第18話 オーク・ジェネラル

 トレントを倒した後、俺たちはさらに森の中を進んでいくが、まだ浅いところだからか出てくるのはBランクのナイトウルフやトレントばかりで、そこまで強敵と言えるような魔物には出会えていなかった。


『スキル〈悪喰〉により、ナイトウルフのスキルを獲得しました。スキル〈影移動〉を獲得いたしました』


(お、これは運がいいな)


 影移動とは、ナイトウルフが使う固有スキルで、影から影に移動することができる強力なスキルだ。


 しかし、逆に影がない場所には移動することができないし、影を作る場所を意図的に調整できれば、影に潜ったナイトウルフがどこから出てくるのかが予想できるため、対処法さえ知っていればそこまで脅威ではない。


 実際、俺たちも火魔法で周囲を照らして影ができる場所を調整し、そこから出てくるナイトウルフを倒すだけで終わった。


「ノア様」


「ん?あれは…オーク・ジェネラルか」


 オーク・ジェネラル。群れを作る魔物の中には階級というものが存在し、上から順にロード、キング、ジェネラル、ハイ、普通種という順に強さと階級が下がっていく。


 また、ゴブリンであればさらにシャーマンやナイト、アーチャーなど使う武器や能力によって分かれるが、今は関係ないので気にしないでおく。


 つまり、今目の前を歩いているオーク・ジェネラルは上から3番目の強さを持つ魔物であり、ランクでいえばAランクの魔物に相当する強敵であった。


(鑑定)


※※※※※


【名前】オーク・ジェネラル

【魔物ランク】A

【レベル】63


※※※※※


 今の俺のレベルはトレントやナイトウルフを倒したことで52に上がったが、それでも10以上の差があり、普通であればここは逃げの一択しかない。


(だが、ここで逃げたら魔皇になんてなれるわけがない。それに、俺の持っているスキルを上手く使えば十分に正気はあるはすだ)


「ノア様。どうしますか?」


「俺一人で戦うから、お前は少し離れたところに隠れてろ」


「ですが、オーク・ジェネラルですよ?いくらノア様でもさすがに…」


「問題ない。俺はこんなところで死ぬつもりはないからな。それに、自分の今の実力を確かめるにはちょうどいい相手だ。わかったら早く下がれ。いつまでもそこにいられると邪魔だ」


「……わかりました。どうかご武運を」


 エレナが心配してくれているのは伝わってくるが、正直そんなもの俺にとってはどうでも良い。


 俺が求めるものは何者にも負けない絶対的な強さであり、その強さをもって大切な人を守る。


 強さを手に入れるためなら自分の命なんていくらでも賭けられるし、こんな命、元々惜しいなんて思ったこともない。


 所詮俺の命なんてゲームの延長でしかなく、今更この世界が現実になったところで、自身の命に対する価値観が変わることはない。


 俺にとって命とは、結局は誰かによって簡単に奪われるものでしかなく、俺が魔族の命を奪ってきたように、俺も簡単に殺されてしまう。


 だから死ぬことになんて恐怖は感じないし、戦闘にだって迷わず命を賭けられる。


「ブモォォォオ!!!」


 エレナが隠密を使ってこの場を離れると、俺は隠れていた草むらから姿を現し、オーク・ジェネラルに向けてゆっくりと歩き出す。


 オーク・ジェネラルは俺に気がつくと、大きな鳴き声を上げて手に持った巨大な鉈を構え、身震いするほどの殺気を放った。


「とんでもない殺気だな。だが、残念ながら俺の命はすでに予約済みなんだ。だからお前にはやれない。代わりにお前の命を俺がもらってやるよ」


 しかし、死ぬことに恐怖がないからといっていつ死んでも良いというわけではなく、俺の命はすでに彼女に捧げると決めているため、死ぬ時は彼女に死ねと言われた時だと決めていた。


「さぁ。殺り合おうじゃないか!」


 オーク・ジェネラルと対峙した俺は、刀の柄に手を添えると、身体強化を使用して駆け出した。





 オーク・ジェネラルの動きは巨大な体躯の割に俊敏で、振り下ろされた巨大な鉈は地面に叩きつけられるたびに大きな凹みを作る。


(動きが想像以上に速い。ゲームではここまで速くは見えなかったが…やはりゲームと現実は違うということか)


