第16話 現実ではフラグを建てても回収は中々されません。

 行き先のわからない電車に揺られて一之宮とふたりで窓の外の景色を眺める。

 次々と変わる景色を一之宮は楽しそうに見ている様は無邪気な子どもだ。


「山田さん、電車と言えばですが、怖い話が」

「きさらぎ駅か」

「むっ。やはりこの話は有名でしたか」

「てか怖いの苦手じゃないのか?」

「怖いですが観たくなるのですよ」

「……もしかしてだが、きさらぎ駅に行けたらとか考えてこの旅をしようとしてるんじゃないよな?」

「それはないです。怖いので」

「だよな」


 一之宮の好奇心ならやりかねないとも思ったが、きさらぎ駅に行こうだなんて思ってもそう簡単に行ける訳はない。

 都市伝説としては有名な話だが、やはり都市伝説でしかないのだから。


「そういえばこの前映画化してましたよね。今度一緒に見に行きませんか?」

「行けたら行く」

「では決定という事で」


 なんで怖いと思うのに見に行きたがるのだろうか。

 それこそ俺に騙されて「びっくりするほどユートピア」除霊をやってしまっていたというのに。

 ……やっぱりこのお嬢様はアホな子なのかもしれない。

 学年成績1位とか嘘だなきっと。


「でも本当にきさらぎ駅に着いてしまったら、どうしたらいいんでしょうね?」

「着々とフラグ建設するのやめて」

「とりあえず怖いので山田さんから離れないようにしないといけませんね」

「いやわからないぞ? その時既に俺は俺ではないかもしれないしな」

「ほんとに怖いこというのやめてくださいよ……」

「九重さんからの通話も途切れ、辺りが霧で覆われて気が付いたら独りに」

「ごめんなさいこの話はもうしません怖いので止めましょう」


 一之宮お嬢様は中々に想像力豊かなようだ。

 ガッチリと俺の腕を掴んで震えている。

 あまり電車に乗ったことのない一之宮なので、もしかしたら本当にそうなるかもしれないとか考えているのだろう。


「まあ、そんなことはないから大丈夫だろ」

「……しっかり山田さんもフラグ建てるのやめてくださいよ……」

「でも不思議だよな。春休みとはいえこの車両に俺らしか乗ってないのって」

「だから怖くなってるんじゃないですかぁ……」

「それでよく自分からきさらぎ駅の話振れたなほんと」


 きさらぎ駅の話では他に乗っていた乗客達は皆一様に眠っていて、アナウンスも無しで同じ駅に止まっているとかいないとか。


 同じ車両内に人が居てもそのような事になる可能性はあるのかもしれない。


「私からすれば、ネット掲示板に書かれている事がほとんどファンタジーなんです。だから、クリスマスの正拳突きときさらぎ駅は同じくくりなんです」

「……いやどんな括り方してんだよ」

「私からしたら、牛丼屋で山田さんと会ったこと自体が都市伝説ですし」

「俺を都市伝説にするなよ。河童かっぱとかじゃないんだから」


 少しずつ、知らない場所へと電車は進んでいく。

 けれど怪奇現象なんて起きない。それでいい。


 一之宮とこうして何気ない話をしながらガラガラの電車に揺られているだけで楽しい。


「感覚的にはあれです。テレビでしか見たことなかった芸能人を生で見たみたいな感じです」

「あー……うん。なんか言ってることはわからなくもない、かな。うん」

「私の中では山田さんはジャッキー・○ェンとか明石○さんまさんとかと並んでます」

「一之宮の価値観やっぱわからん」


 本格的に一之宮が何言ってるのか分からなくなってきたわ。

 ある意味河童より評価されてる説。


「ネットってアングラじゃないですか。ハマり始めてから1人クリスマスに牛丼屋に行って、そしたらたまたま隣に座ったのが山田さんで。しかも牛丼屋スレのネタで弄ってくるし」

「それで言ったら俺の方がその感覚はしっくりくるわ。ラノベみたいな感じだったし」

「ラノベ? はよくわかりませんが」


 ネット掲示板のことは知っててラノベはわからないって極端過ぎる気もするがまあいいか。


「それにしても、この電車はどこまで行くんでしょうね」

「連れ出した本人がそういうのはすっごく怖いんよなぁ」


 まあでも、最悪の場合でも一之宮にはGPS追跡とかで九重さんが迎えに来てくれるという保険もあるし、大丈夫だろう。


 それに電車で繋がってる場所なら金さえあれば帰れるはずだし。


 どうなるのかはよくわからないままだが、少しでも楽しい旅にしたい。


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