第2話 最強種「龍人族」の学園

 この世界には数多くの人種が存在する。


 人間族、獣人族、エルフ族、小人族、ドワーフ族、巨人族、妖精族、有翼人と多肢に渡るが、その中でも最強と目される種族がある。それは。


 ――龍人族りゅうじんぞく


 龍の末裔まつえいである彼らの肉体は強靭きょうじんにして頑健がんけん、力も強い。更に、高水準の魔術耐性、並びに状態異常耐性を持っている。中でも特に、火炎、冷気、毒への耐性は無敵に近い。そして容姿は限りなく人間に近く、美男美女が多い。


 そんな恵まれた種である龍人族の運営する学園がある。その名は。


 ――中央龍皇ちゅうおうりゅうこう学園。


 学園名は中央。龍皇は管理者の爵位しゃくいを表す。

 龍皇は人間でいうところの皇帝に相当し、つまりこの学園は、皇帝直轄ちょっかつの学び舎ということを意味している。


 中央は言わずと知れた名門であり、有力貴族の令息・令嬢が多数在籍している。


 広大な学園の敷地は二つに別れており、それぞれ成績に応じて住み分けがされている。それは成績上位者150名による上院と呼ばれるクラスと、成績下位者150名による下院と呼ばれるクラスで構成され、計300名が一学年の定員である。なお、三年制であるため、全校生徒は900名となる。また男女比率は1:5であり、一学年ごとに男子は下院で25名、上院で25名の計50名となる。


 学園は実力至上主義を標榜ひょうぼうしており、上院の生徒には手厚い待遇が約束されている一方で、下院の生徒は冷遇されている。上院と下院で敷地が区別されているのも教育方針の一環であり、利用可能施設が大きく異なるのだ。


 実力至上主義的な考え方は、学生の間にも自然な形で浸透している。冷遇される下院の中にも生徒主導のもと階層ピラミッドはあって、実力のある者ほどカースト上位に君臨し、生徒たちからの羨望を集めている。しかしその一方で、実力のない者はカースト下位に位置付けられ、蔑まれる対象となるのだった。


 そしてそんな中、誰もが馬鹿にするヒエラルキーの底辺。300人中、300番目という順位にその少年はいた。


 女教師ににらまれ、萎縮いしゅくしていた少年の姿はもはやどこにもない。


 運命を受け入れないと決めたあの日。運命と戦うと決めたあの日。

 あの日を境に少年は少しずつ変わっていった。


 温和だった性格は次第に好戦的なものへ。


いやしい半龍人はんりゅうじんめ。龍人の才能全部ママのお腹の中に忘れてきたんじゃないか」

「持論は自らの手で証明するべきだ。そう思うのなら、試してみるか?」


 男子生徒から挑発を受ければ、下手したてに出ることなく毅然きぜんとした態度でのぞむようになった。下手に出れば余計に相手を調子づかせるだけと学んだからである。その結果、殴り合いの喧嘩になったことが何度もある。


 またある時には、女教師に嫌味を言われたこともあった。


「自主的に学園から去るべきだとは思いませんの?」

「思いませんね。落第したその時は退学処分にすればいいんじゃないですか」


 涼しい顔をして言い返してやった。女教師は歯噛みしていた。


 そして月日は流れ、三ヵ月が過ぎた。


「よっしゃ! ざまぁーみろ! やってやったぜ」


 下院に割り振られた小さな庭園。

 新緑の中に設置されたベンチに背中を預け、麒翔きしょう痛快つうかいに空を見上げる。

 その手には一学期の成績通知書が握られている。


 ――――――――――――――――――

 一学年・一学期成績


 〇必修科目

 ・剣術 …… 最優

 ・吐息ブレス …… 不可

 ・弓術 …… 良


 〇選択魔術

  ▽単一属性魔術から一教科選択

  ・火属性魔術 …… 不可


  ▽共通魔術から二教科選択

  ・共通魔術式概論   …… 不可

  ・共通魔術(基礎編) …… 不可


 〇総合評価 …… 可

 ――――――――――――――――――


 中央の成績は「最優」「優」「良」「可」「不可」の五段階評価となっている。

 総合評価で「不可」を取ると落第となり、退学処分になることがある。


 共通魔術とは属性魔術を発展させ、独自性を持たせるための応用学問である。例えば、火魔術に共通魔術である結界魔術を組み合わせると、炎で出来た結界を張ることができる。このように龍人は得意とする属性を伸ばして成長していく。


 残念ながら麒翔きしょうには適性属性がないので、魔術は軒並み「不可」とされた。また、自らの属性エネルギーを口もしくはてのひらから射出させる龍人固有の特技・吐息ブレスに関しても、使用することができないため同様に「不可」とされた。


 しかしそれよりも、特筆すべきは剣術の成績である。「最優」は最高評価に相当するのだが、この成績は上院も含めた総合的な評価である。そして「最優」を取得できるのは上位十名まで。つまり、剣術に限って言えば、上院でも十分通用すると認められたわけである。


 だが、その誉れ高き栄光でさえ、麒翔きしょうにとってはどうでも良いことだった。

 最も大切なことは。


「無事に進級ラインを突破できたってことだよ!」


 無能の烙印を押されたあの日。


 下院を統括する六人の女教師たちは、麒翔きしょうに退学するよう正式に要求を突き付けてきた。しかし、生まれついての才能が運命だというのなら、全力で逆らってやると決めたあの時から、麒翔の覚悟は決まっていた。蔑まれようともののしられようとも、嘲笑ちょうしょうされようとも。心は決して屈しないと。石にかじりついてでも学園に残ってやると。


