第53話 パプリカ

「パプリカ嫌ぁぁぁぁあ!!!!」


「いいから黙って食べてください。今日はこれしか用意してないので、他に食べれる物なんてありませんよ」


 師匠の悲鳴と共に始まった騒々しい夕食は、子供のように駄々を捏ねる師匠と、黙々と生のパプリカを食べているエレナ、そしてそんな師匠の皿にパプリカを載せていく俺という何ともカオスな状況だった。


 宵鴉との戦闘後、周囲の警戒をしながら丘を登っていた俺だったが、至る所から視線は感じるものの、知能の高い魔物たちはまずは様子見をすることにしたのか、それ以降の襲撃が無いまま家まで戻ってくることができた。


 その後、精神的に疲れていた俺は元々師匠に対して復讐するつもりだったのもあり、料理をするのが面倒で、余っていたパプリカを洗ってテーブルに置くだけの雑な夕食を準備した。


 その結果、パプリカが大の苦手な師匠は幼児退行してしまい、まるで子供のように叫び声を上げながら駄々を捏ね始めたのだ。


「だいたい、何でパプリカが嫌いなんですか?普通に美味しいですよ」


「そうね。パプリカを悪く言うつもりはないけれど、好きな人が食べれば美味しいのでしょうね。けれど!私の口には合わないの!ピーマンより甘みはあるけど、それでも野菜独特の青臭さもあって本当に苦手なの!だったらまだピーマンの方が青臭さに特化してて覚悟を決められるわ。それに、どうせ甘い野菜を食べるならいちごが食べたい。ねぇ、ノア。いちご、いちごはないの?」


「ありません。どうしても食べたいのなら、自分で苗でも買ってきて育ててください」


「それはめんどくさいわ。それに、私が何かを育てるの苦手なこと知ってるでしょう?」


「もちろんです」


 俺の知っている師匠は、自分の身の回りすらまともに片付けられないダメ人間であるため、当然だが植物や動物の世話をすることも苦手である。


 そのため、庭に生えている変な植物は自生して勝手に生えてきたものだし、一緒に暮らしているケルベロスも名前すら決められないまま自分で狩りをして生きているのだ。


「とにかく、今日はパプリカを食べてください。美味しいので。ほら、エレナを見てくださいよ。あまりの美味しさに、無言で食べているでしょう?」


 俺の隣に座るエレナに目を向ければ、彼女両手に赤と黄色のパプリカを握り、無言無心で交互に口へと運んでは咀嚼していた。


「うそ。本当に食べてるわ。しかも両手持ちの生で」


「エレナ。美味しいよな?」


「エレナちゃん。無理して食べなくてもいいのよ?パプリカはそんな風に食べるものじゃないと思うわ」


 俺と師匠から同時に視線を向けられたエレナは、食べていた手を止めると、いつになく真剣な表情で口を開いた。


「私は普通ですね。魔物を生で食べていたあの時に比べれば、何であろうと美味しく感じられます。寧ろ、好き嫌いも無くなったので、今は普通に食べられることに感謝しかないです」


 エレナはそれだけ言うと、また黙ってパプリカを口へと運び、何も言わずに食べていく。


『…………』


 あまりにも予想の斜め上を行く返答に、何も返せなくなった俺と師匠は、ただただウサギのようにパプリカを食べ続けるエレナを見ていることしかできない。


『気の毒ですね。ノアのせいで、普通の感覚が分からなくなったようです。やはり、あなたは責任を取るべきです』


 すると、そんなエレナを見て同情でもしたのか、レシアはまた俺に責任を取るべきだと言ってくる。


『いや、前にも言ったが、魔物を食べて魔族になる選択をしたのはあいつ自身で、俺は……』


『責任を取ってあげてください』


 レシアは半年近くエレナと一緒に居たからか、俺以上に彼女のことが気に入っているようで、少し語気を強めて再度責任を取るよう訴える。


『……はぁ。まぁ考えておくよ』


『そうしてください』


 未だ不満そうではあったが、それでも以前よりは答えがマシだったからか、レシアもそれ以上何かを言ってくることはなかった。


「師匠。もしかしたらあなたも、魔物の肉を生で食えば野菜も食べられるようになるかもしれませんね」


「な?!この私を脅す気?!!?」


「脅すなんて人聞きが悪い。ただ、他の物を食べたら価値観が変わると思っただけです。幸いにも、今の俺は魔物を狩りながら常闇の丘を往復してますからね。種類も豊富ですし、選び放題ですよ。ちなみに、俺のおすすめはゴブリンの肉ですね。あれは臭いし固いし汚いで最悪の肉でした」


「そんなの食べたくないわよ!」


「なるほど。さすが師匠ですね。そんな肉を食べなくても、パプリカを食べれると言うことですね」


「ぅ……そ、それは……」


「ゴブリン肉」


「わ、わかったわ。食べるからそれ以上その単語を言わないで。想像しただけで気持ち悪くなる」


 師匠はそう言うと、目を瞑り鼻をつまみながらパプリカを齧ると、涙目になりながら飲み込む。


「偉いですね、師匠。それと、一つ訂正しますが、いちごは確かに分類上は野菜ですが、扱いはフルーツなので野菜としていちごを食べたいと言っても認めません。現に、サラダにいちごが入っていることはありませんが、フルーツの盛り合わせにいちごは定番ですからね。そこら辺の線引きはしっかりお願いします」


「うぅ。細かいわね。それに、分類上で野菜なら野菜でしょ。変な理論を立てるのはやめなさい」


 師匠もその言葉を最後に喋ることをやめて顔を顰めながらパプリカを食べるが、二つ目をひと齧りした瞬間に限界を迎えたのか、テーブルに突っ伏すとピクリとも動かなくなる。


(はぁ。仕方ない。嫌いなパプリカも食べたし、これくらいでやめておくか)


 さすがにこれ以上は申し訳なく感じた俺は、別に作って用意しておいた師匠の好物をテーブルへと並べていく。


「師匠、起きてください」


「パプリカはいやぁ……」


「パプリカではありません」


「んん……?え、これって……」


「師匠の好きなアップルパイです。時間が足りなくて他の料理は作れませんでしたが、これだけは作っておきました」


「ありがとう。すごく美味しいわ。それに、すごく懐かしい味がする」


 師匠は大の甘い物好きだが、その中でも特にアップルパイが好きで、過去でも俺が作るたびに喜んで食べてくれた。


 なんでも、彼女が幼い頃に母親が誕生日の時に作ってくれた思い出の料理だったらしく、その味が今でも忘れられないそうだ。


 だから過去の俺は、自分を拾い助けてくれた彼女の恩に報いるため、アップルパイを作っては師匠の反応を観察し、彼女が最も喜ぶ母親の味を再現したのだ。


「それは良かったです。たくさんあるので、ゆっくり食べてください。エレナもパプリカに飽きたら食べていいぞ」


「わかりました」


 それから俺たちは、余ったパプリカを片付けてアップルパイを切り分けると、幸せそうに食べる師匠と一緒に改めて夕食を楽しむのであった。






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