第16話 付与魔法

「それでノア様、今後はどうされますか?もしかしたら、次もトレントたちに襲撃されるかもしれませんが」


 しばらく休んだあと、ポルトールの町で借りている宿屋へと戻ってきた俺たちは、エレナが先ほどのトレントの襲撃を思い出し、今後のことについて尋ねてくる。


「そうだなぁ。やりようはいくつかあるが、やっぱり一番はさっきと同じように弱点の火魔法で攻撃していくのがいいだろうな」


「確かにそうですね。先ほどはノア様の火球で倒すことができましたからね。ですが、森の中で火魔法を使うのは危険では?」


「あぁ。だからこれまで火魔法を使ってこなかったんだよな。あとは風魔法の『風刃エアカッター』を使えば切り裂ける可能性もあるが、どこまで通じるかはわからないからな」


 トレントは植物系の魔物だから火魔法で燃やしてしまうのが一番手っ取り早いのだが、そうすれば森全体が燃えてしまう可能性もあるし、その炎で他の魔物が寄ってきてしまう可能性もある。


「森を燃やしてもいいのなら躊躇わず火魔法を使うんだけど、そうなるとこの町が棲家をなくした魔物に襲われることになるからな」


「そうですね。私たちのせいでこの町を魔物に襲わせるわけにはいきませんから」


 正直なところ、町がどうなろうと俺としてはあまり気にはならないが、記憶にある師匠が無闇に人を殺すなと言っていたので、今回は森ごと燃やすのは諦める。


「なら、方法は二つだな。一つ目は風魔法で攻撃する。ただ、これだと硬いトレントにどこまで攻撃が通用するかわからないから、確実に勝てる保証はない」


「それでは今回のように囲まれてしまうかもしれませんし、時間が掛かると他の魔物も呼び寄せてしまうかもしれませんね。二つ目は何ですか?」


「二つ目は魔法と魔力の操作能力を上げること。そうすれば森が燃えないように火魔法を使えるようになるし、魔法剣士本来の戦い方もできるようになるはずだ」


「本来の魔法剣士の戦い方ですか?」


「あぁ。魔法剣士は魔法使いに比べて使える魔法の数は少ないが、剣に魔法を付与して戦うことができる。いわゆる付与魔法というやつだな。このスキルを覚えられれば剣に火魔法を付与して戦うことができるから、かなり楽にトレントが倒せるようになるはずだ」


「付与魔法とは、付与術士が使うスキルですよね?それを魔法剣士が覚えられるのですか?」


 付与魔法は仲間や武器にバフを与え、逆に敵にはデバフをかけることのできるスキルで、魔法使いたちが使う属性魔法とはまた別の魔法スキルである。


 付与魔法を覚えられるのは一般的に付与術士だけだと思われているが、実は魔法剣士も付与魔法を覚えることができるのだ。


 だが、付与魔法を覚えてしまうと属性魔法を覚える枠が一つ減ってしまうため、いつからか魔法剣士たちは属性魔法を二つ覚えるようになり、今では付与魔法を覚えられるということ自体あまり知られなくなった。


「覚えること自体は可能だ。というより、属性魔法一つと付与魔法を使って戦うのが本来の魔法剣士の戦闘スタイルなんだが、魔剣なんかもあるせいか、属性魔法を二つ覚えることが主流になったんだよ。そのおかげで器用貧乏だとか最弱職業とか言われてるんだよ」


「そうなんですね。ですが、いまいち想像ができません。見たことが無いからでしょうか」


「んー。簡単な例えを出すなら、さっき言った火魔法。それを剣に付与して攻撃すれば、トレントなんて楽に殺せるし、他にも火が弱点の魔物は楽に殺せるようになる。それに、付与するのはなにも武器だけじゃない。魔法剣士は属性魔法を自身の体にも付与することができるんだ」


「え、そんなことまで可能なのですか?」


 これはエレナが驚くのも無理はなく、例え大賢者でも自身の体に魔法を纏わせて戦うなんてことはできず、付与術士に至ってはそもそも属性魔法のスキルを覚えることすらできない。


 普通の魔法使いたちが自身に属性魔法を付与することができないのは単純な理由で、付与魔法を覚えることができないからだ。


 属性魔法と付与魔法ではそもそも根本的なところが異なっており、属性魔法は自身の魔力をイメージに合わせて火や水に変化させて放出するのに対し、付与魔法は自身の魔力を相手や物に適した形へと瞬時に変化させ、体内へと送り込むものである。


