第34話 公主様の婚約

 公主様重傷の報を受けて本陣は騒然そうぜんとなった。

 急遽きゅうきょ、夏季特別実習は取り止めとなり、速やかに撤収てっしゅうが行われた。


 そして暴風タートルの被害は、公主様だけに留まっていなかった。本陣近くの森にも現れ、実習中だった生徒たちを襲ったそうである。その被害は本陣にまで及び、幸い死者こそ出なかったものの重傷者は出てしまっていたらしい。


 対応に当たった魅恩みおん教諭と風曄ふうか教諭は暴風タートルとの死闘の果てに敗北。一時、行方不明になっていたそうである。


 そして学園へ無事帰還した今も、その時の混乱は収まっていない。

 公主様重傷の責を巡って、大問題に発展してしまったためである。


 下院・一学年の夏季特別実習は中止された。

 代わりに、麒翔きしょうたちは自習という形で通常授業を消化している。


「しかし高級回復薬ハイポーションありとはいえ、一日で完治しちまうとはな。一体どんな回復力してんだよ」


 庭園の南東に設けられた吐息ブレス専用訓練施設。入口で律儀に自分のことを待っている公主様の姿を認めると、麒翔きしょうは苦笑してみせた。


 ――半日ほど休めたからな。歩けるほどには回復している。


 ただの強がりだと思っていた言葉が、今更ながらに誇張ではなく事実だったのではないかと思い知らされる。

 彼の軽口に、公主様は風になびく前髪を押さえるようにして応じる。


「私は人より少し治りが早いんだ」


 もしも半龍人の麒翔きしょうが同等の傷を負っていれば、高級回復薬ハイポーションありで一週間は完治までにかかっていただろう。純血の龍人でもその半分はかかるだろうから、やはり公主様の自然治癒力はぶっとんでいると評価せざるを得ない。


 分厚い石壁に囲われた吐息ブレス専用訓練施設へ入る。

 そこは殺風景な空間だ。岩が剥き出しの荒れた土のフィールドが視界いっぱいに広がっている。フィールドには横一直線に引かれた白線と、その白線から三十メートルの距離を置かれて突き立てられた鉄柱のまとが配置されている。


 鉄柱の伸びた先には吐息ブレスまととなるアダマンタイト製の円形オブジェクトが付いていて、更に的には魔導石まどうせきめ込まれており、魔法の保護障壁バリアを展開している。学生が全力で吐息ブレスを放っても簡単に傷つかないような仕組みが取られている訳である。訓練所を囲む石壁にも同様の処置が施されていて、狙いがそれても外部へ被害が出ることはない。


 的は全部で十あって、下院一学年総勢百五十名の生徒たちは、各列に別れて順番待ちをすることになる。自習形式なので教師の姿はない。すでに各列には順番待ちの生徒たちで賑わっていた。

 その列の一つに麒翔きしょう、公主様の順で並ぶ。すぐ背後に並び立つ彼女はもうすっかり元気になり、いつもの乏しい表情を浮かべながら、じっと麒翔きしょうの方を見つめている。とても瀕死の重傷だったとは思えない。

 死の淵から生還を果たした公主様が首を傾げる。


「桜華は一緒じゃないのか?」

「ああ、あいつなら他の友達と一緒だよ」


 桜華は仲の良い女子グループと一緒に他の列に並んでいる。

 そうしてくれるように麒翔きしょうが頼んだのである。公主様と二人きりになるために。


 麒翔きしょうは今日、自分の秘密を打ち明ける覚悟を決めていた。

 大事な話だ。二人きりの方がいい。そう言って頼み込んだのだ。


 それは麒翔きしょうにとってとても勇気のいる選択だった。打ち明けることで公主様の気持ちが変化するかもしれないという不安が常に付きまとう。むしろ、今までの経験からして、気持ちが変化しない方がおかしい、とさえ思う。

 しかしどんなに不安であっても、話しておかなければならなかった。過去の失敗を繰り返さないためにも、すべてを話した上で、しっかり彼女と向き合う必要がある。それが麒翔きしょうの誠意であり、過去を振り切るための第一歩なのである。


 カミングアウトの内容は、まず半龍人である事。それに伴い、学園の成績が落第すれすれの落ちこぼれである事と、適性属性が存在しない事。この三つの秘密を話すつもりでいる。なお、それらを公言することのできなかった根本的な原因については隠す気満々である。


みじめに捨てられたなんて恥ずかしくて言える訳がねえ)


