第19話 自由になった鳥

 俺が生きていることを確認したオーク・ジェネラルは、まるで猪のように突っ込んでくると、手に持った鉈を力任せに振り回す。


「くっ。あまり長くは戦えないか」


 何とか迫り来る鉈を躱し続けるが、その度に折れた肋骨から激痛が走り、今の状態で長く戦うことは無理だと判断する。


「さっき火魔法が効かなかったな。それに切り傷もつかられなかった」


『オークの体は見た目とは違い、脂肪ではなく筋肉で構成されています。そのため正面からの斬撃には強く、ジェネラルともなれば並の攻撃では傷一つ付かないでしょう』


「ならどうすればいい」


『いくら防御力が高くとも、生き物には関節というものがあります。膝や肘、腰や肩など、動くためには必要となる場所です。その関節は動かすための関係上、他の部分よりも筋肉が少なく防御力も低くなります』


「つまり、そこを狙えばいいわけか」


『是。ですが、いくら防御力が低いとは言っても、相手はオーク・ジェネラルです。ただ斬りつけるだけではダメージは与えられません。雷魔法を付与して斬りつけてください』


「なるほど。雷魔法なら威力は申し分ないな。理解した」


 レシアにアドバイスされた俺は右手に刀を持つと、オーク・ジェネラルの攻撃を躱しながら隙を窺う。


(さっきよりも大ぶりになっているからか、隙が見つけやすいな)


 オーク・ジェネラルは、俺を格下だと思ったのか攻撃が雑になっており、先ほどよりも動きが単純になっていた。


(できれば一撃で仕留めたいが、おそらく無理だろうな。となると、まず狙うべきは足だな)


 今も尚、激しく鉈を振り回している腕を狙うのは至難の業だし、何より腕を封じたところで動き回れるのであれば意味がない。


 であれば、まずはその動き回るための足を止めるのが最適であり、足であれば腕に比べて関節を切りやすくもあった。


「ふぅ…」


 大きく息を吐いた俺は、オーク・ジェネラルが鉈を振り上げた隙に縮地を使って後ろへと回り込むと、雷魔法を付与した刀を腰あたりで構える。


「刀術スキル雷霆之章『蒼雷一閃』」


 バチバチと蒼い雷を纏った刀を横に一閃すれば、刀は雷鳴を轟かせながらオーク・ジェネラルの両膝の裏を切り裂き、大事な関節を断ち切る。


「ブモォォォオ!?」


 あまりの激痛と体の痺れから悲鳴を上げて地面に膝をついたオーク・ジェネラルは、怒り狂ったように鉈を振り回すが、残念ながら後ろにいる俺まで攻撃が届くことはない。


「じゃあな。お前との戦闘は良い勉強になったよ」


 もはや立つことのできないオーク・ジェネラルを前に、俺は刀にもう一度雷魔法を付与すると、丸太のように太い首を切り落とした。


「はぁ。終わった」


 酷い脱力感と疲労感に身を任せてそのまま後ろに倒れると、折れた肋骨から激痛が走る。


「いたた…」


『また無茶をしましたね、ノア』


「そうだな。だが、そのおかげで得られるものもあった。どうやら、俺はまだまだ学ぶべきことがあるようだ」


 俺の記憶の中には、確かにこの先の未来や出てくる魔物、どんなスキルがあってどこでアイテムが手に入るのかなどが記録としてある。


 しかし、ゲームの戦闘と実際の戦闘は何もかもが違く、相手との駆け引きや立ち回り、動き方や弱点の突き方など、考えるべきことや見るべきことが数え切れないほど多く、戦闘をするたびに学ばされてばかりだ。


「けどな、レシア。俺はこの学ぶってことがすごく好きなんだ」


『何故ですか?』


「自分が成長できていると実感できるからだ。俺は成長こそが生きているってことだと思ってる。成長することを諦めれば、それは屍と変わらない。考えて経験し、学んで成長する。それこそが人間らしいと思うし、俺は常にそうありたいと思ってる」