 魔力は人によって波長が異なっており、この世に同じ波長を持つ者は一人もいない。


 そのため魔法使いが自身の魔力を他者へと流し込んだ場合、その相手は自身の魔力と流し込まれた魔力で拒否反応を起こし、最終的に内部から破裂して死んでしまう。


 それは自身も同じであり、付与魔法無しに自分に魔法を付与しようとすれば、属性魔法に変化させた魔力と体内にある自身の純魔力が衝突し合い、よくて魔力回廊の破損、最悪死に至る場合もある。


 しかし、付与術士が持つ魔力は少し特殊であり、謂わば何にでも使用することのできる万能キーのようなもので、その魔力を基に作り出された付与魔法というスキルの鍵さえ使えば、誰にでも自身の魔力を送ることができるのだ。


「つまり、魔法使いたちが付与魔法を覚えられないのは、その付与魔法を覚えるために必要な特殊な魔力が無いからということですか?」


「その通り。魔法使いたちの魔力はその人の性格や経験、考えや意思によって無限に形が変化する。だから、魔法使いたちの魔力は他者に適合するなんてことができず、付与魔法を覚えることもできない。結果、人にも物にも魔法を付与することができないんだ」


「なるほど。ですが、魔力を持たない物にであれば、付与はできなくとも魔法を纏わせることはできそうな気がしますが…」


「そうだな。普通であればそう思うだろう。けど、それはできないんだ」


「どうしてですか?」


「さっきも説明したが、付与魔法は付与術士のどんな魔力にも適応できる特殊な魔力があるからできるんだ。けど、そんなことが最初から出来るわけじゃない。それを可能としているのが、付与術士という職業そのものなんだよ」


 俺の説明を聞いたエレナは、よく分からないと言った様子で首を傾げたので、さらに分かりやすく説明をしていく。


「人の魔力は元々、波長は違えどそこまで違いはないんだ。分かりやすく言えば絵の具みたいなもので、職業を授かる前はみんな白い絵の具だが、入れる水の量や置いている環境によって、薄さや肌触りが変わってくる。


 そこに職業という絵の具を加えることで、独自の色へと変わるわけだが、付与術士はほぼ白い絵の具のまま。白い絵の具は他の色を混ぜればその色と似た系統の色に変わるから、反発も少なく魔法を付与できるってわけだ」


「なるほど。付与術士が他人に魔法を付与できる理由はわかりました。では、魔法使いが物に付与できない理由はなんですか?」


「人の魔力には独自の波長があると言ったが、大まかに分けると四つに分類することができる」


「四つですか?」


「あぁ。一つ目は放出系。これは魔力を属性魔法に変換して魔法を使用する魔法使いたちのことだが、強力な魔法を使用できる分細かな調整ができない。だから魔法を物に付与するなんて事もできないし、そのために必要となる付与魔法も習得できないんだ。


 二つ目は変質系。こっちは付与術士やお前のような暗殺者のことで、魔力を他者の魔力に合わせて変質させたり、スキルを通して魔力を使う事で、自分の気配や姿を消したりすることができる」


「あ。隠密スキルってそういう原理で気配を消すことができていたんですね」


「その通り。んで三つ目は万能系。これは魔法剣士や聖騎士のことで、一つの職業に二つの役割があるものが多い。例えば、魔法剣士は魔法に加えて剣士の職業も入っているから、普通の魔法使いよりも放出系の要素が弱く、絵の具で言うとピンクや水色みたいに白に何かを混ぜた状態になる。


 だから他の魔法使いよりもより白に近いため、自分や自身が触れているものに限り付与魔法を使えるってわけ。聖騎士の場合も同じで、聖騎士には回復士と剣士の二つの職業が含まれているから、自分に回復魔法を使いながら戦えるタンクになれるってわけだ」


「そうだったんですね。とてもわかりやすいです」


「最後に四つ目。これは人間じゃなくエルフや獣人、そして魔族といった特殊な血統のみがもつ特殊系というものだ。特殊系はいわゆる固有魔法や固有スキルともいわれ、エルフなら自然を操る自然魔法が使えたり、獣人なら獣化、魔族なら種族特有の特殊な魔法を使ったりもする」


「理解しました。つまり、ノア様の魔法剣士はその万能系に属するため、自身や武器に限り付与魔法が使えるというわけですね」


「その通り、よく理解できたな」


 俺はエレナを褒めるため犬を撫でるように彼女の頭を撫でてやると、エレナは僅かに頬を染めながらそれを受け入れる。


「そ、それで…付与魔法を覚えられることはわかりましたが、覚えるのにはどれくらいの時間がかかるのですか?」


「んー、一週間くらいかな。それまでは昼間の森でレベル上げと、夜は付与魔法の習得に力を入れる」


「わかりました」


 こうして、一週間後にもう一度夜の双子の森へと向かうことに決めた俺たちは、その日から再びレベル上げと魔物肉を食べる作業に勤しむのであった。






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