 そんな小さなプライドなんて捨てちゃいなよ、と桜華には言われるかもしれないが、麒翔きしょうとて思春期なのだから、どうしても譲れない一線というものがある。自分に好意を寄せてくれる女の子に、格好悪いところは見せたくないのである。


 とはいえ、だ。

 これから別の意味で格好悪いところを見せる必要がある。

 そしてそちらの覚悟はすでに決めている。


 公主様に真実を語る上で一つだけ問題があった。

 それは彼女の麒翔きしょうに対する評価が、神を信仰するレベルで高いという点にある。どうやって彼女を納得させるか。難題である。


 そもそも、麒翔きしょうの剣術は――自分で言うのもどうかと思うが――かなりの域に達している。半龍人をカミングアウトするのは前提として、他の能力がゼロもしくは限りなくゼロに近いなどという言い分を果たして信じて貰えるだろうか。


 いや、厳しいだろうな――麒翔きしょうはそのように判断した。


 通常、龍人の能力は平均的に育つ。学園の授業もそのように組まれている。麒翔きしょうのように一点特化で尖っているケースは極めて稀なのだ。例え半龍人であったとしてもである。


 しかしだからこそ、この授業は渡りに船だった。


 麒翔きしょう吐息ブレスを放つことができない。龍人なら誰でもできる当たり前のことができないのである。修練すれば上達する類の話なら麒翔きしょうはいくらでも練習を重ねただろう。しかし、これは生まれついての才能であって、努力でどうこうできる話ではなかった。なので、普段なら列に並んだりせず、生徒たちの練習風景をただ傍観するだけなのだが、今日ここに至っては事情が違った。


(そう。吐息ブレスを放てないところを直接見せればいいんだ)


 大勢の前で恥をかくことになるがそれは仕方がない。

 そのそしりを受ける覚悟はできている。


炎火エンカ!」


 隣の列の女子生徒がてのひらから火炎を射出させる。あれは火属性の吐息ブレスである。見事、的に命中させてガッツポーズ。

 その更に三つ隣では、ちょうど桜華の番が回ってきたらしい。彼女は掌を水平に掲げると高らかに命じた。


「貫け、灼閃シャセン!」


 掌から射出された光の線が的の中心を射抜く。魔法障壁を貫いたのか的からは煙が上がる。おお、と周囲から歓声があがる。後ろからも感嘆の声がした。


「光属性の吐息ブレスだな。やるじゃないか桜華」


 普段は抑揚よくようの少ない公主様の声に感嘆の響きが含まれていた。

 麒翔きしょうも嬉々として同意する。


「あいつ普段はああでも、やるときゃやるんだ」

「そうだ。桜華は優秀で見る目もある。だからあなたと一緒にいる」

「ないない。あいつは優しいから同情して一緒に居てくれるだけだよ」

「そんなことはない。桜華を見くびるな」


 そこでようやく後ろに並ぶ公主様の機嫌が悪くなっていることに麒翔きしょうは気が付いた。睨みつけるようにこちらをじっと見つめている。

 え? さっきまで普通だったじゃん。と麒翔きしょうは内心で慌てた。


(すでに空気が悪いとかバッドエンドコース確定では?)


 作戦失敗の旗印が脳裏に浮かび、ぶるると身を震わせる。

 そして気まずい空気のまま、とうとう麒翔きしょうの順番が回ってきた。

 しかし事がここに至って初めて、致命的な問題に麒翔きしょうは気が付いた。


吐息ブレスを出す時の掛け声はどうしたらいいんだ?)


 吐息ブレスは六属性[火/水/土/風/光/闇]の内、自分に適性のある属性のエネルギーを射出する特技である。それぞれの属性に対応して[炎火エンカ/冷止レイシ/地活チカツ/風牙フウガ/灼閃シャセン/呪蝕ジュショク]と六種類の吐息ブレスに分岐する。


 そこで問題となるのが麒翔きしょうに適性属性が存在しないという問題である。


 適性属性がないので属性エネルギーを射出する吐息ブレスを使うことができない。という理屈なのであるが、そうすると吐息ブレスを出す時の掛け声も何と言ったらいいのかわからない。となると、無言のまま掌を構えて「うんうん」唸っているだけの人が出来上がるわけで。


