半鬼に助けられたので、怪異を全滅させます。

たまごごはん

第1話 怪始早々


 

 とても寒い東北の冬、降りしきる粉雪が何層にも積み重なり、今年一番の積雪量を記録していた。町内で格別に大きい屋敷、かつての大地主の面影を色濃く残した日本家屋で、真っ赤になっている熱線コンロの上の鉄瓶がしゅんしゅんと蒸気を部屋に撒いていた。


「鬼ノ門家の次期当主、緋護ひかるです。皆様、よろしくお願い致します。」


 

 言い慣れない敬語をずらりと座敷奥まで並んだ親族一同に披露した。今日は年末の一族会合だ。7歳になると、この会合で次期当主だの補佐だの、小難しい役職名を名乗りながら顔見せする決まりだ。ちょうど俺の挨拶が終わった時、襖がすっ、と開いて女性が「遅れてすみません。」と少女を連れて座敷の前の方に座った。冬の廊下の寒さが背中を覆うと同時に、頬の撫で伝うような、やけにひんやりとした感覚が座敷中に広がった。俺の隣で腕組みをする父がごくり、と唾を飲んだのが分かった。俺は父の引きつった口元を珍しげに眺めていた。女性が少女の斜め後ろに控え、少女に軽く合図を入れる。少女が発する。


「巫女見習いの穂花実ほなみです。よろしくお願い申し上げます。」


 俺は彼女の顔をその時初めてしっかりと見て、そして父と同じく唾を飲んだ。

 真っ白だった。表情が無かった。そして、はっきり見えた。ひんやりとした空気は彼女が発しているとてつもなく強い霊力だった。こんなにも目に見えて放つ霊力が充満しているのは初めて見た。俺はその少女に、確かな希望と、……怒りを感じた。








 ―10年後



「おい!足が遅すぎる!!」


「み、巫女服のままじゃ……!」


 息を切らす穂花実を、緋護が持ち上げる。


「わぁあ!!何するの!!」


「こんなんじゃ、怪異に逃げられちまうだろ!!」


 いや、離して、と言う穂花実を無視して、俵を抱えるように肩に乗せた緋護は、驚く程の速さで前方の怪異を追う。

 穂花実を担ぐ青年の髪色は深い赤色、短く整えられた前髪には同じく深い赤の角が生えている。両サイドにあるそれは彼が鬼である証拠に他ならない。

 あっという間に目的の怪異、『出出子斑』(デデコマダラ)に追いついた緋護は、穂花実を土の上に優しく置き、目の前の怪異へ向き直った。


「やっと追いついたぜ。」


 そして煽るように穂花実を一瞥する。息を切らしながら睨む穂花実の顔がグッと緋護の胸に刺さった。



 後ろの崖に追い込まれたデデコマダラは、短い手足を崖際の地面に食い込ませ、威嚇するようにうなっている。


「グギルルルル……」


 緋護がじりじりとその怪異に近付き、捕まえようと腕を伸ばしたその時。


「ギシャッ!!」


 デデコマダラは決意の叫びと共に崖下へ飛び込んだ。瞬間、キン…と空気が張り詰め、辺りが瞬く間に冷たくなった。


「捕まえた」


 穂花実が呟くと、冷たい空気が何本もの長い杭になり、怪異に突き刺さる。怪異は崖に飛び込んだ姿勢のまま、空中に霊力で串刺しにされた。


「さっすが俺の嫁さん!!」


 緋護の逞しい腕が振り下ろされた。鋭い爪で引き裂かれたデデコマダラは最期の叫びと共に動かなくなった。









「――危ないでしょ!?いくら緋護でも崖下に落ちたら死ぬよ!!」


「大丈夫!下に岩場あるの知ってるし!」


「それが崩れない保証は。」


「ン…まあ、それは……。すまん…。」


「……あと嫁さんとかいちいち呼ばなくていいから!」


「いいじゃん別に!嫁ちゃん!!」


「ちゃん、もだめ!」


 2人は仲良く喧嘩しながら、デデコマダラの死骸から取り出した『核』を小瓶に入れ、近くの村に帰ったのだった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半鬼に助けられたので、怪異を全滅させます。 たまごごはん @tamagonigohan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