第52話 宵鴉

 トロールを倒した後、これまで以上に周囲の警戒をしながら森の中を進んでいた俺だったが、何事も必ず上手くいくというわけでは無いようで、トロール以上に厄介な魔物が俺の目の前に姿を現した。


「カァァァァア!!!」


「くそ。今度は宵鴉かよ」


※※※※※


【名前】宵鴉

【魔物ランク】B

【レベル】60

【スキル】

〈鷲掴み〉〈突貫〉〈突風〉

【固有スキル】

〈宵の雨〉〈高速飛行〉


※※※※※


 宵鴉とは、常闇の丘にだけ生息するBランクの魔物で、北側の中腹あたりを縄張りとしている中ボス的魔物でもあった。


 ランクとレベル自体はトロールに及ばないが、飛行能力があるため常に優位な戦いができること、そして常に夜のこの丘で全身が真っ黒な羽根に覆われており、さらには知能が他の魔物に比べて高いことから、その厄介さだけで言えばトロール以上の魔物である。


「空を飛ぶとか普通にずるいんだよなぁ。ゲームだったら剣を振れば距離に関係なく攻撃できたのに」


 ゲームであれば、プレイヤーが戦いやすいようにするためか飛んでいる敵に対する距離という概念無く攻撃することができたが、今は現実である。


 当然ではあるが、飛んでいる敵には手が届かなければ攻撃はできないし、上から攻撃されれば一方的にやられるだけだ。


 宵鴉の攻撃方法は固有スキル〈高速飛行〉を使った素早い突撃と、その速さを利用した〈突貫〉による嘴での串刺しに鋭い爪を持った脚での〈鷲掴み〉、そして固有スキル〈宵の雨〉による空中から羽を飛ばす中距離攻撃、巨大な羽から放たれる〈突風〉など、近・中距離での戦闘を得意としている。


「クワァァァァア!!!」


「くっ!!」


 どうやって攻撃するべきか考えていると、宵鴉が大きな鳴き声を上げ、巨大な翼を羽ばたかせる。


 そして、次の瞬間には〈高速飛行〉を使ったのか目にも止まらぬ速さで空を移動すると、〈突貫〉のスキルを使い、槍のように鋭い嘴を向けながら俺の方に突っ込んでくる。


「チッ。ただでさえ周囲が暗くて見えないってのに黒い体しやがって。あぶね……」


 俺は〈暗視〉のスキルを使って何とか宵鴉の姿を目で捉えると、迫り来る奴の軌道上から地面を転がって避け、すぐに立ち上がりカウンターを仕掛けるため刀を構える。


 しかし、すぐに体勢を立て直したのは宵鴉も同じであり、元々避けられた時のことを想定していたのか空中で羽ばたきながらその場で動きを止め、また大きな翼を羽ばたかせながら鳴き声を上げた。


「カァァァァア!!!」


 その瞬間、体が吹き飛ばされそうなほどに強力な突風が発生し、俺は構えていた刀を地面に刺して何とか耐える。


「くそ!風が強すぎる!!」


 横に逸れて避けようにも、風が強すぎて身動き一つ取ることができず、刀から手を離した瞬間、後ろに飛ばされることが容易に想像できた。


「チッ。このままじゃ埒があかないな。『風の檻ウィンド・ケージ』」


 このままでは攻撃を当てる以前に、攻撃すること自体できないと判断した俺は、風魔法で自身の周りに丸い檻を作り出し、突風とは違う風の流れを作って身を守る。


「これでなんとかって感じだが、動くのはさすがに無理か」


 風魔法のレベルがもう少し高ければこの突風も簡単に逸らすことができたのだが、これまで刀や武術、そして威力と速さに特化した雷魔法にばかり頼ってきたせいで、今の俺では風の流れを変えることで精一杯だった。