 やばい絵面えづらである。


 適当に「炎火」とでも言っておけばいいかと投げやりに考えたところで、周囲がざわめいている事に気が付いた。


「あの人、何をグズグズしてるのかしら」

「ほら、アレよアレ。出来損ないの」

「ああ。卑しい人間の血を引いた」

「剣術が出来るからっていい気になってるらしいわよ」

「アタックした子もいたんだけど、まったく相手にされなかったって」

「なにそれ調子に乗ってるの? ムカつく」

「それにしても邪魔よね。なんで今日に限って並んでるのかしら」

「隅っこで大人しくしてろってんだ邪魔くせえ」

「公主様もなんであんなのと一緒にいるんだろうね」


 あちこちから悪意のある言葉が向けられる。ひそひそ声のものもあるし、大っぴらに聞こえるように話している者までいる。

 麒翔きしょうにとってはいつものことだが、しかし決して気持ちのいいものではない。


 拳を強く握りしめる。


(駄目だ。冷静になれ)


 かぶりを振って高まった戦意を振り払う。今重要なのは、公主様に己の実力、負の側面をすべて開示すること。夢見る乙女の目を覚まさなければならない。


 所定の位置。石灰で引かれた白線まで歩み寄る。


 と、不意に良い匂いが鼻先をかすめた。

 背中には柔らかい二つの感触。腰には白磁のように白く細い腕が回されている。長い黒髪が風に揺られるたび、女の芳香ほうこうが漂い鼻腔をくすぐる。状況の変化に思考が付いていけず、後ろから抱き着かれたことにすぐには気付けなかった。

 女子生徒たちから黄色い歓声があがるが、麒翔きしょうの耳には届かない。届いたのは、耳元で囁く公主様の声。


「なぜ、自分をおとしめるような真似をする」


 頭一つ低い彼女の口から漏れる甘い吐息といきが、麒翔きしょうの首筋をぞわりと甘美に刺激する。ただそれだけで思考力を奪われかける。


「なぜって――」


 それは――

 しかしその先は言葉にならない。代わりに先を引き受けたのは公主様だった。


「本当の自分を知ってほしいのか?」

「――――――っ!?」


 思考を読んだかのような発言に、麒翔きしょうの心臓は苦しいぐらい大きく跳ねる。言葉を発すことができず、ただ驚愕きょうがくに目を見開いた。

 耳元に甘い吐息といきが送り込まれる。


「その必要はない。全部知っている」

「全部?」

「そう全部だ。桜華に全て聞いた」


 思考停止一歩手前――鈍っていた麒翔きしょうの脳は突如息を吹き返し、遅れを取り戻すべく高速処理を始めた。しかし、それは冷静とはかけ離れた混乱の極みであった。


(全部ってどこまでだ? 全部と言ったら全部か? いや全部ってなんだ。桜華め、どこまで話した。半龍人であること? 吐息ブレスが使えないこと? それとも――)


 自らの恥部を口にすることは、心の中でさえもはばかられた。

 すべてを包み込むように公主様の甘い声が言う。


「あの夜。決闘の最中、かつてのあなたは言った。自分を大切にしろと。おまえの価値はそんなものじゃないと。あなたがあの時、私に感じた不条理を、今、私もあなたに感じている。ようやくあなたの気持ちを理解することができた」


 ああ、そうだ。あの夜、麒翔きしょうは確かに不条理を感じた。


 学生の身分での習得は難しく、なかなかお目に掛かれない《剣気》を女子の身でありながら身に着けた才能。更には上院の首席であることから、剣術以外の成績もかなりの腕前であることが予想される。そして美人という表現では到底足りない絶世の美貌まで持っている。その価値は計り知れないものであるはずなのに、自分を安売りし、投げ捨てるような姿勢に憤り、その間違いを正すために麒翔きしょうは決闘に応じた。自分なんかとは違っておまえには価値があるだろ。そう思ったから。


 それと同じ不条理ものを彼女も感じている。

 それは麒翔きしょうのことを大きく評価しているということ。真実を知った上でなお、その可能性を信じ抜いているということ。だが、その期待は同時に重荷でもあった。


「残念ながら俺は黒陽おまえとは違う。桜華から聞いたなら知ってるだろ。俺は吐息ブレスを撃てない。出来損ないの半龍人なんだぞ」


「ならばキスをしろ」

「は?」

「ならばキスをしろ」


 大事なことなので二度言いました的な発言に、麒翔きしょうは思わずツッコミを入れる。


「いや、文脈おかしいからなそれ!?」


 ぎゅっと背中に押し付けられる胸の感触が強くなる。それだけで平静を装うメッキは剥がれ、完膚無かんぷなきまでに封殺される。押し当てられた胸から、全力疾走したかのような大きな鼓動が伝わってくる。