 俺がこの世界の情報を記録として見ていただけの時、何もできず何も変わらない自分が、まるで生きた屍のようだと感じていた。


 記録の俺は仲間と共に成長しているのに、実際の俺は鳥籠に閉じ込められた鳥のようで、限られた空間の中で何かをすることも許されず、ただ自分ではない自分の成長を眺めているだけ。


 それはまるで、籠の外に見える美しい空に憧れる鳥のようで、俺も自分自身が成長することに憧れた。


「お前にこの気持ちが理解できるかはわからないけど、お前が一番この気持ちを理解してくれると思ってるよ」


『そうですか』


 俺とレシアは、今でこそ実体のある俺とギフトのレシアとで立場は違うが、ゲームだった時は似たような存在だったと思っている。


 俺は繰り返される世界の記憶だけを見続け、レシアは繰り返される世界の記録だけを集め続けた。


 この世界のことを一番知っているにも関わらず、この世界に一度も関わることのできなかった俺たち。


 だから俺は、自分に似ているレシアのことを一番に信頼しているし、彼女なら俺の考えや感情も理解してくれると思っている。


「さて。そろそろワンコが来る頃かな」


「ノア様!!」


 予想通り、ちょうど良いタイミングで草むらから出てきたエレナは、ポーチから回復薬を取り出すと急いで俺に飲ませた。


「だ、大丈夫ですか?」


「問題ない。今もらった回復薬である程度回復はしたからな」


「それはよかったです」


 エレナが飲ませてくれた回復薬のおかげで、折れていた肋骨と左腕の骨も、体を動かしても問題ないくらいには治り、俺はすぐに立ち上がった。


「それで?ここに来るまでに魔物は見かけたか?」


「いえ。オーク・ジェネラルが暴れ回ったせいで、近くに他の魔物は寄りつこうともしていないようです」


「ふむ。確かにそうみたいだな」


 念の為、気配感知のスキルで周囲を探ってみたが、エレナの言う通りオーク・ジェネラルが暴れたせいか近くに魔物の気配は感じられず、かなり静かだった。


「それで、討伐されたオーク・ジェネラルはどうなさるのですか?」


「もちろん食べるぞ。エレナ、解体してくれ」


「ですよね。わかりました、今解体するので少し待っててください」


 エレナは短剣を取り出すと、丁寧にオーク・ジェネラルの肉を解体し、血に濡れた手で肉塊を渡してくる。


「どうぞ」


「ありがとう」


 肉を受け取った俺は、血で赤く染まった生肉にそのまま齧り付くと、口の中いっぱいに広がる血の味を感じながら咀嚼する。


「どうですか?」


「あー、うん。固くて食べにくいけど、ゴブリンに比べればマシってくらいかな。普通のオークの方が食べやすい」


 オーク・ジェネラルは、オークの上位魔物だからかオークよりも筋肉質で、肉は固いし噛みにくいしであまり美味しくはなかった。


「お前も食べておけよ」


「わかりました」


 エレナは自分用にもう一度オーク・ジェネラルの肉を切り取ると、口元を血で汚しながら顔を顰め、何度も咀嚼をしてから飲み込んだ。


「まぁ、味のしないトレントよりはマシかもしれません」


「味ってお前…それ血の味だからな?」


「でも、味は味ですよね?」


 どうやらエレナは、魔物の肉を食べすぎたせいで味覚も頭もおかしくなってしまったようで、自分の言葉をおかしいとも思っていないようだ。


(もうダメだな、こいつ)


『ノアが責任を取るしかありませんね。可哀想に』


 レシアはその後も、俺がエレナをこんな風にしたのだから責任を取れと言ってくるが、そもそも魔族になるという選択をしたのは彼女自身なので、俺はその言葉を聞かなかったことにした。


 いくらレシアのことは信頼しているといっても、俺が悪くないのに責められるのはおかしいからだ。


 その後、オーク・ジェネラルの牙や武器を回収した俺たちは、その日の討伐を終えると、借りている宿屋へと戻るのであった。






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