第48話 ちょっとへこんだ

 広場の中央で見合った俺と師匠は、お互いに魔力を練りながら静かに構えると、俺は腰を落として刀の柄に手を添え、師匠はいつでも魔法を発動できるようじっとこちらを見ていた。


「師匠」


「何かしら?」


「この試験で俺が師匠に傷を付けられたら、いつか俺のお願いを聞いてください」


「ふふ。面白いことを言うわね?この私に傷を付けられると思ってるの?」


「もちろんですよ」


 本当は勝ったらと言いたいところではあるが、今の俺がこの人に勝てる未来などあるはずもなく、でもただ負けるのも俺の性格上つまらないため、せめて傷の一つくらいは付けてやりたい。


 とは言っても、師匠のステータスを鑑定した結果を見ればそれさえも難しそうなのだから、師匠の強さに思わず呆れてしまう。


※※※※※


【名前】エリザベート・ラングリンド

【年齢】女の秘密よ?

【種族】半霊半魔(進化レベル2)

【職業】大魔導師・闇の賢者

【レベル】61


【スキル】

〈鑑定不能〉


※※※※※


 まず理解できないのが、ギフトである神眼を使ってもスキルを確認することができない点であり、もっと理解できなかったのが年齢の部分に書いてある言葉だった。


(なんだよ女の秘密って。そんな鑑定結果初めて見たぞ)


『対象とのレベル差が大きいため、正確に鑑定することができませんでした。おそらく、対象が意図的に操作しているものと思われます』


(マジかよ)


 レシアの話によると、俺と師匠の間にレベル差があり過ぎるため、今回はいつものようにスキルまで鑑定することができず、鑑定不能という結果になったらしい。


 ただ、それでも種族などが表示されているのは、師匠がその辺りを隠すつもりがなかったためで、隠そうと思えば種族すらも隠すことができただろうとのことだ。


「鑑定は終わったかしら?」


「やっぱりバレてましたか」


「えぇ。私、そういうのには敏感なのよね。鑑定をされている時って、なんだかゾワゾワってするのよ。それに、ノアの場合は目の色が変わっていたもの。わかりやすかったわ」


 神眼を使った時に目の色が変わることは、以前エレナからも指摘されていたことであるため驚かないが、感覚的に見破れるという話にはさすがに少し驚いた。


「というか師匠、半霊半魔なんですね」


「ふふ。そうよ。元々は半人半魔だったのだけれど、種族進化をしたら半霊半魔になったの。おかげで寿命が無くなってしまったわ」


 半霊半魔は師匠の言う通り、半人半魔の上位種に当たる存在であり、レベルを上げて種族進化の儀を2回行うことで到達できる特殊な種族であった。


 普通の半魔族は見つかれば人族によって殺されてしまうため、師匠のように種族進化に至るまで生き残ることが難しく、そのため半霊半魔は非常に珍しい種族なのだ。


 また、人族が種族進化の儀を行った場合、仙王人、霊皇人、半神人へと順番に進化していく。


 仙王人は普通の人族よりも基礎能力値が爆発的に上がり、寿命も120歳前後まで伸びる上位種族で、冒険者のランクで言えばSランクからSSSランクに分類される強者となる。


 霊皇人になれば人族という枠組みから外れ、精霊に近い存在となるため、能力値が上がるのはもちろんのこと、寿命や老いといった概念からも外れ、冒険者ランクで言えば大天から熾天あたりの強さとなるはずだ。


 そして半神人ともなれば文字通り神の領域へと片足を踏み入れることになり、神に近い能力を手に入れることができる。


 しかし、半神人に関してはそんな進化があると言われているだけで、実際にその境地まで至った人族がいるのかは不明とされている。


(まぁ、ゲームの俺はプレイヤーによってはその境地まで行ったこともあるけどな)


 俺を操作していたプレイヤーの中には、レベル上げが好きな奴らも多くおり、面倒なレベル上げをしたり必要となるアイテムを必死になって集め、俺を半神人へと進化させたプレイヤーたちもいた。