接吻せっぷんを交わして婚約とし、ちぎりを結んで婚姻とする」


 詩をむようによどみなく言葉がつむがれる。


「私の心変わりが心配なら、今この場で婚約を結んでしまえばいい。下院の一学年全員が証人だ。決してにはできない」


 桜華は本当にすべてを話していた。

 己の恥部をさらけ出していたことの衝撃に麒翔きしょうの顔面は発火する。

 が、発火の原因はそれだけではない。


 全て承知の上で受け入れようとしてくれるその包容力。その龍人女子らしからぬ姿勢に雷鳴のような感銘かんめいを受けた。そして何より公主様の本気、その覚悟がどれほどのものなのか、もうすでに十分実感していたはずのそれを、更に強く心に刻み込むことができた。瞬間、はっきりと彼女を恋愛対象として認識していた。発火の大部分はその時発生した熱によるもの。


 同時に押し寄せてくる自責の念。


(何やってんだ俺は。情けねえ)


 釣り合わないと勝手に決め付けて拒絶して、それでも自分を信じようとしてくれる女の子相手に意地になって突き放して。彼女の本気を知りもしない癖に。


 だったらどうする。彼女の本気にどう報いる。


「黒陽……、俺は。俺もおまえのことが――」


 なんとか言葉を絞り出そうとした。


 だが、盛り上がったいい雰囲気をぶち壊す者が現れる。その人物は列をかき分けて悠然と歩み寄ると、下卑げびた笑みを張り付かせ、片手をあげた。空気を読めないことに定評のあるカエル顔の男子生徒である。


「よお、熱いじゃねえかお二人さん。それにしてもこんなところで抱き合うなんて、公主様ともあろうお方が名節めいせつを軽んじるとは嘆かわしいねぇ」


 龍人女子は尻軽女のように見えるかもしれないが、貞操観念だけはしっかりしている。嫁ぐまで決してその身を捧げないのは当然として、好きな相手であっても必要以上に肌を晒すことは恥と考える。そして年頃の恋人同士が当たり前のように交わすキスでさえ、余程の覚悟がなければすることはない。


 そのような事情からも公主様の覚悟が伝わってくるのだが、問題はその龍人女子としての美徳を公主という立場でありながら、汚してしまっている点にあった。名節が汚れれば、女としての価値が大きく損なわれる。それが龍人族の常識。絶対の規則ルール。公主という高貴な身分だからこそ、その負の影響は計り知れないほどに大きい。下手をすれば引く手あまたの縁談がすべてなくなる可能性すらある。


 と、背中から温もりが離れて行くのを感じた。腹に回されていた腕がほどかれ、体が自由となる。振り返ると目が合った。その瞳は潤んでいたが、口元は強く引き結ばれている。彼女は小声で「任せろ」と言った。そして公主様は、龍人としては珍しく顔まで醜いその男へ向き直る。


愚鈍ぐどんだったか」

愚呑ぐどんだよ! 鈍いほうじゃねえ!」

「ああ、すまん。イメージにぴったりなので間違えてしまった。許せ」

「てめぇ……」


 険悪な気配が増していく。突如として始まったラブストーリー。キャーキャーと歓声の湧く桃色だった場の雰囲気もいつしか静まり返っていた。


「喧嘩売ってんのか。上等だよ。また勝負するかぁ? 公主様」

「私は構わないぞ。どうする。吐息ブレスで競うか?」

「よーし、それでいいだろう。おまえが負けたら……へへ、わかってんだろな」

「なにをだ。気持ち悪い笑みを向けるな」

「この前と同じだ。なんでも言うこと聞くって話だよ」

「ああ、それは無理だ」


 その即答に、麒翔きしょうは彼女の変化を感じ取った。


「なぁにぃ? 自信がないのか。あぁ?」

「自信の問題ではない。私はもう自分を安売りしない。そう決めた。それに」彼女は麒翔きしょうの腕を取り、自身の胸へ押し付ける「私がこの身を捧げる人はもう決まっている。それはおまえのような心まで醜い男ではない」


 先ほど、麒翔きしょうが感じた不条理をその気持ちを理解したと公主様は言った。だから二度と麒翔きしょうが悲しまないように改善をしてみせた。「私にもできる。だから、あなたも変わってくれ」そう言われた気がした。