「雷魔法だと射程外で攻撃が届かないし、刀や武術も論外。あ〜、師匠の言う通り、魔法を鍛えてこなかったツケがここで回ってきたか」


 雷魔法の特徴は、魔法の中でも威力と攻撃速度は速いが、その分、射程距離が短いという欠点がある。


 これまでの戦闘を考えれば、雷魔法のレベル上げに力を入れてきたことに後悔はないし、雷魔法が使えなければとっくに死んでいた可能性だってあるため、過去に戻ることができたとしても同じ選択をするだろう。


 ただそれでも、魔力操作や他の属性魔法をもう少し考えて鍛えておけば良かったと思わなくもないし、付与魔法を覚えたことに浮かれ、他の属性魔法も全て覚えようとしたのは良くなかった。


「もう少し汎用性の高い魔法にも手をつけておくべきだったな」


 まぁ、今さらいくら悔やんだ所でこの状況が解決するわけでもないため、俺は今できることで最善となる選択について考える。


「刀と武術は無理。ならやっぱり魔法か。火魔法はこの突風を突き抜けるだけの威力は無いし、風、水、氷も同じ。ならまずは……」


 頭の中で作戦を立てた俺は、魔力を練って魔法を使う準備をすると、体から溢れ出た金色の魔力にイメージを持たせ、魔法スキルを使用する。


「『閃光フラッシュ』」


「クワァァァァア?!」


 光魔法である閃光は、一瞬ではあるが夏の真昼時と同じくらい周囲を明るくする魔法で、直接的な攻撃力は無いものの、目眩しとしてよく使われる魔法だ。


「やっぱり、光には目が慣れていないようだな」


 閃光を直視していた宵鴉は、あまりの眩しさに羽を動かすことを忘れると、そのまま地面へと落ちて行く。


 通常の鳥類の魔物であれば、昼夜問わず同じ明るさで周囲が見えているためあまり目眩しは効かないのだが、常闇の丘に生息している魔物たちは違う。


 こいつらは常に夜に覆われたこの丘しか知らないため、光を直接見たこともなければ、太陽という存在すら知らない。


 つまり、奴らの目は光に対しての適応力が下がっており、普通の魔物たちよりも目眩しが効きやすいということだ。


「ただ問題があるとすれば、光を見た他の魔物たちが襲ってくる可能性があるんだよな。さすがに今はまだ全てを相手にするのは無理だから、速やかに終わらせるとしよう」


 余裕があればもう少し魔法の練習をしながら戦いたかったが、先ほどの魔法に気づいた他の魔物たちがすぐにでも襲ってくる可能性があったため、俺は速やかに宵鴉を討伐することに決めた。


「チッ。無駄に抵抗するなよ」


 しかし、宵鴉もただで死ぬつもりは無いのか、目が見えないならと全方位に〈宵の雨〉のスキルを使って羽を飛ばす。


 その羽が当たった地面や木は大きく凹んだり折れたりするが、俺は目の前に迫った黒い羽を水魔法で壁を作って軌道を逸らしていく。


「今後は武器スキルだけじゃなく、魔法スキルのレベル上げにも力を入れた方が良さそうだな。『風の刃エア・カッター』」


 宵鴉との戦闘のお陰で、今後の成長方針が決まった俺は、未だ目の前で意味のない鳴き声をあげたり、羽を飛ばしながら俺の接近を防ごうとしている宵鴉に感謝し、風魔法で巨大な風の刃を作って首を切り落とした。


「さて。いきますか」


 多少手こずりはしたが、結果的に見れば呆気なく倒せた宵鴉を悪喰で吸収した後、俺はまた周囲の警戒をしながらゆっくりと丘を登っていく。


 ここはまだ中腹地点であり、師匠たちがいる中心地まではまだまだ距離がある。


「ここからはさらに強い魔物しかいないからな。油断せず楽しんで行こう」


 油断しないのは当然のとこだが、俺にとっては戦闘は辛いものでもなければ怖いものでもなく、ただただ強くなれること、そして生きていることを実感できる楽しいものでしかなかった。


 それから俺は、家に戻った後はどんな野菜を師匠に食べさせるかを考えながら、真っ暗な道を進み続けるのであった。






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