8:儀式も終盤に差し掛かり

 ザクロが告げた次の儀式は私にとって容易いものだった。


「必要な儀式はほとんど終盤だ。その葉を焼いて灰を作る」

「なんだ。燃やせばいいのね」


 私があっさり頷いたからだろう。ザクロはきょとんとした。


「燃やせばいいって簡単に言うが、今君は道具を持たない状態だと思うのだが。無論、俺も火打石などの道具は持っちゃいない。それでどうやって燃やすんだ?」


 疑うような目を向けて声を掛けてくるザクロに、私は胸を張って返してやった。


「だーかーらっ! 私は文化調査員なんだって言ってるでしょ? 術くらい使えるわよ。でもって、炎系が一番得意なの」

「よりにもよって炎系か」


 何か嫌な思い出でもあるのだろうか。はぁっとため息をついて、ザクロはあからさまにげんなりとした態度を見せた。


「な、なによ。炎使いは便利なのよ?」

「火加減を調節できれば、だけどな」


 彼が何を気にしているのかわかった。炎の術はその影響範囲が他の術と違って広い。それ故に扱いが難しいとされている。火打石で起こした炎でさえ扱いに注意が必要であるように、術も同じ程度、いやそれ以上に注意が必要だ。彼はそう言っているに違いない。


「任せなさいっ! そこはもう完璧なんだから」

「じゃあ、その木の葉を燃して灰を残すくらいの芸当はできるんだな?」


 まだ疑っているらしい。私は大きく頷いた。


「できるわよ。その目でしっかり見てなさいな」


 術を使うための意識集中。周囲の空気がピリピリとしてくる。


「ちょ、ちょっと待て。俺が避難するまで術は待った」


 私が呪文を言おうと口を開いた瞬間、ザクロが待ったを掛けた。集中が途切れて、私は恨めしい気持ちのこもった視線を向ける。


「何で信用してくれないのよぉ。問題ないって言ってるのに」


 むすっとして私が言っているそばから、ザクロはさっさと遠ざかっていく。

 うっわー、本当に信用されてないんだ……

 かなりしょんぼりである。文化調査員として、一人の人間として認めてもらうために必死にここまで来たと言うのに、こんなふうに扱われるって――などと凹んでいると、角灯を持った手が揺れた。


「そうそう、灰は次の儀式で必要だからな! 必ず残しておくようにっ!」


 霧の向こう、角灯の光でザクロの位置を確認する。充分すぎる距離だ。そこまではなれないと安心できないと言うことか。

 ったく、失礼しちゃうわね……


「はーいっ! ちゃんと言われたとおりにしますって!」


 波立つ気持ちを落ち着けて、意識を集中。

 私は水滴を呑むのに使った若葉を片手に握り締め、そっと瞳を閉じて念じる。

 周囲を包む気配が変わる。私が練った魔力が空間に充ちてきているのだ。肌を焼くようなピリピリとした気配。それを一つに束ねるように丁寧に思考を纏め上げる。

 私は目を開き、目標を確認。呪文を唱えた。


「――草木よ、陽の関係に基づき爆ぜよっ!」


 ぼふっと空気が膨張し、手の中で小さな炎が生じる。すると一瞬で灰に変わった。炎に焼かれたと言うより、置換されたかのような様子だ。葉の形を保ったまま灰になったのを見てほっとしていると、遠くから声が聞こえてきた。


「おぉっすげーな。本当に火力を制御できる腕があるとは思わなかった」


 続いて拍手の音。霧でよく見えないはずだが、成功したかどうかはわかったようだ。


「だから言ったでしょ? 炎系は得意なんだって」


 ――まぁ、他の術はあんまりうまく制御できないんだけどさ。

 余計なことは言わないに限る。私は心の中で呟くにとどめておいた。


「で、この灰はどうすればいいの?」

「上に放り投げるんだ。その灰を浴びれば、次の儀式は完了する」


 遠く離れたままザクロは戻ってこない。角灯の位置は変わらず、彼の姿はその光によって作られた影でしかわからない。

 見てくれたっていいのに……せっかくこうも綺麗に灰になったんだから。

 不満ではあるが、いつまでも愚痴を言っていても仕方がない。私はしぶしぶ言われたとおりに次の儀式の準備に入る。


「了解。灰をかぶれば良いわけね」


 私は握っていた木の葉の形をした灰をぎゅっと握って粉々にする。そしてそれを思いっきり頭上に放り投げた。手のひらからパラパラと細かくなった灰が霧の中に紛れて飛び散っていく。


「無事に終わったわよ。ザクロさん、そのあとは?」


 手の中にあった灰が綺麗さっぱりなくなったのを確認すると、改めてザクロを見やる。

 私の考えが正しければ、これで炎系の術を使うための儀式が一巡したところ。赤の龍神様といえば炎使いのはず。それが関係するが故の儀式だったとするなら、今のでおしまいだと思うんだけど――

 角灯が映す影は、私に手を振っていた。


「よーし。ならば後は交渉するだけだ! 俺は遠くから応援してるぞ!」

「ちょっ!? それならそうと最初に説明してよっ! 結局心の準備、できてないんだけどっ!?」


 文句を続ける間もなく、昇り始めていたはずの朝陽が翳った。それと同時に肌がピリピリと痛む。現れた巨大な存在に反応しているのだ。


「うそ……」


 霧に映りこむとても大きな影。

 振り返ったそこには、長い髭を蓄えた頭と鱗で覆った巨体を持つ赤い龍神がいた。どこから現れたのかはよくわからなかったが、圧倒的な存在感は私の目の前から伝わってくる。燃え盛る炎のような瞳が私を捉えたまま、じっとにらみ合うような形で対峙することになってしまった。

 ってか、私はてっきりザクロが赤き龍本体だと思っていたのにっ!

 ちらりと背後に視線をやれば、ザクロの姿が角灯の光で影になっている。

 想定していた展開と違う……参ったわね。

 呼び出す儀式をしていたはずなのだが、こうもあっさり登場されてはどう対処するのが適当なのかわからない。冷や汗がだらだら流れて、今すぐ逃げ出してしまいたい心持だ。

 いや、逃げ出したくても逃げ出せないから話し合いの場を設けたんだった……

 覚悟を決めねば。

 私は深呼吸をすると、龍神に向かってまずは一礼した。

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