 俺の知っている戦闘は、いわゆる第三者視点というやつで、後ろから俺の体が操作されて戦っているのを見ているだけだった。


 だが、現実は当然ながら俺の視点で戦闘を行うわけで、魔物の攻撃を避ける距離感や感覚、そして殺されるという殺気とゲームにはなかった敵の動きに対応するのはかなり難しく、俺は反撃することができず避けることで精一杯だった。


「くっ…やっぱり初見の相手はきついな」


 オーガや集団のゴブリンと戦った時もそうだったが、彼らもこの世界がゲームでは無くなったことでゲーム時代にはなかった動きをするようになり、初見でそれらを相手取るのはなかなか苦労した。


『ノア。まずはいつも通り見に徹するのです。反撃は動きに慣れてからでも遅くはありません』


「わかってる」


 レシアの言う通り、これまでの戦闘で俺が学んだことは、相手の動きを見るということの重要さについてだった。


 俺には完全記憶というギフトがあるため、一度見た動きは全て頭に記憶することができる。


 そのため、時間が経つにつれてその記憶を基に相手の次の攻撃が予想できるようになるし、相手の攻撃を模倣して戦闘技術を上げることもできるのだ。


「ふぅ、ふぅ…」


 オーク・ジェネラルとの戦闘が始まってから数十分が経ち、地面のいたるところが凹み、木は薙ぎ倒されてすっかり周りの風景は変わってしまった。


「よし。だいぶ動きを見ることができた。次はこっちから攻めさせてもらう」


「ブモォォォオ!!」


 俺は腰を落として縮地を使うと、雄叫びを上げるオークの懐に入り込み、火魔法を付与して刀を引き抜く。


「『灼炎の居切』!」


「ブガァァァア!!!!」


「なに?!」


 燃え盛る炎を纏った一閃は、オーク・ジェネラルの腹に命中するが、オーク・ジェネラルは怯んだ様子もなく力強く鉈を振り下ろす。


「くっ!!」


 俺は何とか地面を転がって避けるが、追撃するようにオーク・ジェネラルは蹴りを放つ。


「かは!!」


 オーク・ジェネラルの一撃はまるで巨大な岩に押し潰されたような衝撃があり、俺は何度も地面を転がる。


「げほっ、げほっ!……あー、くっそいてぇ」


 身体強化を使用していたおかげで何とか死ぬことは免れたが、それでも無傷という訳にはいかず、肋骨が数本と転がった時の衝撃で左腕が折れているようだった。


『大丈夫ですか?ノア』


「お前には、この状況が大丈夫に見えるか?」


 体のあちこちが痛くて起き上がることすら辛いというのに、レシアは相変わらず感情を感じさせない声で大丈夫かと尋ねてくる。


『今ならまだ、逃げるという選択肢もあります。オーク・ジェネラルとの距離も離れていますし、このまま隠密スキルを使えば逃げることも可能です』


「逃げる…ねぇ」


『私にはノアをサポートする義務があります。あなたがここでの死を望むのなら止めはしませんが、あなたには果たすべき目的があるはずです。であれば、ここは逃げるのが得策といえます』


 レシアの言う通り、ここでもし死ぬようなことがあれば、俺の魔皇になるという目標も、彼女に会いたいという願いも潰えることになる。


「確かにレシアの言う通り、今ここで逃げれば生き残れるかもしれない。だが、ここで生き残ったとして何の意味がある?」


『生き残れば次の機会があります。トレントの時のように焦らずしっかりと対策を立てれば…』


「レシア。俺は確かにここで死ぬ訳にはいかないし、彼女にだって会いたい。けどな、その前にやらなければならないことは、彼女を守れるだけの絶対的な強さを手に入れることだ。今後、人間たちは魔大陸を手に入れるために動き出す。そうしたら俺じゃない新しい勇者だって現れるだろう。勇者とその他の聖武器を持った連中の強さはこの俺が一番よく理解している。であれば、そんな奴らを相手取るのに、今こんなところで逃げられると思うか?」


『それは……』


「俺に逃げるという選択肢はないんだよ。今後はあんな魔物よりも強敵と戦っていく必要がある以上…守ると決めた人がいるのであれば、俺には一度の敗北も、そして一度の逃走も許されない。俺は、世界最強になると決めたんだからな」


 刀を支えに立ち上がった俺は、大きな足音と共にゆっくりとこちらに近づいてくるオーク・ジェネラルを見据える。


「お前をぶっ殺してやるよ!豚野郎!!」


「ブモォォォオ!!!」


 こうして、俺は確かな覚悟と共に、オーク・ジェネラルとの第二ラウンドを始めるのであった。






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