「お断りします。退学になるような校則違反は犯していないはずですよ」


 気弱な少年が反論するとは思っていなかったのだろう。女教師たちは面食らってすぐには反論が浮かばないようだった。「恥を知りなさい」という金切り声が聞こえてきたが、麒翔きしょうはこれを無視した。


 上院の本校舎に設けられている学園長室。

 豪奢ごうしゃな調度品で飾られたその部屋は険悪な雰囲気に満ちていた。

 そんな中、沈黙を破ったのは学園長の青蘭せいらんだった。彼女は光沢の浮かぶ執務机に両肘りょうひじを置いて、組んだ手の甲を限界まで反らしながら口を開いた。


「いいでしょう。残りたいというのなら残ればよろしい。ただし、落第するようなことがあれば退学処分とします。いいですね」


 この時より、落第することなく無事二年生へ進級することが麒翔きしょうの目標となった。そして今、その目標は第一関門を突破した。


「くうう! 人間やりゃなんとかなるもんだな。人間なの半分だけだけど」


 軽口を叩いてみせるが、悲しきかな独り言である。

 ベンチに背を預け、もう一度空を見上げて伸びをする。

 太陽光が焼くように目を刺した。


 現在は昼休み。

 多くの生徒が集団で行動する中、麒翔きしょうはぼっちを貫いていた。


 庭園のそこかしこでは、男子と女子の複合グループがお弁当片手に談笑している。人間の社会では男子は男子、女子は女子で固まるのが一般的だ。龍人のそのスタイルは人間社会で育った麒翔からすると、奇異きいに映る。


 麒翔きしょうは人間の父と龍人の母から生まれた、人間と龍人のハーフである。生まれは人間の都市・アルガント。生家せいかはアルガント郊外にある小高い丘にある小さな家。父親は麒翔が生まれる前に他界しており、そのため、十五になり学園に通うようになるまでは母一人子一人の母子家庭で育てられた。


 そのため、龍人族の習慣や文化、常識には慣れていない。

 だから初めてその習性を知った時は、大きな文化的衝撃カルチャーショックを受けたものだった。復習するように口に出す。


「家という概念は存在せず、群れを作って生活する。若い群れは1~2人の男と4~5人の女から構成される……だったか」


 まるでライオンのようだな。と、心の中で付け加えた所で、耳元に吐息といきが差し込まれた。ぞわわっと背筋が粟立あわだつ。


「おやおやー? とうとうしょうくんも群れを作ろうって気になったのかな?」


 振り向くと、そこには短く揃えた栗色の髪を揺らす少女・桜華おうかが、にんまり笑みを浮かべて立っていた。彼女は中央の制服――龍衣りゅういに身を包んでいる。東方の着物とも呼ばれるそれは、赤と白を基調としたデザインでえりそでに金糸の刺繍が施されいる。上院のものと比べると華やかさに欠けるのは仕方がない。


 一方、麒翔きしょうも同様に龍衣を着ているが、こちらは男子用のデザイン。青と白の布地に刺繍は銀糸ぎんしが使われている。女子生徒用の龍衣とはデザインも若干異なり、袖の遊びが少なかったり、はかまの丈が短めであったりと、実用性重視の側面が強い。


 袖から覗く白い手を口元に当ててくすくす笑う桜華に、若干気分を害されて麒翔は口を尖らせる。


「俺はしがない一般庶民だから群れハーレムになんて興味はねーよ。第一、落ちこぼれの俺の群れに入りたい奴なんていねーだろ」


 上半身をかしぎ、桜華が覗き込んでくる。


「それはどうだろう?」

「じゃあ、桜華おまえが入るか」

「それはパスッ!」


 にししと笑って桜華が即答した。

 落ち込んだりはしない。元々、桜華とはこういう関係だ。


「それにしても本当に変わった奴だな。学園一の変人という称号をくれてやろう」


 龍人女子は、強い男を好きになる。なので理屈の上では、学園で一番成績の悪い麒翔きしょうを好きになる女は存在しないということになる。どころか、自分より力の劣る男など存在する価値もないと考えるのが、一般的な龍人女子の思考なのだ。まさに論外。言葉を交わす価値さえないのである。


「だというのに、桜華おまえときたら。毎日毎日絡んできて暇人か」


 しかも桜華おうかは、下院に在籍する女子生徒の中では、学年五位の優等生である。確実にカーストは上位に位置しており、落ちこぼれの麒翔きしょうを気に掛けるような身分ではない。同じく成績上位の男子生徒とくっつくのがお似合いなのである。

 そのはずなのだが。彼女は当たり前のように言う。


「だって翔くん。一人だと寂しくなっちゃうでしょ」

「んな訳あるか。今だってぼっち街道まっしぐらだったんだぞ」

「はい、ダウト!」


 龍衣の袖から健康的な白い腕が覗き、ビシッと指先が突き付けられる。

 麒翔きしょうは少しばつが悪くなり、さりげなく視線をそらした。


「まあ、感謝はしてるさ。桜華おまえのおかげで立ち直れたしな」


 立ち直るきっかけが龍王樹の下で出会った少女にあったとすれば、立ち直るための原動力――元気を分けてくれたのが目の前の少女・桜華おうかだった。

 二人は普段から軽口を叩き合うような仲であり、その間柄は友人である。ただし、彼女は恩人でもある。その恩を否定することだけは、天地がひっくり返ってもできそうにない。


「わかればよろしい!」


 笑みを浮かべそう言った桜華が、袖をぐいっと持ち上げるように引っ張ってきた。どうやら立てということらしい。


「今度は何だ。弁当でも買いに行くか?」


 悪戯いたずらを思いついた子供のように桜華はんだ。


公主様こうしゅさまがね。下院の敷地に来てるんだって!」

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