙者だと考える理由はない。


 いや、あるのかな? 僕らが知らないだけで、例えば、あのボヤの犯人探しの時に暴れ狂うあなたを抑えるため、彼が喫煙者を装って自首をしたとか? さすがにそんな、ヤクザの替え玉みたいなことは教育者がさせませんよね?


 そうなるといよいよ不思議だ。どうしてあの文書から4人目を探し出すことができるのか。あなたは喫煙者を把握していたのだから、そうか、もしかしたら4人目の喫煙者がいたのかな? では、それは誰ですか? いつの間にか行方不明になった、消えた喫煙者がいるとでも?


 ……いま言った通り、康二は喫煙者ではない。では、あなたが一ノ瀬康二に聞き取り調査をしたのはなぜか?」


 こいつは全部わかっていた。言い逃れできないところまで誘導して、4人目を何故知っているのか、問い詰めるつもりだったのだ。


「簡単なことです。投書がある前から、最初から知っていたんだ。あなたは康二が上級生の喫煙に付き合わされ、マネージャー代わりどころか召使のような扱いをされていることを知っていた。練習にろくに参加できず、準備と掃除と煙草の後始末に追われているのを知っていた。


 だから、『一年生』と書かれているだけでそれが康二のことだとわかった。そうして、あなたは四人目のに聞き取り調査をしたんだ。きっと、『いじめなんてないな?』と結論を押し付けるようにして」


 見透かされている。返事ができない。


「あなたは嘘をついた。いじめを告発する文書を受け取っていた。


 あなたは嘘をついた。3年生が煙草を吸っていることを知っていた。


 あなたは嘘をついた。一ノ瀬康二が部活で酷い扱いを受けていることを知っていた。


 あなたは全てを知ってて黙っていたのだ」


「卑怯者!」抑えきれずにさくらが涙声で叫んだ。


「残念です。信じたかったのに」大久保が嘆いた。


「大人の行いとは言い難いですね」ソファの老教授が呟いた。「野球ならスリーアウトでチェンジ、でしょうか」


「あなたは卑怯者だ」人差し指を突きつけ、晶が言い放つ。

「教職にありながら、生徒たちを無視していた。『煙草を吸っていようがいじめをしていようが知ったことではない、ただただ自分の面倒にならないようにしろ』そういうやり方だった。いや、やり方などとは言えない。これは悪質な職務怠慢だ。大人として責任を取ってもらいたい。


 校長、僕たちは告発します。彼は卑怯者で、怠け者で、非道徳的で、犯罪者だ。はたして教師として適切な人物なのか? 公正な判断をお願いします」





 ——特別加点対象——


晶たちが仕掛けた罠に気付いた(配点20)

⬜︎校長に提出された文書が、『名無しの探偵団』での「いじめのことも、康二の名前を伏せて書いた」という記述に矛盾することに気付いた。

⬜︎晶たちが文書以外で一ノ瀬康二の名前を出していないことに気付いた。

 以上をひとつでも満たしていれば加点。



 ——『模擬裁判』採点基準——

 

柳田の矛盾点を指摘した(配点20)

⬜︎上記の晶たちの罠に気付き、本来の文面だけで四人目を見つけ出すのが不自然だと気付いた。

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