少し早い夏の終わり
翌日。今日は曇り空で、雲の隙間から陽が漏れていた。夏の昼間を過ごすにはそれでもまだ暑い。
グラウンドに出ると、いつも通り監督がいた。なんだ何ともねーじゃねーかと3人で言い合っているところへ、柳田が呼び出しを受けた。校舎へ歩いていく後ろ姿を見ながら嫌な予感に耐えた。一ノ瀬は今日は顔も見せていない。他の部員は手持ち無沙汰になってキャッチボールを始めた。いつもなら3人はボスザル気取りで煙草を吹かせるのだが、今日は見張りに使っている一ノ瀬もいない。風が通る日陰のベンチで座って待つ。
1時間は経っただろうか。待ちくたびれた部員たちが今日は練習中止か、と話し始めたところへ柳田が帰って来た。改めて全員が整列して練習メニューの発表を待つ。
彼らの顧問が話したのは、喫煙者たちが恐れていたことだった。
「今学期で学校を辞めることになった。お前らには迷惑をかける。顧問は大久保先生に臨時で引き継いでもらう」
野球部員がざわつく中で、3人だけが静かだった。
「幸い、大久保先生の協力のおかげで中体連には出場できそうだ。練習メニューも引き継ぐから、当分は問題ないだろう。ただ、夏休み以降は野球部が残るかはわからん。本当に、お前たちには申し訳ない」
あの監督が頭を下げている。黒川が言った通りになった。
その日はそのまま解散となった。
部員たちが部室に戻っていくなか、呆然と立ち尽くす3人と柳田だけが動かない。四人ともそれが約束されたことのようにその場に残った。他に聞くものがいないことを確認してから、柳田が口を開いた。
「わかってるだろうが、お前たちはもう野球部には残れない。今のうちに退部届を書いておけ。あとのことは大久保先生がやってくれる」
何もかもがあの黒川凛太郎の言う通りだ。
「悪かったな」
この三年間で、監督が謝っているところは二度だけしか見てない。さっきのと、今のと。
「言うのが遅れたが、煙草は体に悪い。体の成長が止まるし、スタミナもなくなる。もしまだ何かスポーツをやるなら今はやめとけ。大人になってから好きに吸え」
3人は何も言えなかった。生田が何か思うところがあったのか、帽子を取って礼をした。あとの二人はその時も何もできなかった。
柳田は目を細めて、
「もう俺はお前らの顧問でも監督でもない。脱帽も敬礼もいらん。それじゃあな」
そう言うと、校舎へ去っていった。
「おい。マジになったな」
元顧問の背中を見送りながら鳥飼が口を開いた。
「信じらんねぇ」
生田は脱いだ帽子を被る気にもなれず、曇り空から漏れる日光を見上げる。
「俺、彼女には迷惑かけらんねぇ。もうやめとくわ」
「俺も。あいつらこえーよ」
元ピッチャーが帽子を地面に叩きつけた。
「ふざけんな。舐められっぱなしでいいのかよ」
一拍おいて、生田がため息をつく。
「じゃあ勝手にやれよ。またタマ潰されてもしらねーぞ」
「おまえ、親父さんの秘密を握られてるんだろ? 何か聞いたか?」
「聞けるわけねーだろ!」
鳥飼は彼の父親がとても家庭的とは言えない存在だと知っていた。元エースピッチャーはそんな父親の生写しだ。彼を見ていれば、自ずと関係性も見えてくる。
「……なぁ、やめとけよ。もうお前だけの問題じゃねえぞ」
「くそっ」
「お前が何かやったら俺たちまで巻き込まれる。気持ちはわかるけどよ。俺たちを助けると思って、我慢してくれよ」
その言葉がそのままの意味だと思うほど愚かではなかった。もうあと一歩、いや半歩もすすめば大人になるのだ。義務教育が終わり、ついに彼らの肩に少しづつ責任が載せられていく。わずかばかりの自由と引き換えに。
悪友たちの気遣いが、彼に夏の終わりを感じさせた。
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