「てめぇ……この俺が、その出来損ないより劣るだとぉ」


 愚呑が前傾姿勢を取る。今にも襲い掛かってきそうな構え。麒翔きしょうも腰を落とし、有事に備える。もしも公主様を傷つけるつもりなら容赦はしない。その時は、思い切り拳を叩きつけてやる。

 その決意を知ってか知らずか、公主様は凜然りんぜんとした視線を崩さない。


「先ほど、名節が汚れると言ったな。結構なことだ。周りにどう思われようとどうでもいい。汚れた女だと罵られようが関係ない。麒翔きしょうだけが知っていればそれでいい。私の嫁ぐ先はもう決まっているのだから」


「はぁん、わかったぞ。本当は自信がないんだろ。勝負に負けるのが怖い。だから無能として生まれた半龍人を庇うフリ――」


 予備動作なしに公主様が掌を愚呑へ向けた。そして――


「消え失せろ。呪蝕ジュショク!」


 轟音ごうおん

 麒翔きしょうたちの並んでいた列のまとが跡形もなく吹き飛んだ。突き立った鉄棒の先が綺麗にえぐり取られている。公主様は発射の寸前に対象を愚呑から的へと変更していた。誰もが愚呑に向けて発射したと誤認したに違いない。


「誰が負けるって?」


 腰を抜かして尻もちをついた愚呑の前へ仁王立ちし、公主様は底冷えするような冷たい声で超然ちょうぜんと言い放った。


「半龍人だからなんだ? 吐息ブレスが使えないからなんだ? 足りない部分は補い合えばいい。吐息ブレスが使えないというのならこの私が代わりに使ってやる。威力は今見た通り、私は優秀だ」


 足りない部分は補い合えばいい。思い出されるのは獣王の森での一件。あの時は、黒龍石並みに硬い魔物を相手に、公主様が魔術で足止めし、その間に《気》を練り上げた麒翔きしょうがトドメを刺した。公主様だけでは決定打に欠けていたし、麒翔きしょうだけでも打ち込む隙を突くことができないまま、倒せなかっただろう。公主様の助力があったからこそ十全に力を発揮し、勝利を掴むことができた。


 公主様は戦意喪失した愚呑への興味を失い、寄り添う麒翔きしょうの顔を上目に見上げる。そして打って変わって控え目な口調で提案する。


「と、思うのだがどうだろうか」

「黒陽、おまえって奴は本当にいい女だな」


 釣り合わないとはもう言わない。


「俺にはもったいないぐらいにな」


 容姿端麗、成績優秀。状況判断能力に優れ、強敵を前に臆することなくその身を戦いに投じることができる。そして何より尊いのはその気高い精神性。


 その小さな肩と細くくびれた腰に手を回し、抱き寄せる。

 吐息といきを互いの肌に直に感じる至近距離。二人の唇が引力に惹かれるように引き寄せられる。


「俺のモノになれ。たしか以前に同じことを言ったな」

「ああ、あれには驚いた」

「だが、今回は本気だ。もう離さない」

「望むところだ」


 公主様が背伸びをした。二人の唇が合わさった。

 その日、公主様は婚約した。






 ―――― 第二章 終 ――――




【第三章 予告】


 公主様と正式に婚約したことによって、麒翔の学園での地位は本人の知らないところで勝手に高まっていた。そして正式な婚約は、ハーレムを作るための大義名分を公主様に与えることにもなった。早速、ハーレムを作ろうと画策しだす公主様。慌てて止めようとする麒翔。彼らの関係は相変わらずで、二人の距離はキスより先に進んでいない。


 そんな状況だったから、公主様は不満だった。照れ屋の彼に、恋人がするような愛情表現をしてもらいたい。そう願った彼女は、一計を案じることに……


 すべてを欺き、利用する。その驚愕の方法とは……!?


 そして解決したかに思われた事件だったが、実はまだ終わっていなかった。アリスがなぜ毒キノコを「おいしい」と評したのか。その真の理由を知った時、麒翔の日常は一瞬にして非日常へと塗り替えられる。愛する公主様を守るため、彼は姿の見えぬ殺人鬼を探すことに。



 NEXT

「第三章 公主様に愛を叫ぶまで」


 お楽しみに!




 現在、第三章を執筆中です。

 完成次第、少しずつ投稿をしていきますのでしばらくお待ちください。

 その間、場つなぎを兼ねて閑話を投稿しようと考えています。


 また、執筆のモチベーション向上に繋がりますので、フォローや評価(★)を頂けると嬉しいです。再開時には、近況ノートの方でもアナウンスさせて頂きます。


 では、また第三章でお会いしましょう。

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