 そんないくつかの進化がある人族だが、師匠の半霊というのはおそらく霊皇人へと至った結果であり、元々が半人半魔だったこともあって半霊という種族へと変わったのだろう。


「これはまた、厄介だな」


 過去の俺には師匠を鑑定する力なんて無かったので、彼女が半霊半魔だということは初めて知ったし、師匠も半魔族としか教えてくれなかったので、てっきり種族進化はしていないものだと思っていた。


「あら。なら賭けはやめる?別に私はそれでも構わないわよ?」


「ご冗談を。俺は一度言ったことは変えませんよ」


「ふふ。そう来なくっちゃ。なら、私が勝ったら、私のお願いを聞いてくれる?」


「わかりました」


「よかった。それじゃあ、そろそろ始めようかしら」


「はい」


 その言葉と同時に、俺は意識を切り替えて深い意識の海へと沈み込むと、師匠のことだけに集中する。


 その瞬間、音も色も消え去り、余分な情報が頭から排除され、見えないはずの師匠の筋肉の動きすら見えるような気がした。


 しばしの静寂。


 最初に動いたのは俺の方で、まずはいつものように〈身体強化〉と〈縮地〉、そして〈剛力〉のスキルを使って一瞬で師匠の懐に入り込んだ俺は、刀に雷魔法を付与して思い切り腰を切る。


「『白雷鳴刹』」


 今の俺が出せる最速で最高威力の居合斬りが、バチバチと白い雷を刀に纏わせながら師匠の無防備な腹部へと吸い込まれていく。


(師匠には出し惜しみなんてしてる余裕は無いからな。初手から全力で行かせてもらう)


「ふふ。居合ね。面白い技を使うじゃない。でも、まだまだ甘いわね」


 しかし、あと少しで刀が師匠に触れようとした瞬間、予め予測でもされていたかのように紫色の板が現れると、俺の刀を呆気なく弾いてしまった。


「チッ……」


「あら?足元がお留守ね」


「くっ!!」


 刀を振り切れなかったことで僅かに足が止まってしまうと、師匠はその隙を見逃さず足払いを掛け、体勢が崩れたところに容赦なく魔法を叩き込んできた。


俺は何とか魔力で障壁を張って防ごうとするが、魔法の威力が高かったのと障壁をしっかりと張る余裕が無かったため、威力を殺し切ることができず吹き飛ばされた。


「ふふ。咄嗟の防御にしてはまぁまぁね。さすが、私の試験に生き残ってきただけあるわ」


「できればちゃんと防ぎたかったんですけどね。それより、さっきの一撃はわかっていたんですか?」


「さっきのと言うと、雷魔法を付与したあれね。もちろんわかっていたわよ。だって居合は、腰に刀を刺した状態から引き抜いて攻撃する技だもの。必然的に右側からの攻撃になるじゃない?それがわかっていれば、あとはそこに防御魔法を用意しておけばいいだけ。簡単なことだわ」


「はは。簡単ですか……」


 確かに、言葉にしてみれば簡単なことではあるし、攻撃の軌道が分かっていれば防御魔法を張ることも簡単だろう。


(けど、威力の方はかなり出てたと思うんだけどなぁ。それでも傷ひとつ付かないとか、どんだけあの防御魔法硬いんだよ)


 先ほどの一撃は、間違いなく今の俺の出せる最高威力の技であり、普通であれば並の防御魔法など気にすることなく両断できるはずだった。


 しかし、実際は師匠の防御魔法によって簡単に防がれただけでなく、傷すら付けることができず止められてしまったのだ。


「さすがに少しへこんだ」


「ふふ。こんなことでへこむなんて、まだまだ子供ね。なら、次は私から攻撃してあげるわ。間違って死なないでちょうだいね」


 師匠はそう言って群青色の魔力を放出すると、その魔力が数百の剣や槍に変化し、俺を囲むようにして剣先を向けてくる。


「全く。相変わらず出鱈目な魔法の使い方だ」


「言ったでしょう?ダンスを踊りましょうと。さぁ、踊りなさい、ノア」


 クスクスと楽しそうに笑う師匠と、自身を囲む数え切れないほどの魔法を眺め、俺はいつの間にか流れていた冷や汗を雑に拭うと、恐怖するのではなく、逆にニヤリと笑った。


「はは。やってやるよ」






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